【薄い本】映画館
チチチチチチチ………
古いタイプの映写機が、これまた古いフィルムを一生懸命回している。体験したことのない昔へタイムスリップした気分だ。
僕が座った席に、ふっとポップコーンとジュースが現れた。僕の周りには誰もいない。今この映画を見ているのは僕だけだ。
・・・
気がつくと、とある映画館の前に立っていた。辺りには他に何もない。どこかの裏路地のようだが、はっきりとした場所はわからない。
『---映画館』
看板の文字はかすれていてうまく読めない。相当古いもののようだ。
抗うことのできない力に吸い込まれるように、映画館の中へと入る。
おそるおそる中に入ると、受付に男が1人、笑顔を浮かべてたっている。僕に気づくと、その笑顔をこちらに向け、頭を下げた。
『いらっしゃいませ。ご来場ありがとうございます。あなた様の映画の上映時間は、21:30となっております。壁の時計がその時刻になりましたら、こちらからご案内いたします。椅子にかけてお待ちください。
こちらがチケットになります。あ、お代は結構ですよ。』
あなた様の映画?お代は結構?
何がなんだがよくわからないが、まばらに置かれた四角い椅子の一つに、言われるがままゆっくりと腰掛けた。
辺りをきょろきょろと見回す。外観はとても古いのに、中は意外と僕らのよく知る映画館と変わらない。綺麗なカーペットが敷かれ、お土産屋なんかもある。壁の時計もいたって普通だ。
SNSを確認しようとスマホを手に取るが、表示されたのは圏外という文字。おまけにどのアプリもうまく起動してくれないし、時々ノイズが走るように画面が乱れる。故障してしまったのだろうか。
仕方なく、上映時間まで時計とにらめっこをして過ごした。
『本日はご来場誠にありがとうございます。大変長らくお待たせいたしました。21:30から1番スクリーンで上映いたします、〇〇様。只今よりご入場を開始いたします。チケットをお持ちの上、劇場入口までお越し下さい。』
上映するのが、僕の名前?
背筋を登る寒気を押し殺し、劇場入口まで向かう。そこには、先ほどの受付の男が立っていた。
『チケットを拝見いたします。…では、こちらの半券をお持ちになり、1番スクリーンへどうぞ。手前の右側のスクリーンです。』
1番スクリーンの扉へ行くと、僕の名前が書かれた紙が、額縁に入って壁にかけられていた。
ゴクリと唾をのみ、中に入る。
中はそんなに広くはなく、スクリーンと、部屋の真ん中にぽつんと一つ、椅子があるだけだった。僕がその椅子に座ると、背後からチチチチチと音が鳴り出した。映写機が動き出したらしい。
古いタイプの映写機が、これまた古いフィルムを一生懸命回している。体験したことのない昔へタイムスリップした気分だ。
ほどなくして、映画が始まった。
タイトルはやはり、僕の名前。
期待と不気味さに包まれながら、僕は椅子に深く座り直した。
・・・
とても古い映像。ホームビデオのようだ。小さな子供が餃子のたねを、母親と一緒にこねている。両手をたねでぐちゃぐちゃにしながらも、とても楽しそうな笑顔をこちらに向ける。
『あら、笑った顔かわいいねぇ〜』
そんな楽しそうな声が入る。
次は、幼稚園児になった少年が、園内の庭で友達と泥団子を作っている。小さな手にすっと収まる小ぶりな団子。泥を固め、細かな砂をかけては握り、擦る。表面が少しずつなめらかになり、小さな手の隙間から光沢を帯びた黒が見え隠れする。
やがて立ち上がると、満足げな笑顔を浮かべて、先生に見せようと歩いてゆく。すると後ろから別の子がぶつかって、手に持っていた団子が割れた。
ああ、喧嘩が始まった。さっきまで見事な団子だった砂の塊を、価値などなくなってしまったかのように相手の顔に投げつける。塊を投げつけ、相手を叩く。叩き返されても、更に力を込めて叩き返す。とうとう相手の子が泣き出したところで、先生があわてて少年を止める。
少年は我を忘れて暴れていた。
小学校。足はとびきり早いわけではないが、そこそこ自信があった。
クラス対抗リレーの選手の、最後の1人を決めている。少年と、もう1人、タイム的には同じの丸坊主の少年。
既に選手が決まった子達に見守られながら、2人の勝負が始まった。
少年が丸坊主の少年に、スタート時に軽く肩をぶつけ、つまづかせた。全く同じスピードで2人はトラックを一周する。僅かな差は最後まで埋まることなく、2人共ゴールした。
丸坊主の少年はゴール手前からすすり泣き、ゴールしたその足で大声で泣きながら帰った。
勝利した少年は、遠ざかる小さな背中に目もくれず周りと喜びあう。
『やっぱりお前だよなー。あいつスタートしてソッコーなんかひっかかってたしー。』
少年は笑っていた。
そんな映像がいくつも流れた。中学生、高校生、大学生。
いつの間にか映写機の音は止み、静かで綺麗に映像が映し出されている。
少年が成長していく様が、事細かに流れていく。背が高くなり、声が低くなり、髭が生える。
浮かべる笑顔の形は昔と変わらないが、少しずつ、確実に、笑顔は黒くなっていく。
同級生をいじめ、笑う。
不正行為で成績を上げ、笑う。
友達の恋人を奪い、笑う。
側から見れば素直な優等生。屈託の無い笑顔の仮面。その裏に隠れた影には、親ですら気が付かなかっただろう。それぐらい、この少年は自らの中にある黒いものを隠すのが上手いのだ。
そのまま少年は大人になった。
大人になっても変わらない。全てを笑顔の裏に隠し、思い通りにならないものは壊した。
内に秘めた狂気を知る者は少ない。表向きの彼は、止める必要などない優秀で誠実な男だったのだから。
彼が自宅のソファーでくつろいでいる場面で、映画は終了した。
映画が終わり、僕はガタガタと震えていた。暖房はしっかりと効いているのに、身体の内側の震えが止まらない。
一瞬のようにも、永遠のようにも感じられた時間。
あの少年は、僕だ。
僕の、僕しか知らないはずの部分。克明に記録されている。
自分の心臓を誰かにぎゅっと掴まれたような感覚。しばらく動悸が治らなかった。
映画を見終わった後のものとは別の倦怠感に襲われながら、スクリーンを出て、ポップコーンとジュースのゴミを捨てる。
早くこんなところ出なければ。足早に出口へと向かう。
劇場入口の外の椅子には何人かの人間が座り、自らの映画の上映を待っている。
彼らを横目で見ながら受付の前を通り外に出ようとすると、受付の男が話しかけてきた。
『いかがでしたでしょうか。楽しんでいただけましたか?悔やんでいただけましたか?あなたはこの後自宅に戻られるわけですが、あなたの残りの人生が実りあるものになることをお祈りしております。』
ニヤニヤといやらしい笑顔を貼り付けた男が、恭しく頭を下げる。
そのまま映画館の外に出ると、世界は真っ白な光に包まれた。
・・・
気がつくと、自宅のソファーに座っていた。
映画で最後に見たリビング。最後に見た格好の僕。
違うところは、まさに今、目の前の男が僕目掛けて刃物を振り上げているところだ。
ああ、そうか、そうだった。
あの映画はそういうことだったのか。
笑顔を貼り付ける暇も、狂気を出す暇もない。
全てを察した時には既に僕の左の眼球にナイフが刺さっていた。
『てめえが悪いんだぞ。てめえが今まで、散々壊してきたんだぞ。俺も、他の奴らも。てめえが、てめえが、てめえが全部悪ぃんだ!』
左目の次は腹。ドスドスと振り下ろされるナイフ。男がとどめにナイフをひねりあげ、腹を切り裂く。僕はとっくに事切れていた。
・・・
笑顔の仮面に狂気を隠した男の物語はこれでおしまいです。
走馬灯映画館には、今日もお客がやってくる。
楽しかった思い出か、悲しかった思い出か。
悔しかった思い出か、悔やみたくなる思い出か。あるいは、自分しか知らない何かか。
どんな映画が上映されるかは、その人次第でございます。
『本日はご来場誠にありがとうございます。大変長らくお待たせいたしました。23:30から3番スクリーンで上映いたします、---』
次の走馬灯のアナウンスが鳴る。
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