小説:海で教えてくれたこと

 もう何年も前の話になるけれど、恵市と二人で海を見に行ったことがあった。季節は春で、何もしないでいるのに一番適した時期だった。人はまばらで、夕陽は綺麗で、わたしたちを程よく甘やかしてくれるような暖かさの日だった。
 しばらく二人で歩きにくい砂浜を歩いて、わたしは持って来ていた一眼カメラで、付き合ってもいない恵市をふいに撮ってみたりしていた。
 当時のわたしには、男女の色恋みたいなことがよくわかっていなくて(今だって十分にはわかっていないけど)、そんなことをしていたら恵市がわたしに付き合わないかと聞いてくるであろうなんて、思ってもいなかった。
 わたしは立ち止まって、静かな海を見て、足元の砂浜を見下ろして、それから謝った。
 突然にして、わたしたちの間には広大な距離ができてしまった。黙って俯き、二人ともしばらく口を開かなかった。
 こんなことなら、中学や高校で、もっと周りの子たちみたいに誰かを好きになったり、付き合ったりしておけばよかったと思った。何かを知らない人間は、それについて失敗するものだ。
 わたしは、そして恐らく恵市も、その時明確に失敗してしまったのだった。恵市とはそれから何回か会ったけれど、以前のような関係へは結局戻れなかった。かといって、どこへ辿り着くこともできなかった。お互いに道を見失い、わたしたちはやがて会わなくなってしまった。
 今思い返せば、お互い未熟だったという話しに過ぎないのかもしれない。けど、何も気付かないまま、恵市と一緒に行ったカフェや、美術館、恵市を撮った写真たちは、その時のわたしにとって、とても純粋なものだった。それはたぶん、わたしの歩むこの先の道では、手に入らないものなのだ。


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