わたしが私を許せた時
こんばんは。いきなり寒くなりましたが、皆さん体調など崩されてないですか?
私は急に寒くなり、なんとなく焦燥感と闘っております。
なんか、寒くなると昔の嫌なことを思い出したりしちゃいますよね。(私だけか?)
唐突ですが、わたしは私が大嫌いでした。
今思い起こすと、年子の優秀な、そして天使みたいに色白で可愛い弟とずっと比べられていたから。
昭和あるあるなんですが、我が家は「女の子はどうせ人にくれてやるもの」と言うクソみたいな考え方が根付いている一族でした。
だから、一族の中の長女、長子である私が女の子だったのはがっかりされてたそうです。
まさかの年子で弟が産まれ、父はとにかく嬉しかったらしい。
自分の事業を引き継いでくれる息子が産まれて、とにかくこれで家は安泰だと喜んだそうです。
そんな父親の期待を一身に受けた弟くんに比べて私は、
「お前はどうせ人のものになるから」と言う理由で、かなり適当な扱いをされていたと思います。
そんな扱いをされる子どもがどうなるか?
当然ながら、自己肯定感は底辺。だけどプライドだけは高い。バカにされたくない、という拗らせマインド垂れ流しの幼少期。
バランスの取れないまま成長して行きます。
自分に自信が持てないのに、バカにされるのを極端に嫌がり、キレる。そんな思春期。
どうしたら良いのかなんて、当時の私には何もわかりません。
どうしたら自分を好きになれるのかもわからない。
だから永遠に虚勢を張って、強い自分しか人に認められないんじゃないか?と言うマインドになって行く。そんな形で23歳ぐらいまでを過ごしていた気がします。
短大は留年し、
秘密で恋のから騒ぎという番組にノリで出演し、母や祖母をいきなりの放送でひっくり返させて泣かせてしまう。
そんな親、祖母不幸な人間でした。
でも自己肯定感の低さから、自分のアイデンティティなんて全く無かった私は
「うるせーほっとけ俺の人生だ!!」と、
明後日の方向性の暴走を沢山してしまいました。
正直に言うと、子どもも大嫌いだったんです。
産みたくなかった。
でも、大好きになった旦那様の為に、恐怖でしかない妊娠出産を選択しました。
そんな私が、恐ろしいことに母ちゃんになっちゃったんです。
退院の日にわたし、泣きました。
自分から出てきたか弱き存在が、自分の責任で、自分がしっかりしないとすぐ死んでしまう可能性がある。
もう恐怖でしかない。
育児待った無し!
必死で必死で必死で、子育てしました。
でも、私がどんなにポンコツでも、育てる自信が無くても。
赤ちゃんは私が抱くと泣き止むんですよ。
目を見ると満面の笑みで笑うんです。
こんなに私が怖い!怖い!って、
愛せる自信が無くて怖いって思ってるのに、子は全身全霊で曇りのない目で私を信頼し、愛してくれてる。
もうそれを感じてから、
とにかく愛そう、愛があれば何とかなる!
そんな体育会系な思考と共に、
この子が愛してくれてる、その心からの愛情や信頼って、疑いようもない真実なんだよな、と腹落ちしてから私は変わりました。
どんなにポンコツでもこんな私にまっすぐな愛をくれて、かつ、私がその愛情に疑いを持たないなんて奇跡だ!!!!って理解しました。
そこから、私は変わった気がします。
愛は与えられるものじゃ無く、与えることで貰えるものなんだなと。
フワッと理解できた気がしています。
ポンコツでも、自分を好きじゃ無くても、頑張れない自分サイテーーって思ってたとしても。
誰かを大切に思えて、誰かに少しでも大切に思ってもらえる私、悪くないじゃん!と思えるようになりました。
だからね。
あなたがバカでもアホでも足りないことだらけでも大丈夫。
あなたが大切に思ってる人がいるのなら。
あなたは愛がある人で、愛を与えられて、愛を貰える人ですよ。
もっともっと自分に甘くて良いし、誰かと比べなくて良い。
自分をもっと許してくださいね。