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【長編小説】配信、ヤめる。第5話「嘘配信」

 ゲームセンターに来たのは何年ぶりだろうか。うるさくて嫌いだから結構前だ。
 じゃあなんで来ているのか。もちろん、遊びに来ているわけじゃない。無職で収入もない俺に、ゲーセンで散財する余裕なんてあるはずない。
 そう。もちろん配信だ。
 それは、アルハレからの連絡がきっかけだった。
 不法投棄の生配信後、興津さんの生配信用のアカウントに目をつけた人たちが増え、それから配信をしてないのに、通知を待つ登録者が増え続けた。
 そのことに俺と興津さんは否定的な気持ちだったが、蛍太さんはある程度チャンスと捉えていた。
「もちろん、ショックな内容だよ。けど、それとこれは多少は区別して考えた方がいい。チャンスはチャンスだ」
 アルハレも蛍太さんと同じような意見のようだった。
 アルハレはわざわざ俺のアカウントにやってきて、直接メッセージをくれた。
[勝手に切り抜き動画を上げてすみません。バブルさんたちの配信がとても面白く、さらに有名になって欲しいと思ってしてしまいました]
 まず、そんな謝罪がきていた。
 アルハレが言うには、死体を見つけたのは運が悪かっただけで、配信自体は面白いものだった。でも、さらに視聴者を増やしたい為に、過激なシーン、つまりゴミ袋が映ったシーンも一緒に切り抜いて動画を上げたと言うことだった。
 その動画は謝罪の文面とともに今は消されていて、新しい動画に変わっている。ゴミ袋を見つけるところがカットされた編集版だ。でも、動画は別の人が大量に上げていて、もう消すことはできないだろうけど。消すと増えるんだ。これはネットの常識らしい。
 蛍太さんがチャンスと捉えながも、次にどうすればいいのか分からずにいるのと同じ頃、アルハレは次の一手を考えていた。ってか、単純にそういうことをする配信者を見てみたかったのかもしれない。
 その作戦が、やらせで不良に絡む配信。
 蛍太さんは大喜びで、興津さんもそれならと反対せず、すぐにやることに決まった。
 もちろん俺も大賛成だった。そうだ。これなら俺のクリエイティブさを思う存分発揮できるだろう。

 久々に配信すると思っていたが、前回から三日しかたってなかった。その間俺は蛍太さんの家に泊まりっぱなしだ。
 決行時間の十九時まであと三十分。計画を再度思い出すことにした。
 とは言っても、大したことはない。蛍太さんがゲーセンのゲームをしている途中、興津さんと俺がそこに突撃して喧嘩になると言う流れだ。
「アルハレの言う[多少、ヤラセって分かるポイントがあった方がいいかもしれませんよ]ってのはどうかと思うけど、このアイデアは面白い」
 蛍太さんがこの日のために染めてきた青色の髪の毛を自慢げにかき上げながら、俺たちに聞こえるようにでかい声で言った。
「こんなの、誰でも思いつくと思いますけどね。私は」
 興津さんも負けじとでかい声で返す。この三日間で、興津さんはアルハレのことをあまり好きじゃないことがなんとなく分かってきた。やはり、人の死をコンテンツとして切り抜いたことが許せないらしい。
「でも、なんか緊張してきましたよ。蛍太さんの見た目もガチで怖いですし」
 興津さんも肯いている。蛍太さんは放送中につける予定の青く反射する細いグラサンをつけ、わざとらしく俺を睨んできた。
 これは確かに面白くなりそうだ。

 興津さんの隣で俺はスマホを持っている。基本は俺が撮ってコメントを拾う。使うのは興津さんのスマホだ。
「ゲーセンって俺苦手なんだよね」
 興津さんを撮しながら雑談。しかし、お前には興味ないの嵐。でも、他のコメントは前回の不法投棄配信のことばかりで返事をしづらい。
「興味を持てよ!」
 うん。なんと語彙力のない反応をしてしまったんだろう。けど、コメントの流れは早いし、いいか。てか、逆にこれくらい馬鹿なふりをした方が盛り上がるのかな。俺の作戦勝ちってところか。
[前回の配信に触れた?][うるさいね。ゲーセン?][黒ゴミ袋ってやっぱ赤ちゃんだったの?][命を犠牲にして成り上がったモノたち]いろいろ言いたい放題だな。
 前回の配信については既にコメントを出していた。すべて警察に任せています。他に私たちから言えることはありませんと。それでも関係ないんだな。
 ゲームをプレイするために並ぶ。リズムに合わせて画面を触るゲームだ。いわゆる音ゲー。もちろん、プレイしてるのは髪を青く染めた蛍太さんだ。
「なんか、前の人プレイ長くないですかー?」
 興津さんがわざと苛立ったように言う。
[変なのには関わらない方がいいぞ][いけいけ、最近の積木ちゃん、流れキてるからいける][ヤラセ乙]
 既にヤラセと気がつく勘の良いガキもいるらしい。いや、ただの逆張り野郎かもしれないけど。
「もー。さすがに長すぎますよねー?」
 全然そんなことないが? とは思う。まあ、ヤラセだからね。
「うん。確かに長いよな。これがトイレだったらとっくにブチ切れてる」
 適当に興津さんに便乗してみる。けどあんまり反響はない。ふーん。
「あーもう。ちょっとー。そこ、どいてくださいよー」
 やっぱ早すぎる気がするけど、興津さんが動き出したので始めるしかない。その時、自分のスマホに通知が入った。興津さんのスマホと自分のスマホを二刀流で持ち確認すると、アルハレからの連絡だった。
[ちょっと、喧嘩になるまでが早すぎるw まあ、これはこれでおもろいけど、積木ちゃんを少しコントロールした方がいいかもですね]
 つまり、俺はこの喧嘩芝居の演出的な立場に立たなくてはいけないってことだな。よし。やってやろうじゃないか。
 俺が二人を手助けしてやろう。

 興津さんが蛍太さんの肩を押した。力加減がよく分からないのか蛍太さんは大勢を崩すくらいに押されている。
「おい! どけって言ってるんですけど!」
「あん?」
 背筋がこそばゆくなる言い方だ。もしかしたら俺が蛍太さんを知っているからそう思うだけかもしれないけど。
「どけって俺に向かって言ってんの?」
「当然です! さっきから私たちが並んでるの気づかないんですか?」
 蛍太さんは何も言わずにサングラスをずらし、興津さんを睨みつけながら舌打ちをした。
[厄介なやつにどうして絡むんだよ][舌打ちウケる][どうせこいつは陰キャ。押せばいける
 無責任なコメントが多く目立つが、それ以上に前回の黒いゴミ袋に関するコメントが大半を占めていた。むしろ多すぎて気にならないくらいだ。騒音の中で特定の人物と会話できるのは、必要な音以外をシャットアウトする能力を人が持っていて、カクテルパーティー効果というらしいが、たくさんのコメントを見る時にも同じような効果が発揮されるのかもしれない。
 そんなことを思っている間にも、二人は意味のない言い合いをしていた。あまりに進展がないように思える。
[バブルさん、なんか起爆剤を作った方が良いかと。めっちゃつまらないですから]
 アルハレからの助言だ。この状況を打破するにはどうすればいいいか。このまま俺が興津さんに加勢してみるか。でもそれじゃあまりに普通すぎる気もする。
 悩んだ末、俺は蛍太さんに加勢することにした。
「おい積木ちゃん、もうやめとけよ」
「え? どうしたんですか? ん?」
 シンプルに動揺している。いや、困惑か。
 蛍太さんは俺の考えにすぐ気がついたらしく、ニヤニヤと見てくる。
 俺は興津さんを責め続ける。かわいそうだが手を抜けば視聴者は着いてこないはずだ。
「だ、か、ら、積木ちゃんがおかしいこと言ってるってさ。流石に」
「え、何? どう言うこと?」
「どう言うこと? じゃねえんだよ! あん? その兄ちゃんだってお前がおかしいって言ってるじゃんかよ」
 俺は何気なく蛍太さんの隣に達、興津さんを配信画面の中心に映した。凄い怖い顔をしてる。
「あーもう。ムカつく。二人とも意味分かんないです。スマホ返せ!」
 怒った表情をしているけど、目は潤んで泣き出しそうだ。必死に我慢している姿は何か俺の中に邪悪な欲望を満たしそうだ。
 もっと意地悪をして見たかったけど、アルハレから面白くない方に進んでると忠告があり、素直にスマホを返した。
 怒りに満ちた眼差しを俺に向けたまま、スマホのカメラで俺をしっかりと映そうとしている。それ自体に物理的な効果があるとでも言いたいようだ。痛くも痒くもないんだけど。
「お嬢ちゃん、ごめんごめん、悪かった。ゲームしたいんだろ? ほらどうぞ」
 蛍太さんも敏感に空気を感じ取り、興津さんの機嫌をとる。
「別に、もういいです。私、みんなと喋るんで」
 完全に不貞腐れている様子で、興津さんはスマホの画面を眺めた。
 そして、泣き出した。
 周りの視線が集まる。その場にしゃがみ込んだ興津さんを抱え外に連れ出した。蛍太さんはついて来ていない。
 外の空気は軽い。一度胸にいっぱい吸い込むと、ゲーセンは苦手だと改めて感じる。
[あれ? 配信切れた?]
 アルハレから連絡が入る。興津さんは配信を切ったらしい。
「ごめん興津さん。流石にヤラセとはいえ二人がかりで責めるのはやり過ぎた」
「意味、分かりません。それに、そんなことどうでもいいです」
 非常に困る反応だ。泣き出すくらいいなのにどうでもいいなんて言われても、そこからどうすればいいんだろう。
「——ごめん」
 俺は困り果て、興津さんと共にだんまりを決め込んでいると、蛍太さんが手に食べ物を持ってやってきた。救世主現る。
「さっきはごめんな。ほら。腹減ってるだろ?」
 コンビニで買える骨なしのチキンと、飲み物を興津さんは受け取り、黙って飲み始めた。
 途中、また泣き出す。何か様子がおかしい気がした。興津さんんから怒りを感じない。なにか、ひどく悲しんでいるうような感じがする。俺もなぜだか泣きたくなった。
「なにがあったんだよ。なんか、様子変だぞ」
 蛍太は興津さんの隣にしゃがみ込んで話を聞いている。けど、対して何も聞き出せていない。
 三人のうち、立っているのは俺だけだった。
 興津さんは食べたチキンを飲み込まずに吐く。中途半端に咀嚼されたチキンを見ると、こっちまで吐きたくなる。
「おい、マジでどうした?」
 焦る蛍太さんの声。しかし興津さんは返事をしない。
 アルハレから連絡が入って、俺は逃げるように確認した。
[積み木さん、大丈夫ですか? なんか泣きそうになってましたけど]
[いや、正直、大丈夫じゃないですね]
 すぐに返事をする。アルハレからもすぐに返事がきた。気になって仕方がないんだろう。
[あのですね、色んな配信者を見てきた経験からするとね、ズバリ、コメントでやられたんでしょう]
[コメントか……]
 しゃがみ込んだままの興津さんを蛍太さんに任せて、興津さんの配信の録画を見直す。
 そこでコメントを見直すと、配信中は盛り上がっていたと思ってたコメント欄は、荒れていると思い直した。
 なんとなく、赤ちゃんのことかもしれないと思った。実は、興津さんが泣き出した時から気がついていたのかもしれない。
 直接俺たちを傷つける言葉も多い。なんで俺は気にならなかったのだろうか。と思うくらい痛烈な言葉の羅列がそこにはあった。
 この言葉に興津さんは傷ついたのかもしれない。
「興津さん、もしかしてコメントできついのあった?」
 尋ねると、泣き声が止んだ。いや、泣き声だけじゃない。まるで心臓までもが止まってしまったように静かだ。
 その静かさは、反動だった。
「なんであなた達は平気でいられるんですか!」
 蛍太さんは急な興津さんの手に倒される。興津さんがあげた顔は、流れたメイクで黒く、幽霊のようだ。
 興津さんはどこかに歩いて行く。俺も蛍太さんも追いかけることができない。
 ここで上手に追いかける方法を知ってるなら、配信なんかしてないと思う。

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鳥居図書館
鳥居ぴぴき 1994年5月17日生まれ 思いつきで、文章書いてます。