
【長編小説】配信、ヤめる。第2話「配信準備」
駅を出てすぐのコーヒーチェーン店で甘ったるいコーヒーを飲む。大きな窓の向こうではスーツ姿の社会人が大股で歩く。平日の九時半。gus6との待ち合わせまで一時間半もあるなんて、俺にしては来るのが早すぎた。
暇だ。スマホを弄りながら店内を見渡す。興味深い。実はこういうお店には一人で入ったことがない。
半分以上は女性だ。これは時間の問題かもしれないが。次にスーツを着た人たちだが、外を歩く人に比べると少し余裕があるように見える。
他は、俺のようにどこから収入を得てるのか分からないニートのような男。浮いている。けど、一番浮いているのはこの俺だ。オレンジ色のヘッドフォンを付けてるんだ。当然目立つだろう。けど大丈夫。俺は自分が浮いていると気がついてるから、まだ大丈夫だ。
一時間もすると客はほとんど入れ替わった。残っているのは活発そうなニートとパソコンを開いた社会人くらいになっている。
活発そうなニートと目が合う。
「あっ」
思わず声が出た。やばい。なんかじろじろ見てくる。
すぐさまスマホに視線を移した。ヘッドホンの音量をデカくしてなんとか危機を脱するんだ。
ピコん!
音をデカくしたせいでやけにデカい通知音が鳴る。条件反射的に体がビクついた。
[バブさん、もしかしてオレンジ色のヘッドフォンつけてます?]
返事は打たずにあたりを見る。窓の外にはそれらしき姿は見えない。
次に店内。振り返るとまた活発なニートと目が合う。
もしかして……、あいつなのか?
ピコん!
また爆音の通知に体が軋む。
[めっちゃこっち見てますよね?]
絶対あいつだ。また見直すと、活発そうなニートが立ち上がった。
随分とデカイ男だ。まだ距離はあるのに、既に威圧感がある。
平然を装い手を振った。向こうはやっぱりと言った様子で手を叩く。物凄い笑顔だ。
近づいてくる。スローモーションに感じる。やばい。とんでもなく緊張して来た。なんか、近づくにつれて、gus6が今までの人生で関わったことがないタイプの人間だと気がつき、口の中が乾いた。
まて、第一印象だ。ここであまり下手に出ると絶対にナメられる。
右手を上げ、ハイタッチを試みる。gus6は躊躇なく手をぶつけて来た。なんだそのノリの良さは。
てか痛い。ハイタッチってこんな威力でやるもんなのか? 残念ながら今のが初めてのハイタッチだからよくわからない。
「バブさん〜! ずっと居ましたよね。ここ」
「へ、へい」
すっかり気の抜けた俺にはこの返事が精一杯だった。
「ってかバブさん、こんな目立つのつけてるなら言ってくださいよ」
「あ、ヘッドフォンっすね。はは。ははは」
結構バブさんって平気で言ってくるな。ここは現実だっていうのに。歯痒い。
「あ、バブさん、隣いいですか?」
「どぞ。ひ、ひい」
「なーに、変な声出してるんすか」
gus6が隣に座る。スースーする部活的な爽やかな匂いがした。
*
gus6の本名は佐藤蛍太という。俺よりもひとつ年上で、なんと俺と同じように働いてないようだった。辞めたのは今年の四月。飲食店を一年やったらしい。
「セクハラになりそうだったから注意したんだよ」
蛍太はそういう。バイトにいた女の子にその先輩がちょっかいを掛けようとしていたらしい。実際、その女の子からも相談を受けていたそうだ。
だから先輩に注意した。しかし結果は散々なもので、女の子側がそこまでしてもらいたいなんて言ってないと、寝返るような発言をされ、それがきっかけで辞めたのだ。
「全部ばからしくなったんだよ」
「バカっていうかなんていうか、ついてないっすね」
そんな話を聞いているうちに、いつの間にか蛍太さんの言葉はタメ口になっていた。年上だし、そっちの方が喋りやすそうだったから全然気にもならないが。
「でな、実はバブっちに教えてもらいたいことがあるんだ」
「ふが、へ?」
頬張ったハンバーガーを無理やりに飲み込む。さすがにコーヒー店に長居するのもあれだなと、ハンバーガーショップに移動をして、朝と昼の間くらいの食事を俺たちは取っていた。
「んっと、で俺になにが聞きたいんすか?」
「動画だよ動画。バブっちの動画がすごい良くてさ」
その動画は、正直なんでそんなに人気なのか分からなかった。蛍太さんとしていたゲームのプレイ実況をしたのだが、たまたま敵三人を連続で倒せたすごいプレイの動画だ。
けど、あの動画が人気なのはそれが大きな理由ではなかった。
「敵を倒してるのにさ、まるでやられてるみたいに叫ぶんだもん。めっちゃ笑ったよ」
「ははは、そうなんすね。良かったっす……」
あまり嬉しくなかった。笑われてるってことに気がついていたけど、こうして直接言われると地味に傷つく。
でも、あまりに嬉しそうに蛍太さんが語るので水を刺さないよう努める。
「でね、俺も動画撮りたいって思っててさ。ただ俺一人で撮ってもね。バブっちみたいに良いアクションとかできないからさ。だからどうしようって考えてた矢先、まさか同じ試合をすることになるなんてね。運命だと思ったよ」
なんだか気分がノッテくる。確かに、これは運命なのかもしれない。やばい。すごいことが起きそうだ。
「運命! 確かに、俺たちの出会いは偉大な一歩で間違い無いっすね」
「ははは。大袈裟な! でもやっぱバブさん面白いわ!」
「あざっす」
蛍太さんに褒められ、俺は仕事をやめて正解だったと確信できた。
仕事に関する嫌な出来事はすでに思い出せないくらい昔のことのように感じる。あれもこれも新人の俺ができるはずがないのに、なんでも押し付けてくる先輩や上司たち。
今に見てろ。みんな俺に言ったいろんな言葉のことで後悔させてやるからな。
と、気持ちが昂って普段思わないようなことが頭を駆け巡る。
「バブっちは次の動画どうするのか決めてるの?」
「いやあ、今は休憩中っすよ」
ちと長すぎる休憩ではあるのだが。正直、次に何をするなんてアイデアも特にない。まあ、そのうち振ってくるだろう。
「休憩中ならさ、一緒に青姦、探しに行かない?」
聞き間違いだよな。今、この人青姦って言った訳ないもんな。
「え、ごめんなさい。ちょっと聞き取れなかったっす。何を探しに行くんですか?」
「青姦。もしかして知らない? 外でさ……」
「いやいやいや、説明しなくて大丈夫っすよ」
何が面白いのか蛍太さんが笑っている。なんてーか、こんな昼間っから青姦の説明を聞きたくない。
けど、探しに行きたくないわけではない。そりゃ、好奇心がそそられる。それに、動画ってのは好奇心をそそられるものでなくっちゃいけないからな。
頭の中でシミュレーションをする。いかんいかん。興奮してしまう。
「よし。そしてらまずは下見に行こう。探しに行こうとは言っても場所は大体分かってんだ」
「もも、もちろんっすね」
と、見栄を切ったものの、実はかなりビビり散らかしている。
*
一寸先は闇。本当に駅なのかと疑いたくなる。いや、昼に下見をしてなければ何か怪しいところに連れてこられたと勘違いしていただろう。
蛍太さん家の最寄りの駅から一時間半ほど歩くとここの無人駅に着く。見るからに治安の悪そうな放置っぷりだ。まだ二十一時に回らないくらいですでに終電は終わっている。
改札の前には自動販売機が何台も並んでいるが、小さな光しかない。節電してるのだろう。
「実はここ、幽霊が出るらしいんだ」
「ちょっと、怖いこと言わないでくださいよ。もしくは先に言っといてください」
「し。静かにしてないと、警戒されるぞ」
「ゆ、幽霊に?」
「バカ。カップルにだろ」
俺と蛍太さん二人でくっついてしゃがんでいる。駅の周りは花壇があり、その影から駅を眺めているのだが、既に居場所がバレそうな感じだ。
てか、こんなスポットで体を寄せた二人って、なんか怪しく見えるな。
この時期は夜でも暖かい。ふと空を見上げると、星が綺麗だった。
ゴン、と音がした。
「なんの音ですかね」
「おそらく、自販機で飲み物を買ったんだろう」
「でも誰か通りました?」
確かにここから見える販売機は光っていない。
「確か、ホームの方にも自販機はあったはずだな。多分そっちで買ったんだろう」
「うーん」
そうかもしれないが、でも誰も通ってない。だからホームに人がいるのはおかしいんじゃないか? つまり、もしかして……
「あのさ、蛍太さん。ホームにいるのって人だよね」
「ん? ははは」
「ちゃんと答えてくださいよ……」
きっと、蛍太さんもひしひしと幽霊の気配を感じ取っているのだろう。だからイマイチな返事なんだ。そう思うと、本当にそんな気がしてきた。確かに、ずっと肌寒い感じがしてたんだよ。俺。この時期の夜は暖かい気もしていたが、昔のことを考えている余裕はない。
蛍太さんが立ち上がる。そしてゆっくりを改札のほうに向かった。俺には静かにと無言で伝えている。
行きたくねえ。だけど一人で待ってるのも厳しい。仕方なくついて行く。ああ、こんなに吐きそうなのに、膝は笑ってらぁ……。
物陰からゆっくりと顔を出すと、そこには灯のついた自販機だけがある。少し前に誰かが居たのは確実だ。いや、人ではないのかもしれないが。
あたりを見回す。基本的には暗くてよく見えないけど。その時、駅を取り囲む低い柵から、人の影が見えた。
その姿は、あまりに異質だった。
ゴシックロリータというのだろうか。とにかくリボンやらフリルがいっぱい付いていて、色は分からないが、白っぽい。あぁ、きっと、生前はメイドさんだったんだろうな。
意識が遠のき、倒れそうになる。それを蛍太さんに抱きかかえてもらった。
「おい、居たぞ! 女だ。身を潜めるぞ!」
あまり蛍太さんの言葉が理解できないまま、とりあえずついて行く。足は驚くほど重い。
気がつけばさっきの花壇の影に舞い戻ってきていた。
さっきと同じようにしゃがみ込む。
じっとしていると、また、人の影が見えた。駅のホームから現れる。やはりゴシックロリータのメイド服で、肌は異様なほどに白い。
「あ……」
表情が笑いっぱなしの蛍太さんに口を押さえられる。だ、だめだ。俺、もう意識が飛んじゃうよ……。
それでもなんとかその幽霊らしき存在から目を逸らさない。いざとなれば蛍太さんを置いてでも逃げるんだ。
——と、思っていたが、それほど俺は強くはなかった。
メイド服は全力でこちらに向かってきて、足はまともに動かず、ただただ叫び声をあげることしか出来なかった。
いいなと思ったら応援しよう!
