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【長編小説】異精神の治し方「合法処刑」.2

 プールの掃除は夕方に終わり、委員会室に戻ると頭を抱えたルルさんがいた。
「どうかしたんですか?」
「いや、大丈夫です。それよりプール清掃お疲れ様でした」
 コップに注がれたサイダーを渡される。
「ありがとうございます」
 一口だけ飲もうとしたけど、一気に飲みきってしまった。美味しい。
「結構、時間が掛かってたみたいですけど、何か問題はありませんでしたか?」
「ええ、あー」
 二人が途中で帰ったことって、報告するほどのことなのか一瞬考えたが、一応伝えることにした。多分、あの二人はセラピストと異精神者だと思うから。
「二人が帰ってしまって」
「そうなんですね。何故ですか?」
 その時のことを思い出してみる。白い髪の彼を見てからだ。
「あの、小柄な方がフードを外したのを見て、だと思います」
「フードを外した?」
 ルルさんがぴくりと動いて、私の次の言葉を待つ。
 何か、よくないことなのは、いくら私でも気がついた。
「あのー、はい。掃除中にフードが濡れて、それが嫌だったみたいです。あの白い髪の彼」
 ルルさんはまたまた頭を抱えた。
「アイツ、自覚が足りないんですよ。全く」
「自覚っていうのは?」
「ああ、ニーコさんは知らないんでしたっけ。まあ、早かれ遅かれ知ることになると思うので教えておきますね。白い髪は合法処刑人の特徴です。彼の名前はタナカと言います」
 合法処刑人。完治することのなかった異精神者の処分をする者。カオルのことが頭に浮かぶ。いつか、タナカはカオルを合法処刑するのだろうか。
 想像がつかなかった。
「あんまり、知りたくなかったかもしれないです」
「ですよね。沼田記念学校にいる限り、自分、もしくは友人が合法処刑になる可能性を持っている。だからこそ校内ではその特徴が分からないようにしてもらってるんです。けど、まあ、合法処刑人は変わった人が多いですから、あまり言うことを聞いてくれません。タナカはまあ聞き分けのいい方でしょう。パーカーを着ては、くれた訳ですから」
 白い髪の彼は合法処刑人。あの二人組はそのことに気がついたんだ。じゃあ、なんでバンドマンみたいな人は嬉しそうにしていのか。奇妙だと思った。
「ニーコさん? どうしたの難しい顔して」
「あの、今日プール清掃に来ていた人って誰だか分かりますか?」
「分かりますよ。どうしました?」
「一応、今日のお礼をしようかと思って」
「律儀ですね。分かりました。調べておきます」
 ルルさんはそう言って時計を確認した。
「もう随分遅くなってしまいました。ニーコさんも休んでください。では」
 私は委員会室を出た。ルルさんはまだ残っていた。

 夢を見ていた。岩に囲まれていた。見覚えがある。確か、私の境界治療中に訪れたオアシスだ。
 実際にこんな場所は存在していなかった。私が境界治療中に妄想で作り上げた場所だったらしい。
 そんな洞窟の中で坊主の学生がちょうどいい場所で筆記用具を広げて勉強している。
「ニーコさんですね。お久しぶりです」
「はあ、鹿口さんでしたっけ?」
「はい。覚えていてくれたんですね」
「もちろん」
 声が洞窟で反響する。
「所で、本日は合法処刑人に出会ったようですね」
 なぜ知っているのか不思議に思うが、私の夢なので当然だ。鹿口さんも私が無意識に生み出した人格のだろう。
「ニーコさんは、合法処刑を見たことありますか?」
「いや、なんかこう、残酷だとは思います」
「なるほど」
 鹿口さんは鉛筆を唇にあて何かを考えている。
「でしたら、見に行ってみてはいかがでしょうか。今の季節は夏。合法処刑が始まる時期です。それに、カオルさんを助ける為には、異精神について様々なことを学ぶ必要があると思います」
 そこで目が覚めた。
 汗をびっしょりとかいていた。
 まさか、夢の中で合法処刑の見学をお勧めされるとは思ってもみなかった。正直みたくはない。それは、カオルに訪れる最期を見てしまうような気がするからだ。
 しかし、夢は自分の深層心理を映し立つこともある。私は心の深い所で合法処刑を見ておきたいと思っているのかもしれない。
 よく分からないまま、憂鬱な朝の準備を終わらせて、委員会室に向かった。

 部屋ではルルさんが頭を抱えている。
「あ、ニーコさん、おはようございます」
「おはようございます。どうしたんですか? なにか困っていそうな感じで」
「うん、大丈夫。問題ないよ」
「そうですか」
 と言いながら、ルルさんの手元の資料を盗み見ると、合法処刑についての書類が置いてあった。
 白い髪の男が乗っている。タナカとは違う人だ。
「この方も合法処刑人ですか」 
「はい。ちょっと問題が起きてね」
 すぐに資料を引き出しにしまった。
 夢の中での鹿口さんの言葉を思い出す。もっと、異精神のこと知らなくてはいけない。
「あの、ルルさん」
「どうしたの?」
「タナカさんって、今どうしているんでしょうか」
「知ってどうするの?」
「合法処刑のことを聞きたくて」
 私が言うと、ルルさんは少し迷ってから、また資料を取り出した。
「もし、ニーコさんが合法処刑のことを知りたいのなら、私の仕事を少し手伝って貰えないでしょうか。もちろん、合法処刑に関わる問題です」
「お願いします」
「手伝ってくれる人がいると私も少し安心できます」
 そう言ってルルさんが微笑んだ。

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鳥居図書館
鳥居ぴぴき 1994年5月17日生まれ 思いつきで、文章書いてます。