見出し画像

「人生時計」の針が怖い

最近、職場でこんな出来事がありました。

同じ持ち場の40代くらいのパートさんに「もう小さいお子さんがいらっしゃるんですか?」と聞かれまして。

「いえ、私結婚をしてないので……」と返さざるを得ませんでした。

自分ではそんなつもりはなかったのですが、その場の空気が一気に悲壮感が増し、向こうも気を遣って謝ってこられたことが地味にしんどかったです。

20代半ばあたりから「自分はもう小さい子供がいてもおかしくない年齢」と言う自覚はありますし、比較的早く産んだ人なら子供は既に小学生になっていると言う事実。
仮に兄弟姉妹が居れば甥か姪がいたかもしれず、「おばさん」と呼ばれていたでしょう。

私は「この年齢になっても結婚してない事実」というより「側から見るとお母さんに見られる、つまり若者ではなく壮年」いうことに打ちひしがれています。

さて、遅過ぎますが本題に入ります。

人生を時計に例える考え方として「人生時計」というものがあります。
これは、自分の年齢を3で割って24時間制の時刻に当てはめることで、人生の時刻を知ることができる考え方です。

私が思春期の頃は

15÷3=5、

つまり5

「君たちは夜明け前にいる=いくらでも可能性はある」と当時の担任に諭されたものです。

ちなみに現在は、

29÷3=9.666……

およそ940くらい?

朝ごはんを食べるには少し遅すぎるし、多くの会社もとっくに始業している時間。
夜明け前であった15歳と比べると、既に日がのぼって人生の歩みを大きく進めている人も多く、うだうだはしていられないことが分かります。

自分が何歳まで生きるか分からないですが、既に人類の平均寿命を鑑みても生涯のうち3分の1以上は確実に過ぎているわけです。
そう思うと「まだ若いんだから」なんて言葉に惑わされているとあっという間に何も成し遂げられずに年を取ってしまうんだろうなぁという危機感をおぼえます。

結婚や出産を経験したり、仕事で認められて成功したりすると幸せのブーストが大きくかかる可能性は高いです。

でも私の性格上、焦って結婚してすぐ離婚、子供を産んでも気づけば精神的余裕がなく子育てに行き詰まるかもしれない。
そして仕事に関しては……割愛します。

一体自分は何を成し遂げたら幸せになれるか分からない手探りのまま、必死に生きてます。

できることなら今すぐに人生時計を遡らせたい。

これ以上潰さないで。

ああ、こんな風に人生経験が浅いからすぐ被害者面になる。
そんな自分がとても醜いと感じてならぬ。

……なんて不可能なことを考えても仕方ない。

遅くとも人生時計のお昼時間(36歳前後)までには近況を聞かれてもまぁまぁ正直に答えても恥ずかしくない生き方ができていると良いな……と思います。

いいなと思ったら応援しよう!