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【長編小説】配信、ヤめる。第3話「興津魅桜の配信」

 橋に設置された椅子に三人で座っている。俺と蛍太さんでゴスロリメイド金髪を挟みこんでいる。
 さっきの駅よりは随分明るい。もう結構遅い時間だけど交通量は結構あった。
「なんだ、てっきり二人はカップルなんだと思ったんですよ! すごくない? 男同士。しかも青姦なんて!」
 ゴスロリの女はスマホに向かって話す。画面には[神回][神展開][絶対やらせ]などとコメントが流れていた。
「俺はてっきり積木ちゃんが青姦しにきたんだとばっかり思ってたよ」
 そう。ゴスロリの女を幽霊だと思い込んでたのは俺だけだった。
 俺が叫び声をあげた後、ゴスロリの女は動物の不思議な生態を見たときの感心したような声を出していた。
 積木ちゃんは俺たち二人をゲイカップルが青姦をしにきたと思っていて、蛍太さんは逆に積木ちゃんが青姦をしにきたと思っていた。
 俺だけ幽霊騒ぎをしていたと言うわけだ。
 なんで積木ちゃんがこんなところにいたかは、ここに来るまでの間に、非常に端的な言葉で聞いた。
 配信が盛り上がりそうだから、青姦スポットに来た。ってわけらしい。
 「[その人たち大丈夫か]って、大丈夫でしょ。なんかあればこの配信が証拠になっちゃうもん。その時はみんな通報してね」
 積木ちゃんがコメントを読んで、やけに肝の据わったことを話している。
 ここに来るまでの間、蛍太さんはゴスロリの女がしている生配信に興味が出たようで、積極的に画面の向こうの視聴者たちとコミュニケーションを取っていた。
 俺は、蛍太さんとすらコミュニケーションが取れないほど、精神を疲労しているのに。
 かわいそうな俺は一人話題についていけない。
「なに? [素人がでしゃばるな]てさ、別に、積木ちゃんも別にプロじゃないでしょ?」
 積木ちゃんとはゴスロリ女のアカウント名だ。俺でいうところのバブル。アカウント名は、現実の自分とは違う存在になるための鎧だと俺は思っている。
「うーん。そうだねー。私、みんなとお話しするのが楽しいだけだから、プロとか素人とかないかも」
「ほら、ほらさ、おい、お前ら積木ちゃんもそう言ってるじゃんかよ」
 ちらりと積木ちゃんのスマホ画面を覗き込むと、蛍太さんへの言葉が溢れていた。そのコメントを読むのに気を取られて自分の顔がカメラにバッチリ映り込んだ。
[そういやこいつ全然喋らん]
 とか言うコメントが目に入り、すぐに顔をそらした。蛍太さんと積木ちゃんはそんなコメントに気がつくこともなく、話は止まない。
 なんか、こういうことってよく合った気がする。うん。みんなで喋ってるなか、何気ない言葉で自分一人が傷つくこの感じ。
 顔の筋肉が妙に痛くなってきた。変な力が入ってるのがわかる。けど、どうすることもできない。何が生配信だ。ただ雑談をしてるばっかでなんの生産性も芸術性もないじゃないか。なにも形に残らない。時間を消費するだけの行為。嫌気が差す。
 程なくして、静かになった。どうやら配信を終えたらしい。
「積木ちゃん、すげーな。これってなんだったの?」
「生配信ですよ。あと、ありがとうございました。なんか、おかげさまですごい盛り上がってて。お名前なんて言うんですか?」
「え、急にキャラ変わるじゃん?」
 丁寧に話だす積木ちゃんに蛍太さんがビビっている。
「あの、ごめんなさい。まずは私から名乗らないとですよね。興津魅桜(おきづみおう)っていいます。よろしくお願いしますね」
「よ、よろしくな。俺は佐藤蛍太。んであいつが、」
「大島穣介。っす……」 
 なんとか二人について行くために声を絞り出した。多分、興津さんは年下だけど、いきなりタメ口で話すことはしなかった。それは俺のこだわりに反する。
「俺はバブさんって呼んでる。ってか、急に元気なくね?」
 ほう。蛍太さんよ。俺の心の機微に気がつくとは。さすが、なんか、急にネットであった人と遊びにこようとするだけあるな。
「そうなんですか? 私に言わせてもらうと、なんかずっとこんな感じだったと思うんですけど……」
「いや、俺が思うに、変なコメントでも気にしてるんじゃないか?」
 まさか、蛍太さんは気がついていたのだろうか。
 本当のことを一瞬迷ったが、隠してもどうせグイグイ来られそうで、素直に話すことにした。
「なんか、全然こいつ喋らないみたいなこと書かれてて、びっくりしたってわけっす。全く、別に喋ろうがどうしようが俺の勝手っすよね」
 自分が思うより多く喋ってしまった。それを聞いて蛍太さんが笑う。
「ははは、でも確かに全然喋ってなかったな。もったいないよ。バブさんってどんどん行けば絶対に面白いのにさ」
 目が爛々と輝いている。褒められて嬉しいが、なにか不穏な感じもする。なんか、俺が望まない方向に話が進みそうな、雰囲気。
「積木ちゃん、生配信のこと教えてくれよ。俺決めたんだ。バブっちと生配信する。絶対面白いことになるよ」
 となりで興津さんは「バブさんリアクション面白いですもんねー」と無責任な発言をしていた。

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鳥居図書館
鳥居ぴぴき 1994年5月17日生まれ 思いつきで、文章書いてます。