有機農法の日
まえがき
前回の復習から入ろう。
日本の農業
日本の農業は衰退している。
日本の農業は戦後の農地解放以来、構造的な問題を抱えてきた。全国に小規模農家が乱立したことで効率的な生産が困難になり、米価の高価格維持政策が本来なら離農するはずの農家の生産を継続させ、生産性向上を阻んだ。加えて近年は担い手不足と高齢化が急速に進行しており、2015年に175.7万人だった基幹的農業従事者は2022年には122.6万人まで減少、平均年齢も68.4歳に達している。
こうした衰退の危機に直面する日本農業を立て直す切り札として期待されるのが、スマート農業である。AIやIoT、ロボット技術を駆使し、省力化と精密化を実現するスマート農業は、少ない労働力で高い生産性を上げることを可能にする。
しかし現状では、スマート農業の普及には様々な障壁が立ちはだかっている。技術面では、未舗装の農地や不規則な圃場形状がロボットや自動化システムの導入を難しくしている。経済面でも、年間売上1,000万円未満の小規模農家が全体の88.5%を占め、高額な初期投資を負担できない農家が多い。
運用面の課題としては、収穫作業など一連の工程全体の自動化が困難なことが挙げられる。部分的な自動化では労働時間の大幅削減につながらず、スマート農業導入のメリットを十分に享受できない。加えて通信環境など必要なインフラが整備されていない地域も少なくなく、データ活用の意義が農家に浸透していない現状もある。
これらの障壁を乗り越え、スマート農業の普及を進めるには、まず農家の経営規模拡大が不可欠だ。零細農家を集約し、ある程度まとまった規模の農地を確保することで、スマート農業技術の導入がしやすくなる。同時に、現場の農家のニーズに即した実用的な技術開発も求められる。机上の空論ではなく、農家が使いこなせる、費用対効果の高いシステムを作り上げていく必要がある。
また、スマート農業の導入を後押しする政策的支援も重要だ。初期投資への補助金や、税制優遇などのインセンティブを用意することで、農家の採用ハードルを下げることができる。通信インフラの整備や、データ活用の啓発など、農家だけでは手の届かない部分は、行政が主導して環境を整えていくことも欠かせない。
さらに、スマート農業の普及を農業の枠を超えた社会全体の課題として捉え、多様なプレイヤーの協力を得ていくことも肝心である。IT企業やベンチャー、研究機関などと農業界が連携し、それぞれの強みを生かしたイノベーションを起こしていく。消費者も、国産農産物の積極的な購入を通じて、スマート農業を含む日本農業の発展を下支えしていく役割がある。
日本の農業が直面する危機は深刻だが、スマート農業はその打開策たり得る。技術的、経済的、社会的な障壁に果敢に挑み、官民挙げて普及に取り組むことで、日本農業は新たな時代を切り拓いていけるはずだ。生産者と消費者、そして社会全体で知恵を出し合い、日本の豊かな食と農を次世代につないでいくことが、今私たちに求められている。
イスラエルの農業
イスラエルは厳しい環境制約をバネに、革新的な農業技術を開発してきた。国土の60%が乾燥・半乾燥地帯で水資源が極めて限られるという条件が、かえって効率的な農業システムの構築を促したのである。
この技術革新を支えているのが、組織的な研究開発体制だ。イスラエルはGDPの4.3%を研究開発に投資しており、これは世界一の水準にある。農業予算の17%がR&Dに充てられ、農家、農業産業、研究機関、政府が密接に連携しながら新技術の開発に取り組んでいる。
また、イスラエルには約350の農業技術スタートアップが存在し、灌漑、水の再利用、種子改良など幅広い分野で世界をリードしている。こうしたスタートアップ・エコシステムの基盤となったのが、キブツと呼ばれる共同農業システムだ。現在の農業技術ベンチャーの半数以上が、キブツ出身者により運営されているという。
イスラエルと日本の農業を比較すると、興味深い事実が浮かび上がる。イスラエルの年間降水量は435mmで、日本の1,668mmの約1/4に過ぎない。それでも再生水の活用など水資源の効率的利用により、食料自給率90%以上を達成しているのだ。
この背景には、制約のある環境をバネに技術革新を推し進めるイスラエルの姿勢がある。水不足という課題に真正面から向き合い、精密灌漑や水の再利用など高度な技術を開発してきた。種子や作物の改良にも積極的に取り組み、乾燥に強い品種を次々と生み出している。
さらに、ITやAIなどの先端技術を農業に取り入れ、生産性と品質の向上を図ってきた。センサーやドローンを活用した精密農業は、水や肥料、農薬の使用量を最適化し、環境負荷を減らしつつ収量を高めることに成功している。
今日は、有機農法の日なので、そちらにも触れよう
有機農法について
ちょっと相対的な観点で有機農法について眺めてみよう。
現代の農業が直面する課題は多岐にわたるが、その根幹には環境負荷と生産性のバランスという問題がある。従来の慣行農法は化学肥料や農薬に頼ることで高い生産性を実現してきたが、一方で土壌や水質の汚染など環境への負の影響も無視できない。他方、有機農法は環境保全の観点から注目されているものの、生産性の面で慣行農法に及ばないとの指摘もあった。
しかし近年の研究では、有機農法と慣行農法の生産性に大きな差はないことが明らかになっている。カリフォルニア大学の研究では、有機農法は慣行農法と同等の収穫量を達成し、水不足の際には2倍近い収穫量を記録した例もある。また、農作物の栄養価や味についても、有機か非有機かよりも個々の農家の栽培技術によって決まることが分かっている。
しかしながら、土壌のことを考えると、有機農法のほうが優れている。
有機農法は、化学肥料や農薬を使わず、自然の力を最大限に活用して農作物を育てる方法だ。食の安全性と信頼性の面で大きな利点がある。化学物質を使用しないため、消費者は安心して食べられる農産物として高い信頼を寄せている。また、有機JAS認証により、その安全性が第三者機関によって保証されている。
環境保護の観点からも、有機農法は大きな意義を持つ。土壌や水質の汚染を防ぎ、生物多様性の保全に寄与する。昆虫や鳥類などの生態系を守ることにもつながる。さらに、土壌本来の生産力を活かした持続可能な農業が可能となり、SDGsの目標にも合致している。
品質と栄養の面でも、有機農法には注目すべき特徴がある。有機質肥料の使用により土壌の微生物活動が活発になり、有機物含有量が高く安定した栄養成分を作物に与える。農作物が本来の速度でゆっくりと成長するため、うま味成分を十分に蓄えることができ、野菜本来の味や香りが引き立つ。
ビジネス面でも、有機農産物は高付加価値での販売が可能で、慣行栽培作物との差別化が図れる。健康志向の高まりを背景に、オーガニック市場は今後も拡大が見込まれる有望な分野だ。
もちろん、有機農法にも課題はある。病害虫対策や雑草防除など、化学的な手段に頼らない分、手間と労力がかかる。収量が慣行栽培に比べて低くなりがちなのも事実だ。しかし、その中で工夫を重ね、自然と向き合いながら農作物を育てる営みは、生産者にとって大きなやりがいにもなっている。
消費者の側も、有機農産物を選ぶことで、安全で持続可能な食の実現に参加することができる。生産者の顔が見える関係性の中で、食べ物の価値をあらためて見つめ直すきっかけにもなるだろう。
有機農業の広がりは、単に農業の問題にとどまらない。環境と調和した生き方、多様な生態系と共生する社会のあり方を問いかけている。efficiency一辺倒ではない、豊かさの新しい尺度を示唆しているのかもしれない。
慣行農法について
ここでは、慣行農法についての利点も挙げておこう
そもそも有機農法の欠点を補う形で慣行農法になった経緯なのである。
化学肥料を使った農法は、生産効率の面で有機農法より優れているといえる。まず収量が多く取れやすく、肥料成分当たりの単価も安価だ。植物の肥料利用率が60〜80%と高いため、効率的な栽培が可能となる。
また、化学肥料は早く効果が現れ、臭いも少ないので作業がしやすい。品質が一定で安定した生育が期待でき、計画的な生産につながる。
栽培管理の容易さも大きな利点だ。害虫や雑草の管理が比較的容易で、栽培管理の手間が少なく済む。人手不足の農家にとっては、この点は特に魅力的だろう。
経済的なメリットも見逃せない。導入コストが比較的低く、肥料の品質が安定しているため、計画的な生産が可能だ。安定した収量確保により、収益の予測が立てやすいというのも大きな強みといえる。
一方で、化学肥料の使用が環境や土壌に与える長期的な影響については、慎重な考慮が必要だ。土壌の劣化や生態系への悪影響など、持続可能性の観点からの課題も指摘されている。
化学肥料と有機農法、それぞれの長所を活かしつつ、環境負荷を最小限に抑える農法の確立が求められる。土づくりを大切にしながら、必要な部分で化学肥料を効率的に使用する。有機物の投入により土壌の健全性を維持しつつ、化学肥料の利点を取り入れる。そうしたバランスの取れた農法が、これからの時代に求められているのではないだろうか。
再びスマート農法
環境負荷の低減に関しては、有機農法への完全移行と環境配慮型の新世代農薬開発という二つの方向性が示されている。前者は化学物質を一切使用しないことで土壌や水質の汚染を防ぎ、生物多様性の保全にも寄与する。後者は、硝化抑制剤など環境負荷の少ない新しい農薬を開発することで、使用量を抑えつつ高い効果と安全性を実現しようとするものだ。
これらの課題を同時に解決する可能性を秘めているのが、スマート農業である。AIドローンによるピンポイントの農薬散布や病害虫発生予測により、必要最小限の農薬使用を実現できる。衛星データとAIによる生育状況の可視化、センサーによる環境モニタリングで最適な栽培環境を維持し、生産効率を高められる。水耕栽培では従来の畑作に比べて水使用量を99%削減できるという報告もある。
さらにスマート農業は、IoTセンサーとAIによる科学的な生育管理、熟練農家の技術のAI継承による高品質生産、精密農業による資源の最適利用など、技術革新により環境保全と生産性向上を両立する道を拓いている。
ただし日本の農業現場では、農地の未舗装や不規則な圃場形状によるロボット導入の難しさ、小規模農家が多いことによる高額な導入コストの負担など、スマート農業の普及にはまだ課題が多い。この点で、厳しい環境条件を逆手に取ってスマート農業を発展させてきたイスラエルは大いに参考になる。イスラエルはGDPの4.3%を研究開発に投資し、農業予算の17%をR&Dに配分している。約350の農業技術スタートアップが存在し、灌漑、水の再利用、種子改良など幅広い分野で世界をリードしている。
今後の日本農業は、こうした先進事例に学びながら、有機・慣行・スマートの各要素を適切に組み合わせ、環境と生産性のバランスを取りつつ発展していくことが期待される。日本の農業現場に適した技術開発と普及を官民挙げて進めていくことが肝要だ。
同時に、消費者の理解と協力も欠かせない。有機農産物への需要を高め、適正な価格で購入することは、持続可能な農業を支える大きな力となる。また、地元の農家を応援し、直接対話する機会を持つことも重要だ。生産者と消費者が手を取り合い、環境に優しく豊かな食を育む農業のあり方を共に模索していくことが、これからの時代に求められている。
あとがき
今日の参考記事
日本の経済の停滞や、なにより精神的な疲弊を農業によってい解決するという道はある。しかしながら進んでいない。イスラエルとの違いはスマート農業の導入比率だけでなく、実は人的要素にも差がありそうである。
次回はキブツについて、見てみようと思う。