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【#同じテーマで小説を書こう】Das Spiegelzimmer

Das Spiegelzimmer(ダス・シュピーゲルツィマー)
『鏡の部屋』


・・・


目が覚めると、鏡の部屋にいた。
前後左右、天井も床も全て鏡。
右を向くと、俺と目が合う。ずっと遠くまで、向かい合う俺と俺が無限に続いている。見渡す限り俺がいる。俺が腕をあげると、俺が一斉に手をあげる。
素足でひたひたと、目の前の鏡に歩きだす。鏡越しにそっと自分に触れる。冷たい。ずっと右向きに横たわっていたのだろうか、前髪の分け目がいつもと逆になっている。これはこれで悪くない。


自分がなぜこんな場所にいるかはわからない。
俺はあの日終電で家に帰り、その途中コンビニでビールと少しのおつまみを買い、暗い夜道をふらふらと歩いていた。すると急に視界が暗くなり、目が覚めるとこの奇妙な部屋の中で横たわっていた。

服装があの日とは違っている。
白いTシャツに、白いパンツ。スーツも携帯も、靴も靴下もない。
俺を着替えさせここに閉じ込めた何者かは、俺の持ち物を全て持ち去ったらしい。まるで何かの実験台になった気分だ。

『(なんだってんだよ…クソ)』

思わず声に出したが、口がぱくぱくと動くだけで思うように声が出ない。遠くから聞こえるようなくぐもった声だけが耳に入ってくるようだ。


・・・


あの日から一体どれくらいの時間が経ったか、何もわからない。そもそもここは日本なのかすらも。
あるのは、相変わらず四方八方の鏡だけ。
手の届く範囲の鏡は全て調べた。どこかにドアらしきものはないか。切れ込みが入っていないか。監視カメラがあるのではないか。何か、この状況を脱するヒントがあるんじゃないか。しかし、成果は全く無い。

腹が減った。喉が渇いた。ずっと何も食べず何も飲まない。部屋の隅で排泄することにももう慣れた。ふらっと力が抜け、頭を壁にぶつける。

『(〜〜〜!!!!)』

言葉にならない叫びをあげる。

頭を抑えて前を向く。どこを向いても全て俺と目が合うというのはなんとも気味が悪い。ここには俺しかいないのに、ずっと視線を浴びている。普段俺が浴びている、憐れみや嘲りの視線とはまた違った不安感や不快感が沸き起こる。
疲れきった俺は鏡に背中を預け、何かに導かれるように目を閉じた。



夢を見た。こんな場所じゃない、外にいる時の夢。
田んぼを尻目に、田舎道を歩いていた。空気が美味い。風が優しい。吹き抜けるビル風とは違い、ふわりと身体を包んでくれる。ここはどこだ?俺が普段過ごすコンクリートジャングルとは景色が全く違う。夢の中の俺はどうやらここに住んでいるようだ。

『君は君だよ。』

どこからともなく聞こえてくる声。透き通っていて、安心感を覚える声。

『お前の代わりなんていくらでもいるんだからな?わかっているのか?』

頭の中で上司の怒号が再生される。俺はふるふると頭を振った。

『こっちにおいでよ。こっちに。』

背後からの声に振り返ると、そこには誰もいない。少年となった俺は声の聞こえた方向へ歩き出す。きっとこっちに、俺の行くべき場所がある。

目覚めた時には相変わらず鏡の部屋の中だったが、夢で見た景色と貰った言葉は鮮明に記憶している。ここを出られてもまた自分を殺し続けるような毎日が待っているのなら、いっそ全て捨てて、夢で見た田舎に行ってみよう。俺を導く声が聞こえ、自分というものが見つかるかもしれない、あの場所へ。



次の瞬間、俺は発狂していた。涙を流しながら鏡の中をのたうち回る。叫ぶように口が動く。喉を震わせる。俺は今なぜ発狂している?なぜだ?ばたばたと足を振り回し、背中を軸にぐるぐると回転し、髪の毛をかきむしる。頭が混乱している。自分の急激な変化に理解が全く追いついていかない。追いついていかないが、身体は勝手に暴れてしまう。さっきまでの穏やかな気持ちが消え、頭の中から急速に色が失われていく。

足元でパキンと音が鳴る。横の鏡を蹴り割ってしまったらしく、かかとから血がだらだらと流れだす。
顔をあげると、俺と目が合った。汗と涙でぐちゃぐちゃになり、涎を垂らし、目の焦点が定まっていない。

誰だお前。何俺のことを見てやがる・・・。

かかとから血を流しながら、目の前の鏡に歩き出す。鏡越しにこつんと額をぶつけ合う。やっぱり冷たい。
少し距離をとり、お互いに拳を振り上げる。

『君は君だよ。』

夢の中での言葉が頭に響きわたる。
しかしその刹那、俺たちは鏡を思いっきり殴りつけていた。

二人の拳がぶつかり合い、大きなヒビが入る。鏡と、俺の身体に。
俺の意志に関係なく、俺たちはもう一度拳を振り上げる。
ダメだ。待て。
俺たちはもう一度拳をぶつけ合い、俺の世界は鏡と共にバラバラに砕け散った。


・・・


【Report No.17】20XX/10/18
被検体Gの鏡像自我実験開始から15日経過。Gの鏡像40体全ての脳波の解析を引き続き続行。深夜二時頃Gが一度睡眠状態になり、覚醒後鏡像B‐2から微弱な波形の変化が見られた。しかし、その直後Gが突如として発狂、側面の鏡を全て破壊し昏睡状態に陥った。やはり体力的精神的に極限の状況下に置いて観察を遂行していたためだと思われる。今後の流れとして、Gは怪我を負った部位の治療後、○○市の精神科病院へ搬送予定。
今回見られた波形の微弱な変化は、電磁場の影響か又は光学活性によるものか、詳しい原因まではわかっていない。しかし、本実験を通じて鏡像にも自我が目覚めうることを立証することができれば、鏡像物質(mirror matter)理論を裏付ける重要な要素となり、鏡の世界(mirror world)或いは平行世界(parallel world)の存在を立証できる可能性を示唆してくれるだろう。
本実験は引き続き継続予定。その為速やかに被検体Hとなる人物の選定に入る。



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