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【長編小説】異精神の治し方「合法処刑」.10

 その日の夕方。机の上にはホールのケーキとポテトチップス、それとコーラを置いた。食べたいものがすぐに手に入るのは異精神者の精神的負担を減らす為の仕組みだから、私みたいな一般人がその恩恵に預かるのは少しだけ気が引けるけど、そもそもそんな異精神者のせいで私は苛立っている訳だから、それを治める為の必要経費と考えればむしろお安いのではないかと自分を納得させた。
「ニーコさん……」
 ルルさんが心配そうに私に声をかけた。でも表情を見てみると心配というより引いてる感じだった。
「リコさん、わざわざ準備してもらってすみません」
「え、ええ。これくらいは全然容易いので」
 別館の帰りに急にルルさんに言ったのにも関わらず容易いとは流石に嘘だろうけど、暗に、これから訪れるタナカとのカリキュラムの難しさを説いているように思える。
「このケーキは、一人で召し上がるんでしょうか」
「はい。ルルさん、すみませんがこれは譲れません」
「いえ、別に欲しいわけではないので」
 じっとルルさんを見つめ、動きがないのを確認してから存分に食べる。大量生産品ではない、手作りの味がした。
 無心で食べる。特にケーキは何も考えない方が美味しい。何かを考えそうになったら生クリームを飲み込む。そう嫌なことを考えたくなったらそうする。例えば、合法処刑者の教育カリキュラムのこととか。
「ごほっ」
「ニーコさん、生クリームは飲み物じゃないんですよ。そんなに頬張ったら危険です」
 この発言は仕方なく無視。ガンガンと食べ進めてく。少し硬めのホイップは満足感のある喉越しを演出してくれる。いちごは少し乾いた感じがしたけど贅沢は言えない。この隔離された世界では、ケーキが食べられること自体が贅沢だ。
 ケーキの三分の一を食べ終わった頃、ジューシーな香りがしてきた。一体これは?
 教室のドアが開く。配膳係の方が持ってきたそれはステーキだった。
「ニーコさん……」
 ルルさんが呟いた。今度は不安そうな表情をしている。私はステーキの香りをおかずにして残りのケーキを食べ切った。
「このステーキも、一人で召し上がるんでしょうか」
「はい。ルルさん、すみませんがこれも譲れません」
「ですから、欲しいわけではないんですよ」
 またもリコさんの動きを確認してからステーキにナイフを入れる。ミディアムレア。その赤い断面は流石にルルさんの食欲を刺激したらしく、ほんの一瞬目が見開いていた。ごめんなさいルルさん、譲れません。
 奇妙な時間だった。教室の中に二人だけで、一人は食べ続け一人はそれを見つめている。だんだんとお腹が満たされていくにつれてこの状況の滑稽さが理解できるようになってきていた。私が振り回してしまっているんだ。ルルさんやその他大勢の料理を準備してくれた人達のことを。もちろん、百パーセント私が悪いなんて思ってないけど、それならルルさんだって何も悪いことはないはずだ。問題はタナカのはずだから。だから、今のこのやり方はあまりにも子供っぽいのではないかと反省した。
 教室のドアが開く。今度はコーンポタージュと小さいサラダとパンがやって来た。
「ニーコさん……」
 ルルさんが何か言いたそうにしている。けど口をつぐんでいた。
「リコさん、一人で食べるのか訊かないんですか?」
「譲れないんでしょう?」
「いや、やっぱバカらしくなっちゃいました。ルルさん食べますか?」
 ルルさんは時計を見てから頷いた。
「では頂きます」
 二人で食べる。美味しい。
「ところでルルさん」
「なんでしょうか。もう返してと言われても、下品な方法しかありませんよ」
「いやそうではなくて、なんか違和感があるというか」
「違和感?」
「普通、デザートは最後に出るんじゃないですか?」
「うーん、それはそうですね。何故でしょうか」
 悩んでいるとドアが開いた。エプロン姿で立っているのはハヤトだった。まさか、このコースを作ったのはかれなのか?
「理由は二つあります。一つは自信のある順番に作りました。もう一つはソラがこの順番で食べるからそれに慣れてしまった。という具合です」
 説明を聞きながら今まで食べてきた料理がハヤト作なのに驚いた。
「ハヤトさんはもうセラピストとして長いですからね」
 その言葉はソラがなかなか完治しない事実をハヤトに突きつけている。
「はい。おかげさまでこんな料理も作れるようになってしまいました」
 ルルさんの嫌味のように聞こえる言葉にも真摯に言葉を返す。さすがセラピストになる人間はそれくらいのことでムキになったりしないんだろう。
「ハヤトさん凄いですよ。美味しかったです」
「ありがとうございます。ところでニーコさん、お願いがあるんですけど良いですか?」
 ただより高いものはないという言葉が浮かんだ。そりゃそうだ。これだけの料理が無料で出てくるはずないんだ。けど、嫌な気持ちにはならないのは、お腹がいっぱいだからだろう。
「お願いってなんですか?」
「単刀直入に言いますよ。ソラもカリキュラムに参加させたいんです」
 予想外の言葉に驚きを隠せない。隠せないままにルルさんの様子を確認する。
「私は先に聞いていましたので」
 といつもと変わらない声で言った。しかし、閉じた瞼からは一筋の涙が流れている。拭こうともしない。おそらくこれから起こる無駄な仕事、いざこざ、のことを思って涙しているのだろう。
 私は、これに拒否権がないことを知っている。誰かが起こそうとして起きるイレギュラーだ。しかし、一方でチャンスなのかもしれない。と思い始めていた。私は自分の置かれている状況がほとんど分かっていない。それに調べる手立ても、隔離された沼田記念学校では無いに等しい。その中で合法処刑人は、いわば沼田記念学校の管理側に繋がっている。だから、これは私のことを知り、カオルのことを思い出すチャンスが舞い込んできたと、そう思うことも出来る。
「分かりました。ソラさんと一緒に」
 はっきりと答えた。ルルさんがもう一筋の涙を流して少しだけ頷いた。きっと安心してくれたのだろう。

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鳥居図書館
鳥居ぴぴき 1994年5月17日生まれ 思いつきで、文章書いてます。