ズル〜い ヒド〜い
お局系は「ズル〜い」と「ヒド〜い」が口癖。
相手がひるむと思い、取りあえずその言葉を発する。
自分はカウント外で、それどころか自分自身がズルかったりヒドかったりしたらそれは快感らしい。
見ろ、してやったりと。
非難する事象の真偽なんかは、どうでも良い。
自分がいかに見えるかと言う事と、とりあえずの瞬発力と威力が重要らしい(脅しや威嚇として)。
「ヒド〜い」は、その上一瞬にして弱い立場を装う。
この頃の他民族のこの攻撃方法は、ますます熟練してきている。
ボンヤリしていてはいけない。
大声や大きなジェスチャーや自分の仲間で周りを固める。
恥とかためらいとかは、ない。
そういう意味では、お局たちも他民族も似ている。
経験不足や、やさしさ第一主義が 何が起きているかを見誤る。
あっという間に、ネイティブアメリカンの末路をたどる心配がある。
自己主張の激しい人々はウソをおりまぜても、ウソはそれは知恵だと賢いのだと思う訳で。
他国のドラマを観ていて思ったのだが、口が上手いのは褒めるべき技なのだ。
卑怯かどうかを気にするのは、日本人の物事の捉え方がそこに重きを置いているせいだ。
そして、そのせいでつまずく。
学校での生き残りに敗北するのは、この清廉潔白タイプだ。
聖書には「鳩のように素直でヘビのように聡くあれ」とある。
まず、ヘビのように聡くが先だ。
その後に鳩のようにだ。
たいていは、勝ったもん勝ちになる。
戦は勝たないと悲惨だ。
それを分る事への足枷は、これまた「思いやり」なのか。(「ひさしを貸して母屋を取られる」のことわざがある)
鳩を食べる民族からすれば、公園に沢山いるのにと思うし、海岸には牡蠣がいっぱいあるという事になる。
大人の「みんな仲良く」が、どんなに無責任無自覚無能 残酷な言葉だと 酷い目にあった側の者は理解するのだが…。
相手が「ズル〜い」「ヒド〜い」と言ったら、要注意。
相手の方が一枚も二枚も上手だから、赤子の手をひねるが如くとなめられているよ。
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