笑えるなら、まだきっと大丈夫。(ごちゃまぜ会レポートその4)
2023年11月26日(日)「ぱぱまま」ごちゃまぜ会、第2回目を行いました。
今回の参加者概要は、以下の通り。
音楽に詳しいわけではないのですが、回を終えたあと、「今日の回はこれだったな」なんて曲が浮かぶものですから、今回は載せてみました。
年齢のせいなのか、それとも、そういうことを考える機会が与えられているのか。とにかくここ数年、生きるとか、死ぬとか、「命」という限りある時間をどう使うのか、みたいなことについて、よく考えるようになりました。
祖父が亡くなり、その時に弔辞という形で言葉にしていく中で、私自身は最近、けっこうどんな状況でも「こんなことを感じられたり、悩んだり、苦しんだりも、生きてるからこそなんだよなぁ〜!」みたいな感じになってきています。
ですが、それでも辛かったりしんどかったりは普通にあるので(苦笑)それらは「私の人生史において、きっと将来的には“いいネタ”になる!」と思って書き残したりしています。
きっと、書きながら、距離を測って、必要であれば少し距離を取るようにしているのかもしれません。
「あーこれはしんどいわ。さすがにこれは向き合いきれないわ…」と思っても、それを書き残すことで、なんか、一回向き合い“きった”つもり、になれます。
くっついて離れないでいる、その辛いとかしんどいとか、そういう感情と、ずっと共にいるのではなくて、書きながら向き合って、書き終わったら、一旦自分の身から離れている…ようなイメージです。
ネタは増えるし(!)身からは離れるし、でも、ずっとくっついていたぐらいだから、ほんとは忘れたくないこと。
なので、書き残っている点で「なかったこと」にはならないのも、なんか、いいな、と。(それこそ自分史の大事な一部分!)
今回、みんなで話した内容では、それぞれの状況の中で、「そりゃ、しんどいな〜。」とか、「なかなかヘビーだねぇ〜。」みたいなことを各々抱えていたりもしたのですが、でも、みんなで話したことによって、距離が取れたり、話した=離した=放した、みたいな(ダジャレのようで、真面目です。w)ことが起こっていたなぁと感じています。
みんながみんな、知り合いだったわけじゃないのに、「自分だけじゃなくって、誰かと。」の良さがあった。ひとりやふたりを超えた、なんかいい時間になった。
ひとりじゃ無理だけど、誰かがいてくれれば、ってこと、あるよなぁ、と。
生きていると、いろんなことがある。
未知だし、今後どうなるかもわかんないし、「確実」なんてことは、人が絡むと余計に「不確実」になるし。
けど、その状況が目の前にきたとき、「たのしむ」ための筋トレみたいなことは、健やかに生きていくために必要なトレーニングかもなぁと思っています。
でも、一人だと筋トレするのツラいし、だから、みんなでやる、みたいなことが「ぱぱまま」のコミュニティの中でできたらいいな〜と感じたのでした。
笑えるか、笑えないかって、一個指針になると思っていて、私は、「笑えるなら、まだきっと大丈夫。」と思うようにしています。
逆に、笑えなくなったら、即ダッシュ!(逃げる)ためにも、やっぱ筋トレ、大事かもしれませんね。
今回は、振り返りここまで。
それでは〜。
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