見出し画像

【長編小説】異精神の治し方「合法処刑」.4

 ルルさんに別れを告げ台車を引きながら校舎に戻っていく。
 そのまま部屋に戻り貰った書類に目を通した。
 なんとなく予想はついていたが、二人は異精神者とセラピストのコンビだった。
 金髪のホスト風な男の名前はハヤト。こちらがセラピストだ。黒髪のバンドマン風な男の名前はソラ。こっちが異精神者だ。
 年齢を見てみると、二人とも十八歳。今年で十九になる。ハヤトが十一月でソラが九月。
 この夏が終わるまでに完治しなければ、合法処刑になってしまう訳だ。
 きっと、焦っているだろう。だからこそ、プール掃除にも参加してなにかきっかけを探していたに違いない。
 そのことを考えると、涙が出てきそうだった。カオルのことが頭によぎる。考えたくなくても考えてしまう。
 さっきの合法処刑場の椅子に座らされるカオルを想像した。向かい合うようにタナカが立っている。
 タナカは歩いて行って、いつの間にかヤゴみたいになったカオルを手に取った。当然のように指で押し潰す。
 我ながら悪趣味な空想だと思いながら頭を振った。

 夕暮れの廊下を歩く。ハヤトとソラが授業を受けているクラスに向かっていた。一応、この前のプールの手伝いをしてくれた挨拶をするつもりなのだけれど、授業自体は午前中で全て終了してるから、そこに二人がいるのかは微妙だ。
 教室につく。誰も居なかった。
 窓を開け見た。カーテンが風を含んで膨らんだ。
 外を眺めてみる。校庭には何人かの人が遊んでいた。いや、ただ遊んでいる訳じゃない。治療だ。全て、異精神を治癒させる為のきっかけ探し。
 一人一人見ていると、探している二人がいた。金髪と黒髪。キャッチボールをしている。
 二人とも意外とフォームが良い。
 目に入ると、ボールがミットに打つかる音が聞こえる気がした。
 ボールがミットとぶつかる。投げる動作全てがその音を出す為に存在しているようだ。
 どれくらい見てただろうか。陽が沈みかけている。その時、金髪の男がこちらを見た。ソラだ。
 手を振ってくる。別に隠れる必要もないので手を振り返した。ソラがハヤトに何かを話した。そして声が聞こえる。
「待っててください!」
 結構大きい声だ。私はそんなに声を出せる自信がなかったので、両手で大きな丸を作った。

 二人は直ぐにやってきた。
「その、プールの時は本当にごめんね」 
 ソラは直ぐに謝ってくる。
「それはもう大丈夫ですよ」
 そういうとソラはニコッと笑う。
「ありがとう。えー、名前って聞いてましたっけ?」
「ニーコです」
「ニーコさんね。僕はソラ」
 目を細めて笑う。
 隣のハヤトも自己紹介をした。こっちは書類で見てはいるが、あまりそういうことは口外しない方がいいんだろう。
「ハヤトです。この前はお騒がせしてすみませんでした。それと、途中で投げ出してしまったのも申し訳なかったです」
「いえいえ、むしろそこは私の方こそあまりお礼もしないで終わっていたので、ちょっと心残りで」
「それでここに居たんですね」
「はい。二人を探してました。これどうぞ」
 購買で買ったショートケーキを二人に渡した。
「おわー、甘いの好きっすよ」
「良かったな」
 ソラが言い、ハヤトが直ぐに返事をする。
 二人はとても穏やかに見える。だからこそ、疑問に思った。
 なぜ、ソラは完治していないんだろう。
「あ、そういえばニーコさん」
 ソラが話す。ハヤトが少し緊張した様に見えた。
「なんですか?」
「この前の白髪と話した?」
 変な違和感。ハヤトの感じが特に変だ。だから、嘘をついた。
「全然。何も話してませんよ」
「そっかあ」
 いつの間にか陽が暮れていた。
 ハヤトがソラの背中を叩いた。
「ニーコさん、ケーキありがとうございます。もうそろそろ自分ら帰りますんで」
「はい。お疲れ様です」
 さっきの妙な空気感は嘘のように消え、二人は帰っていった。廊下から談笑する声が聞こえてくる。
 そしてまた思う。なぜ、完治しないのだろう。
 しかし、セラピストでもない私には全く見当もつかないことだった。

 帰る途中に委員会室を覗くとルルさんがまだ仕事をしていた。
「お疲れ様です」
「あれ、ニーコさん、何をしているんですか?」
「私はちょっと野暮用で。それよりルルさんこそ、仕事しすぎですよ」
「うーん。ちょっとね。難しい仕事じゃないけど、時間がかかる仕事だから」
 私は話を聞きながらお茶を淹れる。
「ハヤトさんとソラさんに会ったんですか?」
「え、もしかして見られてました?」
「いえ、なんとなくそうしてるだろうと思ったんです。会ってみてどうでした?」
「まあ。別に」
「そうですか」
 お茶を差し出すとルルさんは音をたてずに飲んだ。
「ニーコさん、一応忠告しておきますが」
「はい?」
「貴方はセラピストではありません。そこはしっかりと理解しておいてください」
「分かりました」
 返事をしてお茶を飲んだ。かなり濃く作ってしまっていることに気がついた。
「では、おやすみなさい」
「ルルさんも早く休んでください。おやすみなさい」
 委員会室を出る。パソコンのキーを叩く音が聴こえた。

鳥居ぴぴき 1994年5月17日生まれ 思いつきで、文章書いてます。