167回 バック・トゥ・ザ・レトロフューチャー


子供の頃、よく雑誌に掲載されていた未来予測に必ず載っていたのが、携帯電話と壁掛けテレビだった。
昭和40年代当時は、電話といえばダイヤル式の黒電話、テレビはもちろんブラウン管式(そして白黒)であったので、描かれた未来の生活は驚くほどお洒落で洗練されたものに思われた。

時は流れ、それから半世紀経った今。
携帯電話はとっくに実現し、もはや電話ではなくスマートフォンというモバイル端末となっている。テレビは壁掛けどころか、そのスマホでワンセグを観ることができ、映画も音楽もサブスクリプションで配信される時代だ。
昔見た雑誌に描かれた携帯電話やテレビよりもっと進化したそれらは確かに便利だが、そのおかげでうんと生活が豊かになったかと言えば、あまりそんな気がしない。選択肢が多くなった分より忙しくよりせわしなく(こちらも感じで書けば「忙しない」だ)なってしまったような気もする。

昭和レトロというのが流行っているそうだ。
文字通り昭和の時代のレトロな風俗を楽しむというものである。
2005年に大ヒットした映画『ALWAYS 三丁目の夕日』は、1974年から連載されている漫画を原作としたものだ。高度経済成長時代の昭和30年代東京下町を描いたこの作品は、まだ昭和生まれがメインだった公開当時「懐かしさ」を呼び覚ましたのが勝因だったと思う。
それから16年。平成生まれが30代になりつつある現在、昭和は既に歴史の中の出来事である。スマホもネットも生まれた時から存在している世代にとって、昭和はファンタシィに等しいのだ。

象徴的なのが、西武園ゆうえんちの昭和レトロへの大改装である。
開業70周年を迎えた今年、100億円をかけた改装工事を終えて再開業したそこには、1960年代の商店街を再現した区画やゴジラをテーマにしたアトラクションがあり、平成生まれの人たちで大賑わいだという。
彼らにとってみれば初めて目にするようなものばかりだろう。ここだったか、黒電話体験というのがあると聞いて驚いた。今の若者はダイヤル式の電話を使ったことがないのだから、新鮮に思えるのは当然である。
確かに、ああ昔そうだったなと思い出す風景もあるにはあるが、本当に当時日本中がこのような様相だったわけはないので、ある種これは「存在したかもしれない幻想の昭和」なのだ。キャッチフレーズの「心あたたまる幸福感」や「門をくぐるとそこは、あの日あの時のままの昭和の世界!」というコピーを読むと、どこか居心地の悪さを覚えてしまうのは、自分の経験とのずれを感じるからだと思う。

昭和の家庭でお馴染みだった食器が復活して人気になっている。
アデリアレトロという名のガラス製品は、石塚硝子が昭和36年に発売したシリーズで、可愛らしい花柄のコップに覚えがある人も多いだろう。
昭和のうちに発売終了したこのシリーズを、たまたまSNSで見つけた社内の若いデザイナーが復刻したところ大反響となった。インスタで話題になったり、折しも純喫茶ブームが到来して店舗でも使用されるようになったことから、30代前後の女性を中心にブームとなっている。
今見ても愛らしいこのガラス食器は、レトロだから受けたのではなく、純粋に可愛いものとして昭和を知らない人たちに受け入れられたのだ。

甘食やシベリアといった懐かしいお菓子も、人気を博しているそうだ。
甘食というのは、直径5cm程の円錐形の焼き菓子で、小麦粉・水・卵・重曹といった単純な生地で作られたものである。スポンジケーキより硬く、ビスケットより柔らかい。どちらかというとお菓子というよりはパンといった方が近いような気がするし、実際パン屋で売られていることが多い。
関東では有名だが、関西では殆ど知られていないというのは、初めて知った。物凄く美味しいというものではないが、素朴で懐かしい味は時々食べたくなる。
シベリアは羊羹がカステラで挟まれているお菓子である。羊羹は単にカステラでサンドイッチされているのではなく、トレーに敷いたカステラの上に融けた羊羹を流し込んで作るのだそうだ。なので羊羹とカステラはぴったりくっ付いており剥がせない。ちなみにシベリアという名前の由来は、永久凍土から付けられたという説が有力である。
こちらも関東ではお馴染みだったが、関西では一般的ではないということだ。甘食と同様、パン屋で売られていることが多かった。

私自身は新し物好きなので、レトロなものにはあまり興味がない。
常に最先端に触れていたい方である。
平成生まれ以降の人にとっては新鮮に感じるだろうから、昭和レトロの流行もわかるのだが、自分としては懐かしいなとは思ってももう一度体験したいとは思わない。
その暇があるのなら、まだ出会ったことのない物事を経験してみたいのだ。
それに社会にいまだに残る昭和の悪しき価値観も、アップデートさせなければならない。

今年ももうすぐ終わる。
来年はどんな未来に出会えるか楽しみだ。
では、良いお年を!


登場した言葉:未来予測
→電話もテレビも進化したのに、傘だけがいまだに全く変わっていないことが納得いかない。
今回のBGM:「Stand by Me」by Ben E. King
→ジョン・レノンはじめ多くの人にカバーされてきたこの曲は、1961年(昭和36年)に発表された。

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