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【台本書き起こし】シーズン5「足利尊氏 夜明けのばさら」第4話 妖霊星:ボイスドラマで学ぶ日本の歴史

〇隠岐元徳四(一三三二)年三月
錦小路殿N:御謀反が鎮定されてから半年の後、元徳四年三月。後醍醐天皇はお位を失い、先の帝として、隠岐の国へ御遷幸になりました。隠岐の仮御所はたいそう粗末な造りで、先帝のまわりに供奉する人数とてわずかばかり。それは寂しい島暮らしでございましたが、先帝は討幕のお志をいよいよ盛んにして、御配所の中に壇をお設けになり、護摩を焚き、僧侶に代わって御自ら、関東調伏の修法を朝に夕に執り行われたというお話です。不気味なお噂は人から人へ口づてに、隠岐から海を越えて、出雲へ、京の都へ、そして、遠く鎌倉の地まで、伝わってまいりました。

後醍醐天皇:相模入道よ、北条が子孫高時法師よ。たとえ朕から三種の神器を奪い、俗世の位を奪おうとも、いまなお天道は朕と共にあると知るがよい。関東は戎夷なり。天下の管領しかるべからず。

〇北条高時屋敷
北条高時:愉快、愉快。褒美にそら、この直垂を取るがよい。
御家人1:では、それがしも。
御家人2:わたくしは大口袴を与えましょう。
高時:はははは。執権守時よ。その方も何か、田楽の者らに褒美として投げてやれ。
守時:お戯れが過ぎましょう。高時さま。近年は不作続きで、御家人、百姓はいまや疲弊の極み。かような時に田楽見物にうつつを抜かすようでは上に立つ者として下々に示しがつきませぬ。
高時:かような時だからこそ、田楽どもを呼んだのだ。唄って踊って、田の神を楽しませて、豊作を願っておるのよ。これは喜捨だ、浄財だ。神仏への喜捨を惜しんで、天下の安寧が保てようか。
守時:しかし、おのずからわきまえがございましょう。
高時:あーあ、分かった、分かった。ところで、執権、その方は何の用でまいったのだ?
守時:改元の御沙汰をいただきたい。禁裏からも督促の使者がございました。
高時:改元?そのことなら、当家の執事と相談いたし、よきにはからえばよい。つまらんことで煩わせるな。
守時:御執事と決めればよろしいのですな。されば、守時はこれにて御免つかまつる。
高時:ああ、行け、行け。興醒めではないか。酒がまずくなる。
高時:改元……改元と申したら、先の帝も、元徳をやめて、元弘の元号に改めよと執着しておいでだったなあ。ふふふ、たびたび鎌倉に盾突いて煩わしいゆえ、お位を廃して、隠岐の国へお遷しまいらせたわ。よい気分じゃのう。よし、見物はもう飽きた。私も舞おうぞ。みなも舞え。舞いたい者は、私といっしょに舞え。
あははは。一人、二人、三人四人……後から後から田楽どもが、舞台に上がってきよるわ。舞えや唄えや、遠慮はいらんぞ。この夜は無礼講だ。無礼講だ。
一同:天王寺の妖霊星を見ばや、天王寺の妖霊星を見ばや。
高時:面白いのう、お前はくちばしが尖って、まるで鳶のような面相ではないか。おお、こちらの顔はけむくじゃらで、狸か、狐か。
一同:天王寺の妖霊星を見ばや、天王寺の妖霊星を見ばや。
高時:あははは。その方はずいぶん舌が長いのう。先が二つに割れて、まるで蛇のようだ。やや、お前は立派な角を生やしておるな。かぶりものではなくて、本物の角か。うふふふ。うひひひ。
一同:天王寺の妖霊星を見ばや、天王寺の妖霊星を見ばや。
侍女:きゃあーっ!た、大変でございます。御当主さまが、高時さまが……
家臣:このありさまはいったい……高時さま!お気を確かに。これは何としたことでございますか。高時さま!
高時:天王寺の妖霊星を見ばや、天王寺の妖霊星を見ばや……

〇鎌倉幕府・政庁
守時:これは高氏どの。よく来てくれた。何か御用かな?
高氏:御執権はお聞きでござるか。先だっての怪異のお噂で鎌倉中が持ち切りでございます。異類の群れに高時さまが襲われた、お屋敷がさんざんに荒らされたのだと……
守時:そのことか。人の口に戸を立てられぬものだ。
高氏:三つ四つの小童どもが、意味もよく知らず、面白がって囃しておるのを聞きました。四十余りの古入道、酔狂の余りに舞ふ舞なれば、風情あるべしとも覚えざりける……
守時:四十余りの古入道?人の噂は広まるのは早いが、当てにはできんな。高時さまは当年三十、私よりもずっと年下だぞ。
高氏:下々の者たちはそこまで承知しておらんのでしょう。いずれにせよ、あろうことか北条一門の嫡流、得宗家の御当主が異類にたぶらかされたと申すのですから、みなは不安がっております。
守時:高氏どのは件の怪異をどう見る?
高氏:悪い夢を御覧になったのでしょう。屋敷を荒らした下手人はおおかた、高時さまが酔い潰れたと見て、田楽の一座が盗賊に早変わりしたというところでは。ですが、天王寺の妖霊星とは何のことでしょうか?
守時:儒者に訊ねた者がある。妖霊星は災いをもたらす星ゆえ、天王寺の辺りから乱が起こる予兆ではないか、という答えであった。
高氏:それでは畿内で戦乱がまた起こると?
守時:天王寺の周辺と申したら、和泉、あるいは河内の国か。先年の戦で下赤坂城は最後に自ら火を放って焼け落ちたが、確か、大将の行方は知れないままになっておったな。
高氏:はい。楠木正成と申しまして、生き延びておれば必ずや再度の挙兵をいたしましょう。
守時:怪異に見舞われても、高時さまの御行状はいっこうに止まぬ。まつりごとを顧みず、昼は闘犬、夜は田楽の放蕩三昧。この頃は御家来衆に何もかも丸投げのありさま。すっかりたがが緩んでおいでのようだ。再び戦が始まるまで思いの外に早いような気がする。申し訳ないが追討軍の大将としてこれからも高氏どのの力を頼みにする機会は多いだろう。
高氏:守時さま。私とて、仮初めに足利家の当主を務める立場です。甥はようやく元服いたしました。足利家や一門の中のみならず、他の家からも、お家の相続をどうするのか、嫡流にお戻しするのが筋ではないか、といった声がしきりに聞こえてまいります。
守時:いまだに天下は落ち着かぬのにそのようなことを?
高氏:いつか、我が父貞氏が申しておりました。私は御正室の子ではない。主になったら、足利のお家が乱れるのだと。
守時:苦しいお立場は分かるが……戦乱となったら、高氏どのでなくては乗り切れん。いましばらくは足利一門を預けておくぞ。
高氏:……はい。

錦小路殿N:元徳四年は四月のうちに終わり、正慶元年に改元となりました。後から思い返してみますと、正慶元年の夏から秋にかけてのこの頃が、鎌倉にとっては最後の平穏といえるいっときでございました。

〇西国
使者1:六波羅探題からの急使でござる!前年に叡山を下り、行方を絶っていた大塔宮が吉野で挙兵いたしました!
使者2:楠木正成が挙兵!河内の千早城が、奪われました!
使者3:播磨の国で赤松円心の一党が蜂起した由に!山陽道並びに山陰道に兵を出して、鎌倉方の軍馬の往来を阻んでおります。
使者4:伯耆の国船上山で、名和長年なる者が兵を挙げました!
使者5:先帝が!先帝が!先の帝が、隠岐の御配所を抜け出て、名和勢が立て籠る船上山に御遷座との急報でございます!

後醍醐天皇:悪人悪行、速疾退散。朝敵覆滅、怨敵調伏。高時法師よ。朕が生きて世にある限り、人為をもって天命はくつがえらずと思い知るがよい。

高時:先帝を逃しただと?ええい、隠岐の判官は何をしておった!関東八州から兵を集い、ただちに討手を差し遣わせ。どこまでも鎌倉に仇なさんとする御宸襟、かくなる上は容赦斟酌は無用であるぞ。死に物狂いの犬合わせも戦も同じ、噛み殺すか、噛み殺されるかのどちらかだと心得るがよい!

〇足利家鎌倉屋敷・高氏の部屋正慶二年三月
錦小路殿N:正慶二年三月のある日。思いがけず、足利屋敷を訪ねた客がございました。足利一門の御家人で上野の国に所領を持つ、新田小太郎義貞どのでございます。

高氏:これは新田どの。下赤坂城の合戦以来となるな。
義貞:足利本家御当主におかれましても、いよいよ御壮健であらせられる。まことにもって、祝着至極に存じまする。
高氏:いっときの中継ぎでござる。ところで、新田どのは大番役を命じられて、都にとどまったようにうかがっておったが……
義貞:都からの帰途でござる。先頃までは千早城攻めに加わっておりました。陣中で流行り病にかかり、この上の戦働きは到底かなわずと判断して、こうして引き揚げてまいった次第。
高氏:流行り病?新田どのは病人のようには見えないぞ。
義貞:口実ですからな。戦の支度はまず銭がかかる。兵糧がないのでは戦を支えられぬ。このたびは戦の規模が膨れ上がり長引いたことで銭も兵糧ももはや底を尽きました。
高氏:何と!
義貞:いま、畿内近国では鎌倉方の御家人がどんどん所領へ帰っていきます。銭や兵糧がないからです。みな、ここまで戦が長引くとは考えてもいなかった。片や賊軍は後から後から人数が増える一方で、そのうちに鎌倉方はすり潰されることになるでしょう。
高氏:知らなかったぞ。西国ではそのようになっていたとは……
義貞:もう一つ、慌てて帰ってきたのには事情がござる。新田家にとってはこちらの方がむしろ一大事。
高氏:御所領で、争いごとでも持ち上がったか?
義貞:御当主はお聞きではないのか?このところ、幕府の奉行が御家人の所領を直にまわって、軍資金を調達するため、強引に上納金を召し出させておるようなのです。新田の荘にもやってきました。六万貫文をただちに納入せよと。
高氏:六万貫文とは、それはまた、大変な銭ではないか。
義貞:ただでさえ領民の窮乏が深刻なところへ、このような上納金を課せられたのではひとたまりもない。戦で敵に討たれる前にお味方のために干殺しにされてしまうでしょう。それがしは報せを聞いて、上納金の徴収をやめさせるために帰ってきたのです。
高氏:さようか。どれだけ助けになるかは分からんが私からも御執権のお耳に入れておこう。
義貞:それはありがたい。それがしは新田の荘に急ぐゆえ、これにて御免。

直義:兄上。新田どのは、幕府のやり方にすっかり腹を立てていましたね。
高氏:あれは一本気な男だ。味方のうちは頼みにできるが、いったん敵にまわしたら、どこまでも立ち向かってくる。
直義:西国の状況は思いの外に悪いことになっているようです。
高氏:幕府の足下がここまでぐらついているとは思わなかった。道理で、先帝にお味方する者が跡を絶たないはずだ。
直義:この戦乱はどうなるのでしょう?
高氏:知るものか。目先の戦に勝ったところで、そのためにかえって疲弊を招いたなら、天下の人心はますます鎌倉を離れてしまい、賊軍はすぐに勢いを取り戻す。こんなことでは堂々めぐりだ。

〇北条高時屋敷
高時:討手の大将は、山陽道を名越尾張守に、山陰道を足利治部大輔に命じる。両人をただちに上洛させよ。天下の大乱はひとえに先帝の御叛意から起こったこと。船上山を落とさずして、戦乱は終わらぬぞ。

〇足利家鎌倉屋敷・高氏の部屋
登子:お殿さま。得宗家の御使者はやっとお帰りのようですね。
高氏:気になるのか、登子どの。
登子:一日のうちに二度目の御使者でございますもの。
高氏:得宗家……高時さまはいたく、御不興のようだ。いつまで上洛を先延ばしにするつもりか、ときつく責められたわ。
登子:やはり、御出陣の督促でしたか。お殿さまはどのようにお答えになったのですか?
高氏:病み上がりで、体調が優れないからだと申しておいた。癒えたら、日ならずして上洛いたすとな。
登子:まあ。お殿さまは御壮健そのものですよ。
高氏:気乗りがしないのだ。この戦は前の出陣と同じようには戦えない。そんな気がする。
登子:弱気をおっしゃいますこと。わたくしは弱いお方は嫌いですよ。お殿さまは戦が怖くなったのでしょうか。
高氏:戦が怖いように見えるのか?ははは、私は命のやりとりを怖がっているのではない。そんなこととは違う。私は戦が好きなのだ。きっと、性に合っているのだろう。戦は分かりやすくてよい。勝った者が強くて、負けた者が弱い。
登子:まるで子供のようなことをおっしゃるのですね。
高氏:生まれつきの性分さ。難しいことや余計なことは何も考えないで、その時その時、その場その場、目の前にある事態をどうやって切り抜けるか、咄嗟に選び、決断を下して、実行する。上手くやったら、みなが喜んでくれる。下手を打っても、私の評判が落ちるだけだ。他の誰かのせいにはできない。だから、戦は楽しい。血が騒ぐ。この時のために生まれてきたようにさえ思えてくる。
登子:戦が楽しいのでしたら、御出陣はけっこうなことではございませんか。お殿さまは何がお怖いのですか?
高氏:戦が楽しいから、怖くなるのだよ。前に父上からいわれたことがある。お前たちは足利家をいつか危うくする、と。私が大将軍を任されて出陣して、大軍を動かしたりしたら、その時その場の勢いに任せて、とんでもないことをやってしまうのではないか。私は戦より、そのことの方が怖くて、仕方がない。
登子:まさか。お殿さまの取り越し苦労ではございませんか。
高氏:そうは思えぬ。私はな、足利のお家は甥や、弟たちに任せて、出家遁世したいとさえ考えておるのだ。俗世の厭わしさとは縁を断ち切り、書を読み、歌を詠んで、心静かに暮らしていたい。ところが、いまの私の立場がそんな願いを許してくれぬ。

高氏:ああ。鳥はよいな。どこへだって、好きなように飛んでいけるのだから。
登子:お殿さまは、先の帝とは戦いたくないのですね。
高氏:さて。どうして登子どのはそのようにお思いなのだ?
登子:わたくしは妻ですもの。先の出陣からお帰りになってからというもの、お殿さまはふさぎ込むことが多くて、お声をかけてもうわのそら。もしや、先の帝にお心を寄せておいでなのでしょうか?
高氏:どうだろうか。ただ、先帝が隠岐から戻ったとの一報を知らされた時、私はとても驚いたのだ。恐れたのではない。よくやったな、と心が動いた。感嘆した。羨んだ、と申してもよい。
登子:お殿さまが、先の帝をお羨ましいと……?
高氏:先帝は途方もないことをなされた。並みの者では望んだところで、到底かなわない御壮挙だ。もしも私が同じ立場に置かれたとして、先帝と同じことができるかどうか。そんなことを考えていたら、私は無性に先帝がお羨ましくなった。
登子:人は誰だって、強いお方が好きですもの。
高氏:そうだ。先帝はお強い。このまま出陣したとして、鎌倉の大将軍として、私は先帝に立ち向かえるだろうか。先帝のお強さに心を奪われて、いまは思いも寄らない、大変なことをやってしまわないか。私はそのことがたまらなく怖いのだ。
登子:お殿さま。登子は、意気地のないお方は大嫌いです。
高氏:はっきりと申したな。西国追討の大将軍を意気地なしだと?
登子:意気地なしではございませんか。とんでもないことでも大変なことでも、先の帝のせいにはなさらず、お殿さまが御自分で選んで、お決めになったらよろしいのです。何をお躊躇いになるのですか。わたくしが大好きなお殿さまは、跳ねっかえりで、恐いもの知らずで、手のつけられない暴れん坊のはずでございます。
高氏:そいつはひどい。まるきり、ばさら呼ばわりではないか。
登子:お殿さまは戦が楽しいとおっしゃいました。でしたら存分に楽しまれて、なされたいようになされればよいのです。勝ちでも負けでも上手くやったと登子は喜んで差し上げます。
高氏:ははは。喜んでくれるのか。そうか、それはありがたい。では、私は登子どのから嫌われない男として振舞ってみせよう。

〇鶴岡八幡宮・馬場
高時:足利の伜。出陣を渋りに渋って、重い腰をようやく上げおった。臆病風に吹かれたか。まことに戦おうと思っておるのか。人質じゃ。上洛の間、足利の妻子は鎌倉にとどめるように申しつけよ。それから、二心のなきよう、起請文を取っておけ。

〇近江の国・鏡宿正慶二年四月
錦小路殿N:鎌倉を出発した東国勢は東海道を西上して、やがて、近江の国鏡宿に達しました。これは鏡宿での出来事でございます。

直義:兄上!御覧ください。上杉から、母上の御実家から、このようなものが送られてまいりました。
高氏:まさか……これは先帝の、後醍醐帝の綸旨ではないか!

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