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【長編小説】配信、ヤめる。第1話「プロローグ」

 二発。銃弾を受けてからだった。遅すぎるくらいだったが、やっとのことで車の影に逃げ込む。
 ——カン、カカカ、カン。
 車体ごと俺を殺そうとしてる。そんな緊張状態でちゃんと思考がは停止した。
 銃声をBGMにしながら左右をキョロキョロと見回していると、チームメイトが隣を駆け抜けた。
「バブルさん、ここは攻めましょう。GOGO!」
 この状況で攻めるなんて。
「ちょ、ちょっと待ってください、無理です、ムリムリ!」
「バブルさん、声裏返ってますよ。早く援護してください」
 既に彼、gus6は飛び出している。
 あー、もう! 死ぬの覚悟で行くしかないか。
 意を決し飛び出す……、が時すでに遅し。
「バブルさん、俺、死んだ」
 gus6の声が聞こえた直後、俺の視界も真っ赤に染まった。

 ——エナジードリンクで喉を潤す。とんでもなく温い。七月とはこれほどまでに暑かっただろうか。
「バブさん遅いっすよ」
 バブさんとは俺、大島穣介のことだ。バブルから赤ちゃんみたいな呼び名に変わっていることにはツッコまない。
「あそこで飛び出すなんて、gus6さんぐらい上手くないと無理っすよ」
「違います。あそこで飛び出せるから上手いんです。なんてね」
 gus6はがゲラゲラ笑う。うるさいから音量を下げた。
 今プレイしてるのは、FPSのバトルロワイヤルゲームだ。俺は仕事を辞めてからは、辛い現実を見ないようにこのゲームにのめり込んでいる。
 一人称視点で銃を使いながら他のプレイヤーを倒し、最後の生き残りになるのが目的で気を抜ける瞬間がない。それが将来を考えないのに持ってこいだ。
 それに、今gus6としているみたいに、よく分からない人と気の使わない会話ができるのも良い。礼儀とか、お世辞とか、そういうことを考えなくて済むのは本当に楽だ。
「ところでバブさんって、動画とか上げてますよね?」
「……え!? あれ? 気づいちゃいました?」
 gus6が言ってるのは、承認欲求を満たすために上げたゲームプレイ動画のことだろう。
 自分でも驚くほど拡散された。アカウント名は動画の時そのままだから、気づく人は気がつくんだな。
「まじっすか。あの動画、くそ面白かったっすよ」
「これからも見ててくださいよ。俺はあれくらいじゃ終わりませんからね。フッフッフ」
 まあ、これくらいのことは予想できていたことだが。俺が仕事を辞めることが出来たのも、己に動画の才能があると見込んでいたからだ。眠っていた才能に自分でもビビっちゃう。
「バブさん、まじでそう思いますよ。ちなみにどこ住みっすか?」
 急にプライバシーな質問だ。ネットリテラシーってやつを知らないのかこいつは。
 しかし、待てよ。これはチャンスなのかもしれない。
 今のゲームプレイで分かったが、gus6はゲームが上手い。ここで仲良くならないのは悪手にも程がある。俺はプレイヤーでありながら戦略家でもあるわけだ。
「まずは自分から名乗るのが筋じゃないですかね」
「いいんすか? したら個人チャットの方で送りますよ。ほい」
 随分と軽く教えてくれるもんだ。個人チャットを開く。gus6のやつ結構近場に住んでるんじゃんか。世間は狭いな。俺も打ち込もうとするが、やはり躊躇する。
「もしあれだったら、別に教えなくても大丈夫っすよ。実は俺、もうそろ引っ越すんで住所のハードル低いんっすよ」
 ずる! 危うく騙されるところだった。でも、俺もここに永遠に住むわけじゃないし、教えても問題ないのでは。でも、ここ安いから変に引っ越しになっても困るか。
「そうなんすかー。だったら、しょうがないっすね」
 適当に相槌。
「バブさんなにがしょうがないんすか〜。てか、どっか遊びに行きません? 俺どこでもいいっすよ?」
 最近はこんなふうに実際に会うのが普通なのか?
 高校を卒業してすぐに社会人になった俺は、すでにこんなにも時代に取り残されていたのか。衝撃だ。
 てか、俺ってもう二十三歳か。こんな年齢の男がネットで会った人と実際に会うって、常識的にどうなのよ?
「ところで、gus6さんはいくつなんですか?」
「二十四っす」
「年上じゃないっすか!」
「年下! まあ、同い年みたいなもんっしょ!」
 ふーん、随分優しいじゃん。やはり会社の先輩とは全然違うな。
 エナジードリンクを飲み干した。
 うん。やめよう。いくらゲームがうまい人だからって会う意味なんてないさ。俺は俺のやり方で有名になる。それでいいんだ。
「まあ、gus6さん。また機会があったら遊びにいきましょう」
「あれ? 遊びいかない流れ?」
「また今度にしましょう」
「そうか。分かった。んじゃ、またよろしくなー」
 ゲームを閉じた。ヘッドセットを外す。
 空になったエナジードリンクの缶を捨てに行く。部屋がいつも以上に殺風景に見えた。
 仕事をやめてから既に二週間経っている。すでに七月の半ば。ジリジリと減っていく貯金のせいでエアコンをつける余裕もない。今は、ギリいけてる。あと一週間もすれば耐えられなくなる。
 いや、違う違う。一週間もあればネットで有名になるのなんて簡単さ。
 でも、どうやって? 動画は仕事をやめた勢いで三本撮った。でもそれは二週間以上も前の話だ。
 結局、俺は何をできるんだろう。
 途端に、さっきのgus6の誘いを断ったのが惜しくなってくる。すっぱいぶどうだ。なにか、とんでもない誘いを断ってしまったんじゃないか。ネットで有名になりたいのなら、あれくらい誘いは@乗れないとダメなんじゃないか。
 コンビニに飯を買いに行く以外に部屋から出てもいないような俺なんだ。
 空き缶が山積みになったゴミ袋を閉め、またゲームをつける。
[gus6さんへ。やっぱ遊びにいきます。最寄り駅まで行きますよ]
 五分くらいの時間をかけた文面だ。しかし返事は早い。
[おk]
 拍子抜けするほどあっけない返事だ。
 待ち合わせは明日とかなり急に日付が決まった。
 けど、俺はワクワクしていた。何かが動き出すようなそんな気分だ。

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鳥居図書館
鳥居ぴぴき 1994年5月17日生まれ 思いつきで、文章書いてます。