見出し画像

自信なんてない。でも覚悟している。

『夢を叶える方法』とか『目標を達成する方法』とか、そういった類のビジネス書によく、「公言すること」って書いてあるじゃないですか。

確かにね、その方がぐんと夢につながると私も思う。

でも、そんなこと恥ずかしくってできるわけない!って思ってました。
そんな公言しちゃって、できなかったらどうするの?恥ずかしくって仕方ない…。

今「よっしゃあ!やってやろう」って思っていることなんて、この瞬間自分のテンションが上がっているだけじゃないかって気もするし、何年後かにも変わらずそんなこと言っていられるかどうかなんて、わからない。

でも、今、私、公言しているんです。「やります」って。

なんで公言できているのでしょうか、、、



▶自問自答し続けた

「3年以内に叶えよう。」そう決めてはじめて見えてきたこと。
それは「ほんとうにやるつもりなの?」という自分への問いでした。

↓前回書いた記録です。ご参考まで。


今まで、「いつか叶えよう」なんて思っていたもんだから、ほんとうにやるのかどうなのかなんて真剣に考えていなかったんですよ。

「そりゃあ、やるにきまってる」だろうし「まあ、やらないだろう」でもあったんです。

しかし、3年以内にやるつもりなのだとしたら、
「ほんとうにやるつもりなの?」
↑コレ、真剣に考えなきゃいけないんです。


それで、ここのところずーっっと自問自答し続けていたんです。
もしかしたら口で言っているだけで、そんな必死になってやりたいとは思っていないんじゃないかって気もしたりして。


だって夢叶えるのって辛いじゃないですか。苦しいじゃないですか。
そんな体力使うことはさっさと諦めちゃって、いい感じのパートナー見つけて、そこそこ楽しい職場で、そこそこお金ももらって、美味しもの食べて旅行して、子供産んで育てて…

そのほうが楽そうだし(子育てや仕事ももちろん大変だろうけれど)、

もしかしたら店を開くという夢だけを追っていたら、いつかそんな生活も良かったなって思っちゃうんじゃないかなあと考えたりしました。多分そう思うだろうって今も思っています。

でもその逆も考えました。そんな多くの人が歩むような、いわゆる幸せな人生を送ったあとで、老人になった私は「夢を追えばよかった」って思うんじゃないかって。

さあさあ、さっぱりわからなくなってきます。

私はどうしたいと思っているの?
将来の私は今の私に何を思う?
どうすれば後悔しないんだろか…

▷どの程度の欲望なのか

多分だけれど、どちらを選んでも後悔すると思ったんです。
なぜなら私はよく後悔する性格だから(汗)
そして人間ってどこまでもないものねだりだから。

だったら、後悔したときにマシな方を選ぼうと思ったんです。
私にとって後悔したときを比較すると、恐らくだけれども、店をやらなかった後悔の方がツライ。

だからやるって決めたんです。

こんなふうに人生の帰路で悩んだときは「どっちを選んだら後悔しないか」ではなくて、「どっちの後悔なら乗り越えられそうか」って考えると、この夢はどの程度の夢なのかが見えてきます。

もしこう考えて、他の道や欲望を捨てきれないのだとしたら、あなたにとってはそんなに強い欲望や夢ではなかったのだと気づくこともあります。

こればっかりはあなた本人にしかわからないから、自問自答し続けるしかないんだと思います。

森博嗣さんの著書『お金の減らし方』より一説↓

お小遣いが決まっているのならそれを全て貯金するのは当然であろう。食べるものも我慢し、付き合いもすべて断るくらいは当たり前だ。
そんなことはとてもできない、という人は、しなくても良い。夢を諦める方が簡単だ。
そこまでして、買いたくはない、というレベルの「欲しさ」だったということになる。
昼食を抜いたくらいで死ぬことはない。
食べることがせめてもの楽しみだという方はそういう人生を貫けばけっこうだと思う。
だが、どうしても実現したいものがあるならこの程度の犠牲はまっさきに差し出すべきではないだろうか。

切り詰められるものは、ほかにも沢山あるだろう。
とにかくこのような苦労をして、自分のやりたいことを実現したという話は、非常に多い。

できる人とできない人の二種類があるとは思えない。
ようは、やりたいという気持ちの強さの違いだろう。

『お金の減らし方』森博嗣

自分の欲望をよく知ること。森博嗣さんの自分の欲への向き合い方には、気付かされる部分が沢山ありました。


▶覚悟ができたのは自信がついたからじゃない

今まで、「絶対に夢を叶える」なんて思っている人って凄いなあって思っていたんです。
自信あるよねって、自分そんな事言えないって。

でも「やる」って決めて、覚悟できて公言するようになった今の私にとっては、

覚悟できたのは自信がついたからではなかったんです。
そんなご立派なことじゃなくて、"諦めがつくようにしておきたかった" ただそれだけでした。

死ぬときに、「お店を開いてみたかったなあ」って思うのは死にきれないなって思って、多分幽霊になって出てきちゃうと思います。

だけど、お店開いて失敗したならきっぱり諦められるんじゃないかって。ちゃんと成仏できると思ったんです。

身を持った体験がほしい。諦めるなら理由が欲しかった。
「覚悟を持つ」って、凄いことでも立派なものでもなかったんです。


▶きっとこれからも何度も

これから店を初めていく過程で、きっと大変なこと、嫌になること、投げ出したくなること、泣きたくなること、後悔したくなること、こんな選択をした自分を憎むこと、
いっぱいあるだろうな、と思います。

だけど、それでもその道を選んでよかったと思えるだろう。今とことん自問自答してきてそう思えます。

同じ「やる」でもとことん考えて「やる」のと、流れでなんとなく「やることになる」のとでは全然違うと思います。

とことん考えたら振り帰りたくなることはないと思うんです。

だから、進んでいるとは全く思えないくらいに、悩んで悩んで頭がぐるぐるしているような時期は、無駄に思えるかもしれないけれど、後にあなたの救いになる。進めなくなったときに背中を押してくれる。

だから、悩めるうちにいっぱい悩んでおこう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?