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詩集 マインドトラベラー 01

【note版への序】

 本作は、詩集の体裁をとっていますが、全編がひとつのストーリーとしてつながっています。原作は英語です。原作を書き始めた頃は、日本語でソネットを書く事は不可能だと思っていました。その後、色々と試みを実施して、自分なりの一行五句で脚韵をつけた十四行詩を書く目処がつき、日本語版の執筆開始へと至りました。また、バラッドは土井晩翠のホメーロス叙事詩の邦訳の影響を受けています。
 その他の特徴としては、体裁は横書きの西洋風バラッドとしながら、日本の伝統文学の定型を混在させたことです。これは私が書いている他の作品にもいえる事ですが、長歌、旋頭歌、甚句、俳諧の連歌など、また、作中詩としては英語詩、漢詩も入れる等して七五調一辺倒にならない様にしています。あくまでも詩の連作によってストーリーを作りあげる事が、本作の目的です。長編詩集。理屈ではなく、書いてみれば何かが分かるかもしれない、と思っています。長けりゃいいというものではありませんが、それでも先ずは書いてみなければ始まらない、という事です。
 さて、肝心の中身ですが、時代設定は未来。人の心の世界に入って病んでいるセルフを見つけ出し、直接癒やしを与えるマインドトラベラーという専門職の活動について語ります。
 本作は日本語ソネットの定型詩型をメインとし、サブタイトルに何も書かれていない場合はその章はソネットで書かれています。何らかの詩型名が併記されている場合はその詩型を使った文体で書かれています。また、前述のように作中の挿入歌として表題には書かれない定型も登場します。いずれも作者が試みとして使っているので、もっと上手く表現出来る、という方は、ぜひ試してみていただきたいと思います。
 本作が、日本語の口語定型詩について、あるいは人の心の問題について、多少でも考えるきっかけになれば幸いです。

【ソネットごころ】

ソネットという、ルネッサンス時代に発明された詩型がある。
まずは14行すぱっと書く。
聯は4つ、4行聯2つと3行聯2つを書く。
各聯には起承転結の無視できない流れがある。

聯には脚韻の決まりもあるが、バリエーションは多い。
ホントは詩行の決まりもあるが、これもゆるゆるになった。
元の主題は愛だったが、後に他の主題も詠む様になった。
ソネットを極める為の道のりはまだまだ遠い。

流れを作り、形を合わせて、主題を織り込む。
内容の楽しさ、形式の美しさ、表現の霊妙さ。
書き手だけでなく読み手も作品世界の創造に一役買う。

数百年の時を隔てて、今、新たに夢を取り込む。
着眼点のユニークさ、語調の格調高さ、展開の面白さ。
こうして創造の翼は、更に可能性に満ちる空に向かう。
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 日本語ソネットで日本語ソネットの書き方を書いています。
 詩行は一行が五句、即ち五三四五四、または五四三五四、という拍数で構成されていて、ペトラルカ方式の脚韵を踏んでいます。
 但し、よく言われる事ですが、声に出して読んでも脚韵を踏んでいる実感はほとんどありません。日本語はそういう言語だから、というのが定説ですが、1990年代にラップで押韵メソッドが発明されてからこのあたりの事情は劇的に変わる事になります。
 本作への影響もかなり後ろの方でそれが現れてきますが書き始めのこの頃はまだ昔ながらの形式的な押韵にこだわってます。


【イントロダクション】

くれはどり 綾なす糸が紡がれて 生み出す
魂の輝き閉ざす、人の世の柵。
乱れ飛ぶ怨嗟の刃。暗黒の企み
身に受けて、覚悟を決めて外界へ飛び出す。

いゆししの 心痛めて行く先は静寂。
暗黒の内に隠れて ひたすらに怖れて、
人の世に蔓延る魔性、汚さに疲れて、
ひっそりと潜む処に訪れる忘却。

あさがすみ ほのかに浮かぶ朧月去り行く
天空に、僅か留まる星星の残光。
垣間見て思いを馳せる遠い道、地の果て。

うつせみの 人をいざない ともしびが翔び行く。
人知れず静かに歩む。時まさに残更。
澪標、導く先は安息のさいはて。
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 各聯の冒頭は枕詞です。詩行の構成は「ソネットごころ」と同じです。


【マインドトラベラー】

先進の時代を迎え、心病む世界で、
荒れ果てて癒やし切れない、苦しみのかけらを
捜し当て、再編により取り戻す。力を。
トラベラー、能力振るう。今日もまたどこかで。

喧騒の中に佇み浸りきる、孤独に
思い馳せ空を見上げる、静寂のひととき。
儚くも助けを求め、呻く声聞く時、
トラベラー、踵を返し立ち向かう。寡黙に。

混沌のマインドゲート。思うまま出入りし、
人間の魂の奥、取り付いた魔の巣を、
トラベラー、破壊して取り戻す。心を。

襲い来るイメージストリーム、軽く受け流し、
先ずはただ回復させる。疲弊した体を。
トラベラー、ただ守る。決められた手順を。
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 マインドトラベラーのスキルを説明するソネットです。


【平凡病】

この時代、自称平凡掲げつつそのくせ
他人には辛く当たり、自己中を貫く
はた迷惑な人々が、街中をうろつく。
平穏を望む人々、改善の気は失せ、

喧騒の中で、ひたすら暗鬱な毎日。
過ごしつつ無為な時間を浪費する虚しさ。
感じても怠惰に流されるだけの哀しさ。
限りない無気力の中何も無い毎日。

俗にいう綺麗事などもう既に棄て去り、
哀れみの感情すらも遠い過去のものだ。
どれ位経つのだろうか。笑えなくなってから。

ふと気づく者はまだいい。それさえも無くなり、
はてしなく彷徨うだけの者たちもいるのだ。
それだけだ。彼らが自分で望んだ事だから。
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 ごく普通の人々の心持ち、習慣を「平凡」と称して描きます。保身への欲求は人一倍強いくせに、自分が置かれた状況への理解はいまいちで、虚しく過ぎる日常に流され続けている、人間性を感じる行動も失われ、ただ無為に時間が過ぎるのに任せて生きる。そういう人ばっかりだ、というのがこの詩のお題です。この作品世界はそういう世の中、という事になっています。

【人とは皆こんなもの】

価値の無い者ほど強く執着し、こだわる。
一人では何も為し得ず。責任もとれない。
強欲と驕慢纏い我が利は逃がさない。
あくまでも、自分の利益のみに関わる。

己の利。ただそれだけに関わる。
しくじれば平常心を失って狼狽。
無様にも被害者意識丸出しであざとい。
誠実と正反対の心のみ備わる。

ひたすらに我が益だけを追求しつづけて
表向き綺麗事だけ並べ立て、誤魔化す。
知っていてやめる事なき数々の悪行。

一心に己の権利は追求し続けて
義務からは逃避しまくり只々はぐらかす。
悪びれず逆ギレして言い訳は絶妙。
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  人の性(さが)について述べています。色々とはた迷惑そうな性質ですが、決して特別なものではなく、皆んなものだ、とひとくくりにしてます。大事なポイントは、だから良い、あるいは良くない、という判断は下さず、「こういうものだ」という認識を示すだけである点です。簡単に時代背景や本編の設定について語ったところで初頭のパーツは終わりです。