【長編小説】配信、ヤめる。第16話「アルハレの配信」
悪い流れになっている。そう感じた。アンチもファンもこの熱狂に飲まれている。
テオティワランドの配信に映り込み続けていた女性のアカウントが特定された。俺たちだけでは出来なかったが、熱狂的なバブル信者が見つけたのだ。
そのアカウントはすぐに削除されていたが、スクリーンショットが多数残っていた。チェーン店のコーヒーショップで働いてるくらいの情報しかなかった。俺たちが配信していた日は投稿がなく、怪しいと言えば怪しいがほとんど妄想に近い。
これで、俺たちの配信がヤラセではないと信者たちは語っていた。
こいつらは、この女性のことを全く考えていない。だから、何か手を打たなくてはいけなかった。
すぐに配信をつける。画面は撮さなかった。音声のみの配信。
「皆様、今回は急遽配信をさせて頂いてます。まず、話題になっていますテオティワランドはヤラセだったという内容の記事がありますが、事実無根です。ヤラセなんてしていません。けど、それは別に皆様がどう思っていただいても構わないんです。ただ、関係のない方を巻き込むのは辞めてください」
話していくうちに、自分でも驚くほどに正気が失われていくのを感じた。いつの間にか声に熱がこもっている。
そのまま配信を切ってしまった。啜り泣く声が入ってしまったかもしれなかった。
碓氷が心配そうに俺を見ている。配信さえ終わってしまえば、気持ちが切り替わる。
「これで収まってくれればいいけど、そう言うわけにもいかないよな」
「そうですね」
悪い予感。これは必ずやってくる。今回もそうだった。
アルハレの居場所の手がかりが分からず、アルハレの前のアカウントを見ていると、生配信のリンクが投稿された。
「ちょ、ちょっと秋葉くん! スクリーンにこの配信映して!」
リンクを送ると、秋葉はすぐに画面をつけた。
タイトルは[自殺配信!]
画面には青い空が映っている。画面が下に向かっていった。街を見下ろした。随分と閑散としていて近くに駅がある。街の音がしている。二階くらいの高さか。
バイバイと書かれた紙が映し出され、画面が乱れた。ガサガサと音がして画面が暗くなった。
大きなスクリーンに映る。視聴者はあまりいなかった。きっと、この配信がアルハレと繋がってると知っている人はほとんどいないんだろう。
「バブルさん」
碓氷が言うが、続く言葉はない。絶句している。秋葉もなにか黙り込んでいる。
自分の太ももを思い切り殴った。生まれて初めてこんなことをしたのかもしれない。やりきれなかった。本当に、どこにも行き場のない気持ちがあった。
日が昇った。この高い建物からは綺麗に日が見える。眠らずに迎える日の光は、俺が透き通った存在になったことを証明するために存在してると思った。
そうだ。俺はもう意味のない存在になったのだ。
普通の生活に戻ろう。バイトを探してこっそりと暮らそう。俺は、色々なことをうまく終わらせることが出来なかった。中途半端になった全てを抱えたまま、生きていこう。
部屋を出ようとすると、秋葉が作曲部屋から出てくる。
「バブルさん!」
やけに興奮した様子だ。
「いい曲でもできた?」
「何寝ぼけたこと言ってるんですか! アルハレの居場所にグッと近づきましたよ!」
一体どう言うことなのか、分からなかった。ソファーで寝ていた碓氷も起きだす。
「あきはー? いい曲できた?」
「碓氷兄さん! 曲も出来そうですよ!」
あれ? 反応が随分違うけど、いつの間にか俺は嫌われているのだろうか。まあ、深くは考えないことにしよう。
秋葉がパソコンを開く。三人で覗き込んだ。
「この前の配信です。これ、駅が近いですよね。俺が持ってる音声ソフトを使って音をいじったら、ほら!」
音が流れる。微かに駅名が流れた。しのど。
「それで、しのど駅、調べてみたんですけど、ありました。篠兎駅です。ここからだと車で四時間くらいでしょうか」
やっと、道がひらけた。
すぐに車に乗り込んだ。アルハレがこの世にもういないと相手も、住んでいた場所、生きていた事実を見届けたかった。
配信で見た時よりは賑やかだった。
「この辺りですよね」
碓氷がキョロキョロとあたりを見回す。そこにはビルがあり、網を登れば入れそうな剥き出しの階段があった。
「ここっぽいな」
けど、昨晩に人が落ちたとは思えない。普通の場所だ。
「バブルさん、もしかすると、狂言自殺だったのかもしれませんよ」
秋葉が注意深くあたりを見回してから言った。思い返せば、あの配信も本当に落ちているのか分かりづらかった。
アルハレが無事でいるかもしれない。だとしたら、会いにいかなくては行けない。
「じゃあ、この近くにいるかもしれない。片っ端からチャイム押して行くぞ」
近くのアパートのベルを鳴らした。インターホン越しに年配の女性の声がする。
「どちら様ですか」
「アルハレですか?」
「はあ? 知りません」
どうやらここには住んでいないようだ。俺は突き動かされるように次の家のベルを鳴らそうとする。
碓氷がそれを止めた。
「うわ! 辞めましょうよ。いや、僕自身は嬉しいんですけど。なんか、バブルさんって感じがして。でも、ほら、配信すらしてませんし。もっと良い方法を考えましょう」
話を聞きながら冷静になる。確かに、配信をしてないのに、今の俺は配信中の俺になっていた。
「ごめん、何かいい方法……」
なんとなく秋葉を見る。何か思いついてくれるんじゃないかと。そして案の定、思いついていた。
「近くのコーヒーショップに行ってみましょう」
俺はそれを聞いてなんとなく察しがついた。碓氷はピンときてないようだ。
「そうですよね。一休みしていいアイデアを練りましょう」
「はは。碓氷兄さん、そうですね。でも、目的は違くて、まあ、待ち合わせのようなことをします」
待ち合わせとは、随分体の良い表現だ。
「いや、待ち伏せでしょ」
テオティワランドで俺たちを尾行していたとされる女性を待ち伏せるのだ。彼女はコーヒーショップで働いている。彼女がアルハレであるのならば、この近くのコーヒーショップに現れるだろう。
全く関係がないかもしれない。しかし、彼女のアカウントは特定されてからも、無視を決め込んでいた。無関係なら無関係と表明するんじゃないか。
碓氷に説明すると、難しい表情をした。
「でも、コーヒーショップって言っても、ゆうめいなチェーン店ですし、数も多いんじゃ……」
「碓氷兄さん、さっき調べてみたんですけど、この辺りじゃ一軒しかないです、しかも二つ先の駅にだけです」
なんて田舎なんだ、けどそれに助けられた。