中秋の名月
この名前を知ったのは今日。綺麗な月だと思っていたが、まさかそんな名前が付いていたなんて、自分の無知さが露わになり、思わず苦笑いをする。
1年で1番美しい月とされ、世間ではお月見をするらしい。
けれど、僕はもっと綺麗な月を知っている。
・・・
『今日の月は綺麗だねぇ』
自分のすぐ隣から、楽しげな声が泳いでくる。その声に釣られて、思わず僕も上を見る。
星がちらちら光る空で、一際光を放つ丸い月。
純粋に綺麗だと思って、言ったんだと思う。
きっと自分の言葉の意味を、コイツはわかってないんだろう。
『あー、もう今死んでもいいわ』
僕がぽつりとこぼした言葉もまた、彼女の耳まで泳いでいた。
どういうことなのとかまた落ち込んでるのとか聞いてくる。
ありきたりな返しを使ったつもりだが、僕の言葉の意味も、コイツはきっとわかってない。それならそれでいい。
なんでもないよと適当にあしらって、僕の小指をあまく掴む彼女の手をほどき、指を絡めてきゅっと握りなおす。
それに応えるように、彼女の手にも少し力が入る。
彼女が僕を見るのを感じたが、僕は月を見ていた。月が綺麗だから彼女を見れないんだもんって、自分自身に恥ずかしさを隠す言い訳をする。
・・・
2人で見る月は好きじゃなかった。
2人で月を見る時は大抵、彼女の車が置いてある駐車場まで歩く時だったから。
見送る時には毎回、彼女が無事に帰れるように月に祈ったものだ 。
本当は、ゆっくり月を見たかった。ばいばいじゃなくて、この後どうするって言ってコンビニに行きたかった。
しばしの別れの合図。そんな月が、好きじゃなかった。
でも、綺麗だった。どんな形でも。
きゅっと手を繋ぎ、その手を介して美しいという感情と愛を分かち合う。2人で見ていたあの名前の無い月が、どうしようもなく綺麗だったんだ。
今はわざわざ月を求めて空を見上げることは少なくなった。
僕の顔を上げてくれる一言を、誰かが言ってくれることを願って。
そうしたら、僕はまたこう言って手を握るだろう。
死んでもいいわ、と。
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