310回 24時間戦えません


今年の夏は長かった。
10月だというのに、まだ真夏日などという言葉が飛び交っている程だ。
これだけ夏が続くと、夏バテも遷延して「夏バテ疲れ」などという、もう疲れることに疲れるような状態まで出現している。ただでさえ季節の変わり目は疲れやすいのに、変わるだけでなく夏と秋が重なっている状態では、身体がついていかない。

現代人は疲れている。中でも日本人は世界的にも睡眠時間が短く、疲れが取れないまま生活している人が多い。ある統計によると、6割の人が疲れているらしい。母集団が何かわからないが、4割の人が疲れていないという方に驚いた。
ドラッグストアに入れば、入り口近くの一番目立つ場所には「疲労回復!」「疲れたあなたに!」などと、見ただけで疲れるような宣伝文句をデカデカと表示した商品が沢山並べられている。サプリメント、栄養ドリンク、最近はエナジードリンクなるものまで出ている。
栄養ドリンク(ビタミン含有保健剤)は指定医薬部外品に分類されるため、用法用量が定められており、効果効能も記載できる。ビタミンB群やタウリン、アミノ酸、カフェインなどの成分が、疲労回復に役立つとされる。
それに対して若者に人気のエナジードリンクは清涼飲料水なので、効果効能はうたってはいけない。用法用量も決められていないが、それはいくらでも飲んでも良いということを意味しない。それなのに書いていないのをいいことに、1日に何本も飲む人が増えており、深刻な問題になっている。

栄養ドリンクと同様に、エナジードリンクにもカフェインが含まれている。いや、エナジードリンクに含まれるカフェインの方が多いので、かえって問題なのだ。
栄養ドリンクに含まれるカフェイン量は1本あたり「0~50mg」と決まっているが、エナジードリンクの場合「36~150mg」とかなり多い。カフェインは一度に沢山摂りすぎるとカフェイン中毒になる恐れがあり、実際死亡例もある。急性中毒の症状としては、心拍数の増加・不整脈・嘔吐などがあるが、慢性中毒になると睡眠障害、頻脈、頻尿などに加え、カフェイン依存症となる可能性もある。1日に何本も飲み続けるのは非常に危険だ。
そしてカフェインと並んで気をつける必要があるのが、糖質である。栄養ドリンクもエナジードリンクも、1本に含まれる糖質量はかなりのものだ。栄養ドリンクには「15~18g」の糖質が含まれているが、1日に必要とされる糖質は25gなので、ドリンク1本で半分以上を摂取してしまうことになる。飲料として摂ると吸収が速いため血糖値の乱高下が激しくなり、糖尿病になるリスクが高い。
これがエナジードリンクになると更に多くなり、1本あたり「30~50g」の糖質が含まれているそうだ。ティースプーン1杯の砂糖が3gなので、一度に10杯分以上の砂糖を摂っていることになる。完全に糖質の過剰摂取になるということを、意識した方が良い。
栄養ドリンクにしろエナジードリンクにしろ、過ぎたるは及ばざるが如しということだ。

そんなこと言われたって、この疲れをなんとかしないと明日仕事に行けない、という人も多いだろう。わかる。私なんて朝起きた時が一番疲れている。因みに夜型なので、夜になるに従い元気になるという性質で、寝る前が一番元気だったりする。それで夜更かしして睡眠時間が少なくなり、翌朝疲れているというわけだ。
では疲れ、疲労とはなにか、どうして起こるのか。
疲労は発熱や疼痛と同様に、これ以上活動すると身体に害が及ぶよ、という警報と言われている。日本疲労学会(というのがある)では、「疲労とは過度の肉体的および精神的活動、または疾病によって生じた独特の不快感と休養の願望を伴う身体の活動能力の減退状態である」と定義されているとのこと。疲労はつまり、心身への過負荷により生じた活動能力の低下のことであり、その結果、思考能力の低下や注意散漫、発動の低下、動作緩慢、刺激に対する反応の低下、眼精疲労、頭痛、肩こり、腰痛などが起こる。

以前は乳酸が「疲労物質」などと言われて、筋肉内に溜まった乳酸が疲れの原因とされていたが、現在ではこの説は否定されている。
体内に過剰な活性酸素が発生すると、それが細胞を傷つける。傷ついた細胞は休息すれば抗酸化物質によって回復できるが、治る間なく繰り返しダメージが与えられると、細胞は機能低下や損傷を起こす。何が起こるかというと、ミトコンドリアの電子伝達系が阻害されることにより、ATPという細胞のエネルギー源になる物質の産性能が低下する、有り体に言えば細胞の元気がなくなる。これが疲労の本質である。
最初に影響が現れるのが、常時休みなく働いている自律神経である。頭痛肩こりといった疲労の症状は、この自律神経に影響が出ていることを表している。
疲労が蓄積すると、防衛反応としてステロイドホルモンが分泌される。ステロイドホルモンが多量に分泌されると、動脈硬化やインスリン抵抗性による高血糖・肥満などのリスクが高まったり、高血圧・糖尿病・脂質異常症などの生活習慣病やメタボリックシンドロームになりやすくなる。ステロイドホルモンは免疫を低下させる作用があるので、疲労が蓄積することで免疫系が働きにくくなり、癌に対する防衛機能も低下してしまう。
とにかく疲労をそのまま放置しておいて良いことはひとつもないのだ。

疲労から回復するために一番良い方法は、とにかく質の良い睡眠を十分に取ることである。
日本人は寝なさ過ぎだ。6時間しか寝てないのでは、疲労が回復する暇がないのは当たり前である。少なくとも7時間、本当は8時間睡眠が良いとされているが、長ければいいというわけではない。何度も中途覚醒をしたり、物音ですぐに目が覚めるような浅い眠りでは、いくら寝ても疲れは取れない。レム睡眠とノンレム睡眠を交互に繰り返して熟睡できれば、大抵の場合疲労は回復する。
軽い運動や1日3食のバランスの良い食事、寝る前にぬるめの入浴、夕食は寝る2時間以上前に済ます、布団の中でスマホを見ないなど、質の良い睡眠を取るための方法がよく言われているが、はっきりいってこれができるならば、疲れは元より溜まっていない。こういうことができない生活で生活リズムが乱れているからこそ、疲れがいつまでも取れないのだ。

疲れには精神的疲労と身体的疲労がある。
身体的疲労は意識しやすいが、精神的疲労は気付かぬうちに蓄積することが多いので注意が必要だ。仕事で過度に頭を使い過ぎたり、職場や家庭に悩みがあったり、人間関係に問題を抱えていたりすると、ストレスが生じる。それが適切に解決できず、いつまでもそのストレスが加わり続けると、精神的疲労となって身体の不調につながる。
少し前にSNSで「お風呂キャンセル界隈」という言葉に注目が集まった。なんのことない、風呂に入らない/入れない人々のことを指すのだが、その理由は実は様々だ。単に面倒だから嫌という理由の中には、入浴はやることが沢山あって大変というのがあり、確かになるほどとは思う。極端な理由としては、統合失調症の幻覚妄想によって風呂場が恐怖の対象となり30年間入れなかったという患者さんを受け持ったことがあるが、これはかなり特殊な例だろう。
一番「入れない」理由として多いのは、疲れ切っていて風呂に入る気力体力がないというものだ。風呂には入りたい、清潔を保つためにも入らなければと思う、でも入る元気がもう残っていない、風呂に入る時間があるならすぐにでも寝たい。これはもう疲労が慢性的に蓄積している状態であり、うつ病一歩手前と言ってもよい。明日は休みなので風呂はサボっちゃおうというのとは訳が違う。
風呂に入りたくても入れない状態が続いているのであれば、すぐにでもしっかりと休息を取る必要があることを自覚すべきである。精神科受診も選択肢に入れてもいいくらいなのだ。

疲労は重要な生体のバロメータだ。
疲れたなと感じたら、放置せずに休みたい。
今夜は夜更かしせずに早く眠ることにしよう。


登場し(なかっ)た疾患:慢性疲労症候群
→筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)とも呼ばれ、身体診察や臨床検査で客観的な異常が認められない状況であるにもかかわらず、日常生活を送れないほどの重度の疲労感が6ヶ月以上続く状態と定義されている。ウイルス感染とか免疫系の異常とか、遺伝的環境的要因とかいろいろな説があるが、はっきり言って原因は未だに明らかではない。細胞内のミトコンドリアの機能低下があることは確かなようだ。それまで何ともなかった人が、なんらかのストレスを受けた後に突然発症するというから、やはりストレスは早めに解消するに限る。
今回のBGM:「energy flow」by 坂本龍一
→バブル絶頂期に発売された栄養ドリンク「リゲイン」のキャッチコピーは、「24時間戦えますか」だった。バブルがはじけみんな疲れ切っていた時、「リゲインEB錠」はゆったりと穏やかに流れるこの曲をCMで使って大ヒットした。これが収録されている「ウラBTTB」というアルバムは、オリコン史上初めてインストルメンタルで1位になったそうだ。坂本は「癒し」という言葉が大嫌いだったというが、さもありなん。


いいなと思ったら応援しよう!