漫才:ミルクボーイ
「いきなりですけど、うちのオカンがね、何もかも全てを忘れてもうたらしくてね」
「何もかも全てを忘れてもうたて。どうなってんねんそれ」
「色々聞くけど全然わからへんねん」
「わからへんの?ほな俺が聞いてあげるからオカンがどんな事言うてたか教えてよ」
「オカンが言うには、全ての記憶を失ったけど俺のことだけは覚えてるらしいねん」
「ほぉ~……ええ話やないか。オカンの中で最後まで失いたくない思い出として子供の存在が残ってたという、それは絆を感じさせる感動的な話やないか」
「けどわからへんねん」
「何がわからへんのよ」
「オカンが言うには、おとんの事は一切何も覚えてないらしいねん」
「ほなええ話とちゃうかあ……。夫への愛情が冷めていたという事実が、記憶喪失によって水面下から浮かび上がってしまったという事やからね。それは一昔前の昼ドラみたいなドロドロした話やなあ」
「けどわからへんねん」
「何がわからへんのよ?」
「オカンが言うにはな、オカンは今改めておとんの事を初めて出会った人として好きになってるらしいねん」
「ほなええ話やないか!全てがリセットされて生まれ変わったかのような状態でそれでも尚同じ人の事を愛してるというのは、大ヒット感動映画並みのええ話やないか。それはもうええ話で決まりよ」
「けどわからへんねんな」
「何がわからへんのよ?」
「オカンが言うにはな、おとんはもう別の再婚相手を見付けてて離婚しようとしてるらしいねん」
「ほなええ話とちゃうやないか!オカンがおとんに対してせっかく新たに愛情を抱いて喪失が埋まりそうになってるのに、受け取る側がそれを無視してるなんて手の施しようがないやないか!そんな事する奴は再婚してもうまいこと行くはずないて!」
「けどわからへんねん」
「何がわからへんのよ!?」
「オカンが言うにはな、俺の弟がおとんにオカンの気持ちに応えるよう一生懸命説得してるらしいねん」
「ほなええ話やないか!崩壊しようとしてる家庭を見捨てずに、何とか繋ぎ止めようと奔走してるよう出来た弟さんやないか!今時珍しいでそんな家族を大事にする若者は!」
「けどわからへんねん」
「何がわからへんのよ!?」
「オカンが言うにはな、その弟はおとんと言い争いになって半殺しにしてしまったらしいねん」
「ほなええ話とちゃうやないか!なんぼ家族を守る為や言うて半殺しにしてしまったらそれは家庭崩壊してるのと一緒やて!その弟さんは普通にサイコ野郎よ!」
「けどわからへんねん」
「何がわからへんねん!?」
「オカンが言うにはな、その一件でおとんの目が覚めて、再婚する言うてた相手と縁を切ったらしいねん」
「ほなええ話やないか!暴力を用いたのはよくなかったけど、結果的におとんの気持ちがオカンの元に戻ってきたんならそれはもう結果オーライよ!終わり良ければ全て良しやて!」
「けどわからへんねん」
「わからへんことない!それはええ話や!」
「オカンが言うにはな、これ全部俺の考えた作り話ちゃうかて」
「じゃあ漫才のネタにでもしとったらええやないか、もうええわ」