【台本書き起こし】シーズン1箱館戦争「星の進軍」第3話 箱館湾海戦:ボイスドラマで学ぶ日本の歴史
松平N: 陸上戦で敗退し、旧幕府軍の領土といえるものは、もはや箱館市内だけとなっていた。五稜郭、星のかたちをした城郭。いちどは蝦夷地全土を制圧し、新しい国を造ると息巻いていた榎本軍は、それが星の輝く夜のあいだの夢でしかなったと思い知ろうとしていた
●1(五稜郭軍議の間)
松平: さて。敵がもっとも攻撃してくる場所はどこか
榎本: 箱館は海に突き出た土地だ。左右、そして箱館山の背後に広がる海は天然の堀といっていい。五稜郭の背後、陣川には、ブリュネ大尉の指導で四稜郭を築いた。おそらく新政府軍は、海からこの箱館侵攻を企てる
土方: 海…。だが榎本さん、軍艦はたったの三艦しかない
榎本: 三艦あれば叩ける。あたしは幕府の元で軍艦頭だった男だよ。むしろ三艦しかないと敵が油断するなら好都合
土方: ほう、上等だ
松平N: この頃、榎本と土方は互いを認め合うようになっていた
榎本: 土方さん、なぜ笑う?
松平: 釜さん。いや、総裁
榎本: なんだい副総裁、改まって
松平: 敵はおぬしの戦の腕前をみくびってはいない。油断だけはするな
榎本: わかってるよ、太郎さん
松平N: だが、榎本の頼みの綱の軍艦に悲劇が訪れる。四月三十日。夜。千代田、蟠龍、回天の三艦が見張る箱館湾に、新政府軍の軍艦が偵察に訪れる。榎本軍はすぐに砲撃し、新政府軍の艦を外海へ退けることができたのだ。だが
●2(千代田艦船内)
兵A: 森本艦長、敵は退きましたね
森本: だが油断はするな。ここは湾のどのあたりだ?
兵A: 弁天岬と思われます。暗いですが、あそこに弁天台場の石組みが――
兵A: 艦長!
森本: しまった、座礁したっ。離脱急げ!
兵B: 離脱できませんっ。森本艦長、いかがいたしましょう
森本: 新政府軍の軍艦はまだこちらの様子を窺える場所にいる。もしこの千代田を敵に奪われ、味方が攻撃されるようなことがあれば、軍人としての恥だ……!
森本: 機関を破壊せよ
兵A: 艦長っ?
兵B: 今なんと……?
森本: 艦の機関を破壊せよ。この艦を使えないようにするのだ。敵の手に渡すよりはいい
松平N: 森本弘策は千代田を航行不能の状態にし、乗組員と共にボートで脱出した。ところが、明け方。満潮になると千代田は自然と離礁し、箱館湾の外に漂い出て、なんと新政府軍に拿捕されてしまったのである。この報せを聞いた榎本は激昂した。
●3(五稜郭軍議の間)
森本: 榎本……総裁
榎本: 森本弘策。艦長の任を解き、いち水兵に降格する。しばらく五稜郭の郭内において、禁固刑とする
森本: ぐぅぬぅ
榎本: 何か言うことはあるか?
松平N: こうして、江戸を出たときは八艦編成だった榎本艦隊は、回天と蟠龍の二艦を残すのみとなった。一方、攻めて来る新政府軍は、朝暘、春日、陽春、延年、丁卯、そして鉄の化物・甲鉄の六艦。
●4(箱館湾)
松平N: 五月七日、箱館湾に新政府軍の軍艦が現れた。回天で指揮を執るのは、荒井郁之助である
荒井: 怯むな、砲撃!
蟠龍はいまだ修理中、動けるのは、この回天しかいない。甲賀さん、わたしも戦います!
近づいて来る……あの艦は……甲鉄!
兵士: 機関損傷!回天、航行不能に陥ります!
荒井: 千代田のようにはしないぞ。そうだ!浅瀬に上陸しろ、わざと座礁させるのだ!
回天の攻撃機能は健在だ。ならば。撃ち続けろ!回天は今より、砲台とする!
見ろ、新政府軍の軍艦が退いていく!
だがこれで、回天も軍艦としては使えなくなった。残るは蟠龍、ただ一艦。榎本総裁、どう出る……
●5(五稜郭表)
榎本: 太郎さん、いや、副総裁。あとを頼む
松平: ああ、釜さん
松平N: その頃、五稜郭では、榎本が自ら指揮を執り、起死回生の夜襲を仕掛けようとしていた
榎本: 土方さん、行って来ます
松平N: そのとき釜さんは土方に向かってニッコリと微笑んだ。恐らく死ぬつもりだったんだと思う。たくさんの命を犠牲にした責任を取ってね。ところが武士として死に場所を求めていたはずの土方は、釜さんと真逆のことを考えていた。生かすことをね
土方: 榎本総裁!戦さ場で笑うもんじゃない
榎本: 榎本隊、出陣する!
兵士達: おう!
松平: とうとう総裁自ら兵を率いて夜討ち。止めないんですか、土方さん
土方: あんたこそ。副総裁でありながら、なんでいつもあいつのやりたいようにやらせている?
松平: 止めてはいる
土方: 本気で止めろ死なせるな
松平: 土方さん・・
土方: 死ぬのは俺たちの仕事だ
松平: 釜さんの背中についていく。それがわたしの役割だと思っているのでね。あなたになら、わかってもらえると思うのだが
松平N: 結局、このときの七飯への夜襲は失敗だった。榎本総裁は無事に戻ったが、味方は二十人以上の死傷者を出した。あたしはこの失敗が、土方さんにある決意をさせたんじゃないかと思う。自らを犠牲にしてでも、生きるべき者を生かすという・・
● 6(五稜郭土方の部屋)
市村: お呼びですか
土方: 市村。おまえに頼みたいことがあってな
市村: なんでしょう
土方: こいつを日野の佐藤彦五郎のところまで届けて欲しい。俺の姉の嫁入り先だ。箱館で撮ったおれの写真と、そして
市村: 土方さん……これは、遺髪にするつもりですか。そんな。わたしに、箱館を離れろと言うのですか
土方: そうだ
市村: 待ってください。榎本さんがフランス軍人たちを帰国させたのは知っています。でもわたしは、最後まであなたと一緒に戦いたいのです
土方: 命令がきけない者は斬る
市村: 土方さん……
土方: 鉄。最後の命令だ
市村: わかりました。務めさせていただきます
松平N: 市村鉄之助。このとき十六歳。京都時代に新撰組に入隊し、土方に仕えていた少年は無事に箱館を脱し、日野の佐藤家に土方の写真と遺髪を届けている。彼はその後、西南戦争に加わったとも、故郷で病を得て、亡くなったとも伝わる。いずれにせよこのとき、間もなく激戦の地となる箱館から土方が若い命を逃がしたことだけは事実だ
土方: 決戦が近い。榎本の夢は堕ちるだろう。おれはどうする――
●脚本:日野草
●演出:岡田寧
●出演:
榎本武揚⇒谷沢龍馬
土方歳三⇒田邉将輝
松平太郎⇒西東雅敏
森本弘策⇒和田修昌
荒井郁之助⇒山崎健人
兵士⇒大東英史
市村鉄之助・兵士⇒平塚蓮
●選曲:効果:ショウ迫
●音楽協力:甘茶
●スタジオ協力:スタッフアネックス
●プロデューサー:富山真明
●制作:PitPa(ピトパ)
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