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【長編小説】異精神の治し方「合法処刑」.5

 眩しい陽の光に目を細める。それほど強い日差しなのに、妙な涼しさがここ一帯を支配していた。
 合法処刑が遂に行われる。
 私はルルさんの隣だ。真白い屋根だけのテントの下にいる。
 視線の先、この仮設の壁の内側の中心には、合法処刑される異精神者が椅子に縛り付けられている。結構距離はある筈なのに、何故か鮮明にその姿が目に焼きつく。
 今日は、三人を処刑する予定になっていて、一人が終わればまた一人ここに搬入されてくる。
 ルルさんはしきりに沼田システムで時間を確認していた。疲れのせいで目の下には生々しいクマが出来ている。大きくはないが、それは切り傷のように深く細い。
「ニーコさん、もうすぐに始まるわ」
 その雰囲気はこの仕切られた空間内に充満していた。集まっている人全員が祈る時の静かさでその瞬間を待っているのだろう。
 仕切りの中に人が入ってくる。八人の人間に囲まれ、真ん中にいるのは合法処刑人だ。
 白い髪だが、それよりも大人ということに驚く。ここ、沼田記念学校ではほとんど見かけない。三十代程だろうか。
 処刑人の男は今にも走り出しそうだ。普通に歩いているように見えるが、どこか獰猛な感じがする。好奇心旺盛で激しく吠える犬を思い出す。
 この場にいる全員が静かにこれから起こる悲しい出来事を受け入れる準備をしている中、あの処刑人だけはその瞬間を待ち望んでいるらしい。
 ふと、ルルさんがどんな表情をしているのか気になった。チラリと見てみる。
 が、ルルさんの方が先に私を見ていた。
 心臓がドキドキとした。なぜだろうか。ルルさんは無表情のままですぐに私から視線を逸らす。
 何故私を見ていたのか。じゃあ、どうして私はルルさんを見ようとした?
 それは、どんな顔をしているのか気になったから。なぜ気になったのか?
 それは、私の中に湧き上がった気持ちをルルさんも感じたか、それが気になったから。
 もう一度合法処刑人を見てみる。
 拳銃を持ったら撃たずにはいられないだろう。あの男は。それは何かに反抗するとかそんなレベルじゃない。
 それが普通なのだ。完全な異分子。
 けど、私は魅入ってしまった。身体の内側に、その興奮を受け入れる空洞が出来て膨らんで、それが心地よく感じる。
 そんな中、処刑人と八人の人達は異精神者の前にやってきた。
 八人は処刑人を異精神者の前に向かい合うように立ったのを確認すると、離れていく。そして、それぞれが石の棒の位置についた。それは八本建っていた。
 八人それぞれが石に手を当てて、逆側の手で拳銃を構えた。銃口は全て異精神者と処刑人に向けられている。
 そこからは何も合図のような出来事は起きなかった。
 突然、思い出したように処刑人は異精神者と額をくっつけ、二秒ほどで離した。
 八人はまた入ってきた時と同じように処刑人を取り囲むとこの空間から入ってきた時と同じように出ていった。
 次は三人の白衣を着た部隊が異精神者の座る椅子に駆け寄った。
 何かを確認した後縛り付けていたものを取り外してから、座っていた人をちょうどぴったりのサイズの箱に閉まって、この空間から出ていった。
 あの箱は棺だった。確かに、合法処刑人が異精神者を処刑したのだろう。
 とりあえず一連の流れが終わると、張り詰めていた緊張の線が少し緩むのを感じる。和気藹々と話しが始まるわけではないけど。
 ルルさんが私に話しかけてくる。
「一人目は無事に終わりましたね」
「なんだか、一瞬でした」
「ええ。一人目は問題の起こりづらそうな異精神者にしますから。でも、ここまでスムーズなのは珍しいですね」
「そうなんですね」
「はい。全てこうだったら何も苦労はしないんですけど」
 話しているうちに、次の異精神者が運び込まれてきた。淡々と石の椅子に括り付けられる。
 また周囲が静かになった。私達も話すのをやめていた。
 いつの間にか、太陽が真上に上がっている。
 二人目が終わると昼食の時間だ。空腹を感じているのが不思議だった。とても危険な仕事の最中なのに、現実にその危険性が分からないことって、凄い危ないと思い、また意識を集中する。けど、無慈悲にもお腹がなった。
 もちろんルルさんはそれに一切の反応をしない。そうしているうちに、また合法処刑人が入ってくる。
 さっきと同じ人だ。けど、今回の方が苛立っているように見える。一人目がスムーズだったことが理由なんじゃないかと思った。血に飢えているんだ。
 そして、八人の男達が所定の位置につく。さっきと同じように。
 処刑人が異精神者の頭に触れようとした。その時、異精神者は椅子の上で激しく暴れ出した。
 周りの人達がざわつき始める。八人の男達は銃口はしっかりと合わせ出した。
 そして、合法処刑人がニヤリと笑った。
 風が吹いた。色のついた風だ。何色なのかは分からない。それは次第に縛り付けられた異精神者の周りに吹き荒れる。

 物質化している。

 次第に風だと思っていたそれは、色のついた水に変わっていた。赤い色の滲む深い水。その奥でスーツを着た人間サイズの犬が二足歩行で立っている。手には鞭。彼の本質なのだろう。
 もっとよく見ようとした時、その犬の首がぐるりと捻りあげられ、ぼとりと落ちた。
 捻ったのは、巨大な手。右手だ。女性のような細くて白い指。爪には派手な装飾が施されている。その手が、まるでマニキュアの蓋を取るような日常のように、犬の首を捻っていた。
 合法処刑人は、イラついた表情のままだ。
「ニーコさん、これも珍しいパターンですから。毎回これじゃ身体が持ちませんし。でも、一人目の方が少ないですけどね」
 ルルさんが教えてくれる。
「タメになります」
 これで二人目の合法処刑が済んだのだろう。しかし、赤い色のついた水が消えない。
「ルルさん、壁はいつ無くなるんですか?」
「ええ、確かに……」
 ルルさんが言い終わる前に、事態が急変した。
 犬の首が、マニキュアをつけた右手に噛みつき、引っ張っている。
 合法処刑人は、やっと笑い出した。
 引っ張られた右手は、よく分からないが、別の空間から引き摺り出されていた。その右手のサイズとおんなじ比率の人間が、頭まで引き摺り出されている。
 犬はそれを片っ端から食べ出した。
「ルルさん、あれ、大丈夫なんですか?」
「これは非常に危険な状態ね」
「拳銃、撃たないんですか!」
「彼らは合法処刑人が暴れた時にしか撃たないし、そもそも物質化した異精神者に拳銃が効くわけないしね」
 合法処刑人の本質は、首だけの犬に殆ど喰われ、残るのは後は下半身だけになっていた。それもみるみるうちに減っていく。
 周りの人達が逃げる準備をしていた。避難は迅速に行われている。
「ルルさん、私たちは?」
「私たちは残りますよ」
 合法処刑人はその本質を殆ど全て食われていた。しかし、笑っている。声まで出して。
 そして周囲を見始めた。
「ルルさん、あの人は大丈夫なんですか!」
「本質を失ったから、もうダメね」
「ルルさん、逃げましょう」
「ニーコさん、大丈夫です。このようなイレギュラーの場合の手はあるんですよ。合法処刑人は常に二人、用意されます。まあ、貴方も知っている彼が、役割を引き継ぐわけです」
 本質を食われた合法処刑人はぐるりと周りを見渡した。そして、何故か私と目が合う。
 一度笑うのを辞めた。その見開かれた目は、何を思っているのか。
 同じタイミングで、この仕切りの中にまた八人の男に囲まれた合法処刑人が入ってきた。真ん中にはやっぱり、タナカがいた。
 私を見ていた処刑人は、タナカの方に向き直った。そして私とタナカを交互に見ている。そして、私を指差したその時、彼は人形のようにその場に倒れた。
 スーツを着た犬の身体は、とれた首を持ち上げ付け直した。異精神者の本質が復活したのだ。
 タナカを取り囲む八人の男が所定の位置につき、元々いた男は死んだ処刑人を抱えて出ていった。
 タナカは笑っている。

鳥居ぴぴき 1994年5月17日生まれ 思いつきで、文章書いてます。