【長編小説】配信、ヤめる。第15話「ネットの海に沈んだアルハレを探せ!」
映画のラストはよく分からなかった。けど、圧倒される何かが有る。
そう俺が感想を漏らす。
「あー、もしかしたらバブルさんの配信見てる時って、僕は同じような気持ちになってるかもしれません」
碓氷の言葉は褒めているのだろうが、なんとも納得しがたかった。
通知が鳴った。
[ポップアップ公式配信開始!]
碓氷のスマホも通知が鳴っている。おそらく同じのを見ているはずだ。
複雑な気持ちだ。俺が出るはずだった公式配信だろう。せめて伊崎さんは継続しててくれと願った。
「秋葉、ポップアップの公式配信見よう」
碓氷が言うと同時に秋葉は動き出す。
配信準備中と文字が出ている。そしていつものように低予算丸出しの画面が現れた。
伊崎さんがそこに映っている。良かった。
「始まりましたー。貴方の暮らしをアップ!」
コメントが流れる。が、アラシは少ない。やはりポップアップは厳重なコメント管理がされている。
内容は、この前発売したゲーム[pure]の実況プレイだ。
「このゲームを私がプレイしていきたいと思います! ちなみに、今回バブルさんは諸事情でお休みです」
「ええ!」
どう言うことだ? 俺は休み?
「バブルさん、凄いですね。出禁になってもおかしくないのに」
秋葉も驚いている。つまり俺はまだ公式配信のレギュラーメンバーということだ。
伊崎さんか、足立さんが何か動いてくれたのか。胸が熱くなる。
俺は申し訳ない気持ちと、燃えるような気持ちを抱きながら放送を見た。三回、伊崎さんは俺の話をしていた。
放送が終わった。なぜか碓氷が泣いている。
「バブルさん、愛されてますね」
業界に詳しい碓氷は俺よりも感じることがあったのだろう。
俺にはポップアップがある。ちゃんと帰ってこられる場所がある。それはとても心強い。
興津魅桜が居たのは蛍太さんの実家だった。事件があってから住み込んでいるのだと言う。俺から連絡を入れるとそう言った内容の返信が来た。
秋葉に車を出してもらい向かう。碓氷も車に乗って来ていたが、着いては来ない。二人は残った。
俺一人で家に向かう。インターフォンを押すと、興津さんは迎えに出て来た。
「久しぶりです。私、バブルさんがまた配信するなんて思ってませんでした」
会って早々に配信のことを口にする。
「まあ、そう思うよね」
興津さんの様子はずいぶん落ち着いて見える。かつて赤ちゃんの死体を見つけてしまった時とは全く違う。が、目は全く合わせようとしない。
次に蛍太さんの母が来た。
「この度はご愁傷様です」
「ありがとうね。さ、入って」
俺は玄関を跨いだ。
前に来た時と何も変わらない。驚くほどに何もかもが。
テーブルにつく。三人で向かい合った。
「大島くん、ごめんね。責任なんて感じなくていいから」
蛍太さんの母が言う。まだ、自分のことで手一杯のはずなのに、こういう言葉をかけさせてしまっているのが情けなかった。
「いや、感じさせてください。責任。俺、それでいいんです」
「そうなの。なんだか、蛍太が始めたことに貴方たちを巻き込んでしまったから……」
「それこそ、責任なんてありません。これは、俺自身が始めたことなんです」
蛍太さんの母は、大きく息を吐いた。そして微笑んだ。
「じゃあ、私に出来ることは見守ることだけだ」
言った後にどこかに電話をかけに行ってしまう。身内と葬儀についてのことを話しているんだろう。
興津さんは話し出さない。
「積木ちゃん」
呼んでもこちらを見ようともしない。それでも、俺には興津さんに伝えておかなくてはならない。アルハレに会いにいくと。
「俺、アルハレに会いに行こうと思うんだ」
目を合わせないが、そのまま返事がくる。
「私、分かってますから。別にバブルさんが嫌じゃないんです。バブルさんのせいにしてしまう自分が嫌なんです」
一枚の紙切れを渡される。
「私、もっと普通に渡そうと思ってたのに、実際に会ったらやっぱダメです。それ、あげます」
興津さんはそうしてから席を立って二階に行った。一瞬目が合った。
車に戻ると碓氷が真っ先に聞いてくる。
「積木ちゃん、大丈夫でしたか?」
「きっと大丈夫。ほら、お土産も貰ってきた」
紙切れにはSNSとアカウント名が書かれていた。下には、[アルハレが使ってる古いアカウントです]と興津さんらしい字で書いてある。
俺がアルハレに会おうとしてることになぜ気づいていたのか。疑問を呟くと秋葉が返事をした。
「知り合いの作曲家の曲を聴いたりすると、何を考えてるのか少しだけ分かったりするんです。興津さんもバブルさんの配信を見て何かを感じ取ったのかもしれません」
貰ったアカウントについて調べようとすると興津さんから連絡が来た。
[そのアカウント教えてくれた人、私の昔からの知り合いだから、配信に載せたりしないでね。一応、その人のアカウントも教えとく]
最後に笑顔の画像がついてきた。
アルハレの前のアカウントは学生時代らしい内容の投稿が多い。アカウント名は変わっていた。[この垢使いません]だ。
[疲れました。辞めます。仲良くしてくれた人ありがとう。一部の異常者のために垢を閉鎖するのは嫌だけど、サヨナラ]
それが最新の投稿だ。遡っていく。一個前に投稿に様子がおかしい所はなかったが、日付が空いているから当時に削除したのかもしれない。
[学校めんどい][だるい]「グッズゲット! 久々にアガった!」
あとはとても学生っぽい内容だ。崇めているアニメがあったらしい。他のアカウントからのコメントも多く人気もあるように見える。
ただ、学生の割に、朝も夜も関係なく投稿があった。
実際の知り合いらしき人もいた。アルハレの前のアカウントをフォローしている人を探ってみる。中には自身の通う学校名をプロフィールに載せている人も少なくないが、どれも地域も違う。これではアルハレの通っていた学校を特定することはできない。
「ネットで知り合った人とコミュニティーを築いていたんだな」
「僕、結構分かりますよ。こういうのって」
碓氷もアルハレの前のアカウントを見ている。
「ネットで知り合う友達のこと?」
「いや、そうじゃなくて、マイノリティのことです」
碓氷が言ったマイノリティとういう言葉がよく分からなかった。聞いたことはあるのだけど。
秋葉はそれを察したのか運転席から助言が飛んでくる。
「マイノリティとは少数派ですね。反対の多数派はマジョリティなんて言います」
「僕はほら、少数派だから、ネットで色々相談しますよ。まあ、アカウントを持って聞くのは怖かったんで匿名の掲示板でしたけど」
「アルハレは少数派なのかな?」
俺は聞く。
「このアカウントを見る限りはそうだと思いますよ。多分、不登校だし。現実では友達ができなくて、インターネットで自分を理解できる人を探したんだと思います」
一人部屋の中でパソコンに向かうアルハレを想像しようとした。だけど、暗い部屋にパソコンが光る部屋しか思い浮かんでこない。だって、俺はアルハレの性別も年齢も分からない。
マンションに到着する。秋葉は作曲があると防音室こもった。俺はアルハレの情報を集めていた。
しかし、さっきのアカウント以上に話が進まない。それは、当然だけど。少しアカウントを探ったくらいで済んでいる場所が分かるなんてあり得ない。
興津さんから聞いたアカウント、つまりアルハレの前のアカウントにことを知っていた人に連絡をしてみる。が、反応はなかった。
それまでの間、配信をしようと思ったが、何か違うような気がした。ふざけたくはなかった。
SNSを使ってコメントで交流することにした。もちろん、アルハレの居場所を探るためだ。
けど、直接[アルハレの住んでる場所探そう]とは言えない。脅迫じみた使い方はしたくないから。きっと俺がそういえば、みんな過激になってしまう。
ニュースでは蛍太さんの事件はそれほど長くは取り上げられなかった。犯人がすぐに捕まったからだ。
ファンとの交流をしていると、だんだんとアンチも集まってくる。あの事件をお祭り程度にしか考えていない奴らだ。
[バブルはヤラセばかりの配信者][大 島 穣 介][gus6をしに追いやったのにヘラヘラとリプ返なんて常識がない]
何も知らないくせにと思うが、相手にはしない。俺はアルハレに合うというもっと大切な使命がある。
アンチが送ってきた中で気になる記事があった。そこに飛ぶと、内容はテオティワランドでの配信のヤラセ疑惑だった。
[動画内に何度も映り込む女性の姿がある。スマホで撮影してるようにも見えるその姿は、バブルが仕込んだ[裏方]である可能性が高い]
その後に、生配信のスクリーンショットが何枚も続く。確かに、同じ女性が映っていた。
スクリーンショットは生配信の時系列通りに進んでいく。名無しちゃんのことを思い出した。顔が出てるけど、大丈夫なのか。そこで何か引っ掛かりを覚えた。確か、あの時、名無しちゃんが巨人像の中で倒れた時があった。あの時、確か……。
あの時、名無しちゃんを介抱していた人がいた。確かに、あの女性はスクリーンショットに写っているこの人だ。そして、あそこで俺たちが配信するのを知っていたのはアルハレだけだったはず。
もしかすると、この人がアルハレなのかもしれない。
「その可能性は大いにあります。もしくは、アルハレの関係者」
俺の考えを聞き、秋葉はそういった。
「でも、それでどうすればいいのかな?」
碓氷の疑問はその通りだ。けど、この糸口をなんとかこじ開けなければ。
黙って考え込んでいると、碓氷が言う。
「SNSで配信日当日の投稿を片っ端から見ていくのはどうですか?」
「碓氷兄さん、それは膨大な量の投稿を見るだけになるんじゃ……」
秋葉はあまり賛成ではないらしい。視線が俺にやってくる。
「やってみる」
すぐにその作業に取り掛かると、二人も無言で手伝ってくれていた。
日が沈み始める。四時間ほど投稿を観ていたが、全てを見ることは出来なかった。
「バブルさん、悪いことは言いません。これ以上は時間の浪費ですよ。まだ家を直接回った方がましです」
秋葉が呟く。大袈裟な物言いだが、確かにこれ以上探しても意味はなさそうだ。仮に重要な情報があったところでそれを判断することもできない可能性が高い。
「大体、アンチが言い出したヤラセなんて考察、それ自体が妄想なんじゃないですかね。こんなの無意味だ」
秋葉は相当ストレスが溜まっているのか、そんなことを言って防音室にこもってしまった。
「多分秋葉は作曲が行き詰まってるんだと思います」
碓氷は、いつものことですと付け加えた。
「でも、本当にこれがアンチの妄想だとしたら、手がかりがまた無くなっちゃいますね」
後は、興津さんが教えてくれたアカウントからの返事を待つだけだった。そしてアカウントを観にいくと、見れなくなっていた。関わり合いたくなかったのだろう。