仮想通貨取引所のコンプラが注目したAML関連ニュース【2022年6月】
はじめに
今月は多くのAMLがらみのニュースがあり少し書くのが遅れました。なかなかキャッチアップするのが大変でしたが、以下で主要なものにコメント添えて取り上げます(既にツイートしているものが多いです)。
英大蔵省 業界の意見踏まえマネロン関連法改正へ
英大蔵省が、「Amendments to the Money Laundering, Terrorist Financing and Transfer of Funds (Information on the Payer) Regulations 2017 Statutory Instrument 2022」(資金洗浄とテロ資金調達及び資金移動規制)Response to Consultation」を公表しました。
ステークホルダーとの議論を踏まえ導入される規制の概要は以下の通りです。非常に合理的な判断を下しているように思います。
例えば、国内取引所間の仮想通貨の移転はトラベルルールを適用除外としています。この理由として、データプライバシーの観点から不必要な情報の移転を行わないこと、国内事業者が監督下にあることを挙げており、合理的な判断だと思います。
また、unhosted wallet規制についても、不相応な不正リスクは認められないと評価し、原則として受取人に関する情報の取得を不要とする点も妥当だと思います。
諸外国で議論されるunosted wallet規制の発端は、FATFのVA/VASPガイダンスにあります。そこでは一律に受取人の氏名等の情報を取得する措置が提案されていますが、これは、顧客が虚偽を申告しないという性善説にたったアプローチであり(犯罪者は嘘をつき、更にそれを見破るのは困難で)、それ自体はリスク低減措置としては費用対効果が非常に悪いです。
他方で、既存の金融機関と異なりブロックチェーン分析ソフトが使える仮想通貨取引所においては、これらツールとすでにある情報を勘案し、疑いのある場合に絞って、顧客から追加的に情報を取得する方が合理的です。そうすることで、顧客以外の第三者の個人情報を不必要に自社で抱えず、コンプラコストを下げつつ、同等かそれ以上のリスク低減が本来可能なはずです。
英国では、FATFガイダンス(そもそも拘束力はない)の方向性とは必ずしも合致しない上記の規制を、実証的にリスクの把握・評価をした上で、政策的に導入しています。
日本でも、FATFのガイダンスを金科玉条のものとすることなく、web3を推進するために見習うべき姿勢に思えます。
韓国大手取引所 ライトコインの取扱い廃止へ
標題について、日本への影響に少し触れたいと思います。
2022年5月にライトコイン(以下「LTC」)がミンブルウィンブル拡張ブロック(以下「MWEB」)を採用しました。このアップデートの背景には、LTCのFungibilityを確保する(つまり現金に寄せる)目的があります。
MWEBによる取引情報の秘匿化は、デファクトではなくオプトイン機能ですので、使いたい人が使える機能という位置付けですが、Upbitなど主要な取引所をはじめ韓国の5つの取引所で取扱い廃止になったようです。
この理由として、AML規制に関する記録の保存義務が困難であることがあげられています。他方、BinanceではMWEBの機能を用いた入出金は禁ずる一方で、取扱いは維持しています(公式アナウンス)。
日本におけるLTCの取扱いですが、取引所ごとに立場や考え(リスクアペタイト)の差から対応の違いが発生するかもしれません。近い将来、通知義務の法令が施行された暁には、MWEBを利用した送金によって送金元の仮想通貨アドレスが取得できない場合は法令遵守が適わなくなるかもしれません。
ですので、日本の取引所においても、対応コスト等を踏まえて、今後、Binanceと同様の対応を採る事業者が出てくるのではと思います。
とはいえ、協会規則(暗号資産の取扱いに関する規則 4条)に照らすと、韓国の取引所のようなLTCそのものの取扱いを廃止する必要性はないと思われます。現時点では、WMEBの利用が限られている点、LTC自体に不正な利用が増えているという情報もないこと、監査や仮想通貨の管理に影響が生じる状況ではないと思われるためです。
もっとも、LTCが稼ぎ頭になっているような取引所はないでしょうし、当局のスタンス次第では、対応の手間などを踏まえ、韓国のようにLTCそのものの取扱いを諦めることもひょっとするとあるかもしれません。その場合、ライトニングネットワークでも同様の課題が発生してきますが、どう平仄を取るのか疑問です。
なお、FATFにおいてはリスクベースアプローチが肝ですので、ある仮想通貨に対して秘匿化機能が備わったとて、即座に取扱い廃止が必要と考えているわけではありません。実際、マネロン対応に厳しい米国ですら、秘匿化機能が備わる仮想通貨(Moneroですら)の取扱いが継続されています。
FATF "Targeted Update on Implementation of FATF’s Standards on VAs and VASPs"を公表
2019年にいわゆるFATFトラベルルール(TR)がFATF勧告に盛り込まれ、FATFの参加法域において関連する規制の導入が推進されてきました。
本報告は、3年目にあたる2022年の3月時点での、各法域での実施状況をアンケート結果を踏まえて記載したものです。この他、FATFが民間事業者へのアウトリーチを実施した結果も反映されています。
結果としては以下のような状況で、大きな進展は無いように思います。
本件に関して、日本の暗号資産交換業者に係るトラベルルール(通知義務)の規制の方向が注目されます。まず米国、カナダ、英国、欧州(訂正 7/7 欧州は最新の法案で敷居値が除かれているため削除します。代わりに英国を追記。)やシンガポールなど主要な法域で導入されている適用除外の敷居値についてですが、直近の電子決済手段等取引業者に対する通知義務(改正犯収法10条の3)の導入、その他の国内法との平仄をあわせる観点から、金融庁としては適用除外の敷居値を入れるつもりはないと思われます。
この点、主要国よりも不利な規制になりますので、同業界としては外国為替や電子決済手段よりも暗号資産の移転リスクが低いこと(これ自体は金融庁も認めている)やトラベルルールによる国際連携が難しくなり国際的な対応が遅れる懸念を説明する、政治に働きかけるしかない状況と思われます。
無登録・未登録海外取引所との取引を認めるかやunhosted walletについては、現状、そこまで厳しい規制は入らないのではないかという感触があります。しかし、金融庁においては、仮想通貨の移転先の取引所の関係と外国為替のコルレス関係を同視して、同じような目線のDDを導入しようとしている点は違和感があります。
とはいえ、事業者側でも、withdrawal時に受取人に関する情報を取得する実務が自主規制により始まっているため、これら取得した情報のAML/CFT/制裁のための活用についてはこれまでよりも高度な措置を導入する必要があるでしょう。
法務省 組織犯罪処罰法改正を議論
マネー・ローンダリングの厳罰化と犯罪収益の没収を確実に行うことは、マネロン対策の両輪ですが、FATFの第4次相互審査結果では、これらの有効性につきそれぞれ、不十分(Moderate)であると評価を受けました。
これらを改善する前提として、まずは組織犯罪処罰法の改正が行われる予定で、政府の行動計画においても、以下の通り盛り込まれています。
このうち法定刑の引上げ(厳罰化)については、法制審議会-刑事法(マネー・ローンダリング罪の法定刑関係)部会において、すでに議論され、以下の通り改正される予定です。上記の日経記事は後者(犯罪収益の没収)に関するもので、今後、詳細が公表されるものと思われます。
なお、上記の部会では、なぜ引き上げが必要か、どの程度の引き上げが合理的かが議論されていて興味深いです。
日本では従前、予備罪類似(ある犯罪の準備行為、前提犯罪に従属する行為)の犯罪として捉えられていたマネロン罪について、①犯罪収益の剥奪を困難にする刑事司法に対する攻撃である点、②被害の回復を困難にし、犯罪収益を再投資することで次の犯罪を助長する行為である点などを踏まえ、マネロン自体が重大な罪であると捉え直しているように見えます。
NFTマーケットにおける「インサイダー取引」に関連し逮捕・起訴
米国司法省は、6月1日、NFTマーケットプレイス「OpenSea」(Ozone Network, Inc.)の元プロダクトマネージャーをインサイダー情報を活用した電信詐欺およびマネロン罪で逮捕、起訴しました。
NFTについては、しばしば規制がないかのような説明がありますが、必ずしもそうではないことが分かる事案だと思われます。本件では、証券法の適用を避け、通信詐欺を適用していることなど、興味深い点があるため別途取り上げる予定です。
Elliptic"Crime in the Metaverse"を公表
ブロックチェーン分析を手掛けるElliptic社は、仮想通貨に関するメタバースと称するブロックチェーン・プロジェクトにおける犯罪の関わりについて報告書を公表しました。
メタバースと称するプロジェクトにおいて、詐欺やマネロン、Wash Trading(仮装売買)等の不公正取引は発生しており、本書のCase Studyを通して具体的に知ることができます。
個人的には、現時点では規模も小さく、さほど注目すべき犯罪も生じてはいないと思います。しかしながら、昨年5月にコロニアルパイプライン社への攻撃など米国を混乱させたランサムウェアグループREvilがメタバース空間で用いられる土地の証書を転売したことは、少し気になる動きでした。
メタバース環境においても、現実の世界で生じるあらゆる種類の犯罪が発生しますので、現実社会で行う反社チェックと同じように、空間上で展開されるプロジェクト/ビジネスに対するDD(デューデリジェンス)やウォレット・スクリーニングなどリスク低減措置の必要性を解く内容となっています。
CipherTrace"Cryptocurrency crime and anti-money laundering (2022/6)"を公表
ブロックチェーン分析を手掛けるCipherTrace社はレポートを公表し、2021年の仮想通貨による不正活動の割合が、全体の活動のうち0.10~0.15%と推定しました(2020年は0.62~0.65%)。
取引件数なのか、金額ベースなのか定義がわからないのですが、この0.15%という数字は、同業者のChainalyisisがレポート(「2022 Crypto Crime Report」)で取り上げる不正な取引高の推計値と同じであり、ある程度使える数字という印象です。
金融庁委託案件「海外のステーブルコインのユースケース及び関連規制分析に関する調査」を公表
渥美坂井法律事務所が実施した、米国におけるステーブルコインに関する規制に関する報告が公表されました。この中に、日本の資金移動業に相当するMoney Services BusinessなどAMLに関する規制についても記載があり参考になります。これほどまでに体系的に米国の連邦法、NY州・WY州に関するステーブルコインに関連する規制を説明した資料はないと思われます。
おわり