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【長編小説】異精神の治し方「合法処刑」.8

 昨日の奇妙なキャッチボールを思い出しながら生徒会室を訪れた。ルルさん、頭を抱えてなければいいんだけど。けどそれは杞憂だった。部屋の中ではいつもと同じように仕事をしていた。
「ニーコさん、おはようございます。今日は少し早いですね」
「はい。いやー、その、何か手伝えることがないかなって」
「手伝えることですか」
「次の合法処刑は三日後ですよね。その間に何かあれば」
 私の方にルルさんが向き直した。
「正直なところ、何もありませんね。あとは私がする専門的な仕事だけになりますから。しっかり休んで貰えればそれで」
「そう、ですか」
「また仕事があれば呼びますから、明日まではいつも通りの仕事をしていてください」
 少しだけ微笑んでくれた。私は部屋を出た。まあ、シンプルにいえば仕事を邪魔するなということだろう。

 沼田記念学校に理由もなくいるのは私だけだ。何故か異精神者じゃなくなって、かといってセラピストでもない。普通の人になったのだ。そんなよく分からない状態で外に出してもらえる訳でもない。
 私の中にあるのは、カオルを助けたいという思い。けど、その気持ちも薄れている。奇妙な不安だった。穏やかな不安。その不安を和らげたくてカオルがいる場所に向かう。
 そして来てみたが、想像以上に近づけなかった。私は、封鎖の為に張られたキープアウトの黄色いテープを超えることが出来ない。
 別館を見ても全く異変は感じられない。けど、この建物の中にカオルがたった一人でいる。その孤独感を感じ取ろうとするけど、やはりどこか他人事の様に感じてしまう。前はそんなことなかったはずなのに。
「見に来たんだ」
 懐かしい声がした。振り返るとリコがいる。
「あ、久しぶり」
「そんな。久しぶりってほど会ってなかったっけ?」
「そんなことななかった」
 自然と笑いが溢れた。リコに会って懐かしさを感じた。他の人と話しても生まれない感情だ。
「リコは最近忙しいの?」
「まあね。でもスケジュールが詰まってるだけで疲れはしないかな」
「そっか」
「ニーコは?」
「全然忙しくない」
「でも疲れてる顔してるよ」
「リコと逆かも」
 リコは「そっか」と呟いてポケットに手を入れた。
「これ、食べなよ」
 赤いキャンディー。舐めると痺れるほど甘かった。
「美味しい?」
「うん」
「顔しかめてたけど」
「ちょっと甘すぎた。けど慣れた」
 チャイムが鳴った。遠くに聴こえる。
「ねえニーコ。どうしてここに来たの」
「それは、どうしてだろう」
「カオル、でしょ」
 なんとなく返事をしたくない。リコのことは好きだけど、説教じみた雰囲気になるのが嫌だった。けど、避けて通れないんだろう。だからこそ、セラピストであるリコはこの話をしたんだ。
 私の無言。それはリコにとっては予想の範囲内だと思う。それで平然と次の言葉を言った。
「私の権利があれば別館に入れるから一緒に行こうか」
 手を引かれ、テープを超えた。空気が変わった感じがする。
「ニーコはカオルと会う必要がある」
 そのまま別館まで歩いた。

 別館の中はとても普通だ。ただ、空気が違うように感じるだけで。この感じは合法処刑場と似ていた。
「大丈夫なの?」
 不安を漏らしてしまう。リコはそんなこと全く気にしていない。
「ダメな時は全員ダメだから。あんな立ち入り禁止なんてただの気休めだよ。カオルが羽化すればここは愚か、埼玉も危ういね」
「そうなんだ」
 螺旋階段を上がる。目が回りそうになった。
「カオルの異精神はとても強力だよ。多分、敵う人はいない」
 敵う奴が居ない。でもアイツこのことが頭に浮かんだ。合法処刑人。タナカ。
 リコについて行き、部屋の前にやってきた。ここは覚えていた。この部屋の奥に真っ黒な塊となったカオルがいる。
 が、扉が少し開いていた。嫌な予感がした。リコも同じだった様で、緊張しているのが見える。ゆっくりと扉を開けると、そこには、真っ黒な塊の前で体育座りをしているタナカが居た。
 タナカが私に気づいた。そして笑った。
「来てたんだ」
 近づいてくる間にリコが遮るようにして立つ。
「君は処刑人だね。どうしてここにいるんだい」
「じゃま」
 二人が睨み合う。リコが先に視線を逸らした。私に振り返る。
「ごめん。カオルに会いに来てるんだったね」
 心底申し訳なさそうだ。
「カオルって彼?」
 タナカが指して聞いてくる。私かリコどちらに聞いているのかは分からなかったが、リコが返事をする気がないから私が返事をする。
「そうだよ」
「ニーコは、カオルのことが好き?」
 タナカは私の目を見つめている。
「そうなんだね。それならこうだ」
 タナカが私に急接近すると、顔を近づけてきた。やけにゆっくりと映像が見える。そして、私の頬にキスをした。
 リコが急いで駆け寄ってくる。
「ニーコ!」
 タナカはすでに部屋を出ようとしていた。
「カオルより、僕の方がニーコと合ってるんだ」
 そう言って振り返りもせず部屋を出ていった。
 私はその場にへたり込みリコに抱かれていた。

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鳥居図書館
鳥居ぴぴき 1994年5月17日生まれ 思いつきで、文章書いてます。