「嘘」/滝口
三浦はいつでも嘘が見破れた。というよりわかってしまった。
人が嘘をつく時に出すサイン。左上を見るだとか、そういった類のものを瞬時に違和感として感じ取った。どんなささやかな嘘で、悪気のない嘘でも嘘であるなら、そこにある違和感を感じ取った。
三浦は初対面の人間にもそれが出来た。初めて合う人間の初めて目にする所作にも嘘の違和感を感じ取れた。
なので初対面での調子のいい、三浦に対する褒め言葉などにはいつも苦笑いしかできなかった。
ただ三浦も社交辞令に「嘘つき」と目くじらを立てて怒るほどバカではない。
嘘がわかるようになったのは幼少の頃、母親の嘘を見破っているうちに身についたのだと思う。
母親は子供の為に嘘をつくものだ。
三浦は特に嘘をつく回数が多くなければいけない子供だったのかもしれない。
母親は多くの回数嘘をつき、三浦は見破った。
お菓子はありません、このお野菜は苦くないのよ、頑張ったらご褒美あげるから、痛くない痛くない・・・。幼少の頃から嘘だとわかってもとくに騒がなかった。抗わなかった。しょうがないのだと受け入れた。
ただ人並みに傷つくのはやはり嫌なもので、嘘が露呈してしまうような質問はしなくなった。
自分が褒められるような質問は避けた。「すごかったでしょう?」と聞いて相手が自分のことを褒めている最中に違和感を感じ取ってしまった時の萎え方はやはり耐え難い。
彼女と一緒に寝て、ことを終えた後に「どうだった?」などと聞いてよかったことがない。
まぁ、それは、自分が悪いのだが・・・。
周りの友人とは良好な友好関係だった。友人同士で嘘はつくけれど、嘘は嘘として必要なのこともあるのだ。
友人に彼女が出来て、自慢してきた事がある。その女性はたまたま三浦のタイプとは程遠い女性だったけれど、友人は「お前もあんな彼女欲しいだろ」と言ってきて「そうだね」と答えた。三浦は一体どんな違和感を出していたのだろう。
そんな友人の彼女と酒の場でたまたま2人きりになったことがあった。
すると彼女が何をどう勘違いしたのか「ドキドキしてるでしょう」と言ってきた。
「え?」
「見たらわかる。顔に書いてあるよ。」
三浦は違和感を隠すことなくむき出しにして、顔を歪めながら一生懸命嘘をついた。「そうだね」
しかしこれは誘惑なのか。どういうつもりで彼女は言っているのか。
三浦は怒られる事も覚悟で友人に相談してみた。彼女とこのまま付き合っていくと君が傷つく可能性もあるから、彼女とのことちゃんと考えてみて欲しいと。
友人は「お前がそこまで言うのなら俺は彼女のことはもう諦めるよ」と言ってくれた。
三浦は違和感を感じていた。
「いや、俺は本気で言っているんだ」
友人は三浦の顔を見つめて言った。「お前が嘘をついていないことくらいわかるよ」