【長編小説】異精神の治し方「合法処刑」.6
そして決着はすぐについた。タナカの頭上から雨が降り注ぎ、それを浴びたスーツを着た犬は皮から溶けてしまった。
それでお終いだ。
スーツを着た犬が溶けてなくなると、異精神者は呆けた表情になる。
タナカは急に興味をなくしたようで、笑顔は消えていた。
予定通りの時間にお昼ご飯を食べることになった。イレギュラーは起きたが、対処は簡単に済んだと言うことだ。
「一人目の処刑人はどうなったんでしょうか」
私はルルさんに聞いた。手には私と同じく海老フライ弁当を持っている。
「契約上は合法処刑人が処刑能力を失った場合は解約となって、一般人としての生活に戻ります」
「そうなんですか。だったら少し安心です」
「安心とは?」
「いや、なんかこう秘密を守るためにそのまま合法処刑されるのかなとか、思ったりして」
「それはありません。けれど、合法処刑の失敗はそれ自体がほとんど死を意味しますから、あっても無いような契約です」
「あー」
聞かない方が良かったなと思った。
「合法処刑人が完治することってあるんですか?」
「それはあり得ませんね。そもそも、合法処刑の力は異精神のように病気ではありませんから。完治した後とも言えます」
「じゃあ、一度合法処刑人になったとして、元の生活に戻ることは無いんですか?」
「残念ながらね」
そしてルルさんが海老フライに口をつける。もぐもぐしていると視線が動いた。私の後に誰かいるらしい。その人の声がした。
「残念とは」
振り返ると、白い髪をした人がいた。先ほど合法処刑を済ませたタナカだ。
「あら、自覚の無い処刑人さん。お仕事は?」
ルルさんは少し怒っているように見える。合法処刑人がうろうろしているのが気に触るのだろう。
「休憩中。残念とは」
「一般人の感情で言っただけです」
「そうか」
私は置いてけぼりを食らう。
「あのー、どう言うことですか?」
「彼らにとっては残念では無いってこと。合法処刑をすること自体が彼らの生きる意味。そう思えることが合法処刑人になる為の適正なのかもしれないんだけれど」
確かに、二人の処刑人を見た感じでは、少なくとも合法処刑に対して不快な感じを示してはいなかった。
どんな表情をしていたのか思い出そうとしていると、タナカが私の前に身を乗り出し、そのまま去っていった。
「何をしにきたんですかね」
「お腹が減ったんでしょう」
「え? あ!」
私の海老フライが消えていた。
私は海老フライの悲しみを感じている間に、次の合法処刑が行われた。タナカは最も簡単に、そして呆気なく異精神者の本質を溶かす。
それで今日の合法処刑は終わった。
あっという間に仕切りの中の人達は各々の場所に戻っていく。中はすぐ閑散とした。
「全員が出ていくのを確認したら私たちも行きましょう」
ルルさんはただでさえ仕事が多いのに、こういう最終確認の作業もしていてとても大変そうだ。
椅子や机の場所を戻したりしているうちに皆んな出ていった。陽は暮れ始めている。
「行きましょう。ちゃんと鍵を閉めてくださいね」
仕切りから出て入り口のカーテンに南京錠を掛ける。合法処刑人が変わるというアクシデントに見舞われながらも、予想通りに今日の合法処刑は終わった。
夕日を浴びながら自室のある校舎に帰る。ルルさんは今回の処刑人のイレギュラーの報告書を書くためにまだ休めないようだ。
こんなに大変なことが毎年行われている。ルルさんはいつ休めるのだろうか。
「ルルさん、合法処刑になる人は後何人いるんですか?」
「今年はあと二人。次は四日後ですね」
「じゃあちょっとは休めるんですか?」
「いえ、むしろ忙しいことが多いんです。合法処刑人はそもそもが変人ばかりだし、このインターバル期間は気性が特に荒くなります。ですから無駄な仕事を増やされることが多いんですよ。特に今回の処刑人は自覚も足りないですし」
さっき、海老フライを食べられたことを思い出した。確かに、問題は多そうだ。
「それならまとめて終わらせた方がいいんじゃ無いですか?」
「いえ、それは出来ません。合法処刑人の体力が持たないんですね。かつての記録に残っています。それで今の体制になりました。一日に三回、それから三日は休息が必要なんです。一日一人を一日の休み置きにしていた期間もあったようですか、これは合法処刑人のフラストレーションが後半になるにつれ高まり、先ほど言った無駄な仕事が異様に増えたようです」
「一筋縄ではいかないんですね」
それから、かつて起きた無駄な仕事の話、例えばこの学園に蓄えられていた食料が食いつくされてしまったり、はたまたセラピストと喧嘩をしたり、その逆だったりのいざこざの話を聞いていると、校舎についた。
夕日に赤く染まっている。
校舎内で別れた。
「では、ゆっくり休んでください。明日はまた私のところにまず来てください。そこで仕事を与えますので」
「はい」
ルルさんは急ぐわけでもないが、これ以上の無駄は許さないような足取りで去った。
私も自分の部屋に向かおうとすると、そこに見覚えのある人物が立っていた。
タナカだ。
「どうしたの?」
とりあえず声をかけてみる。
「君に会いに来た」
これは、例のアレか。無駄な仕事、いざこざ。
じっと私は見つめられている。頭を抱えたルルさんの姿が脳裏を掠めた。