【おっさんの戯言】自信の正体…
私は、嫁や周りの人達などから『根拠の無い自信を持ち過ぎだ』と笑われることがある。
私としては当然の言動に対して、このように返されてしまう。確かにその根拠を問われれば『何となく』とか『感』とか『経験上』とかとしか、答えられないのではあるが…
自信の意味を調べてみると、
【自信】自分の価値・能力を信じること。
自己を信頼する心。
とある。ん〜、そのまんま過ぎてピンとこない…
だが、私の起こす行動や、発言の裏に自信が無いか?と問われれば…
「常に、それは確かに存在するものだ」
という答えにはなる。
そして、その根拠は?と聞かれると…
「そんなとこまではいちいち考えていない」
ってのが実情となる。
普段の生活における、発言や行動などは、その場その場の瞬間の選択になる。それらのわずかな間に根拠にまで考えは及ばない。しかしながら、その時どきの言動の裏には、確かに自信は存在している。
では、その自信はどこから来るのか…
私の場合は、「自分が持つテーマとかモットーによる行動指針に沿った言動である」というところからだろう。
この指針から外れていなければ、私は常に迷いなく堂々としていられる。これが、自信を持っている状態だ。そして、この状態での選択や判断においては、物事は大抵上手くいくし、たとえ悪い結果となっても後悔することは、まずない。
逆に、その行動指針から外れた言動を行おうとすれば、迷いを生じたびくびくとしたものになるだろう。これは、自信の無い状態となり、この状態では失敗しやすく、更に失敗を後悔してしまうことに陥りやすいのではないだろうか。
私の持つ自信は、私の人生のテーマやモットーに従うことによりもたらされる覚悟であったり、安定性であり、その言動の正しさや成功性の高さを裏付けるものではない。なので、私の言動に対しての自信の根拠を、他人に指し示すことが出来ないのだろう。
自分の信念に沿った選択をとる限りにおいて、私は自信満々でいられるし、常にポジティブな言動をとれる。
『信念に沿った選択』
これが、私の持つ自信の根拠であり、その根源には私の信念が在る。その信念により私の自信は、常に存在することができるのだろう。
因みに、私の行動指針を構成するための要素の優先順位は人生のテーマと自身のモットーが最上位に君臨し、規則や常識など他のなによりも優先される図式となる。
そんな私の人生のテーマは『ココロの自由 と みんなとの笑顔』であり、自身のモットーは『楽しむ』である…
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