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【短編小説】ラストライブ(殺し屋シリーズ)

ラストライブ
 七瀬亜希子。彼女は今、日本全国を飛び回る人気ミュージシャンだ。
 年はまだ十八歳。高校卒業後、すぐにメジャー契約を決めた。
 彼女は、ただ歌が上手いミュージシャンとは一線を画している。
「七瀬、メジャー契約がなくても伝説になってたはずだよ」
 そう語るのは、七瀬をスカウトした張本人である、織田龍だ。
「一言でいえば、七瀬はぶっ飛んでる。こういうと、嫌がるんだけどな。ま、今は本人がいないから」
 織田は七瀬に関する雑誌のインタビューを受けていた。その時、七瀬はというと、ツアーの真っ最中で、ライブハウスや学園祭を飛び回っていた。

add9
 殺し屋、add9。もちろん、add9というのは、コードネームだ。
 適当に入ったスタバで依頼書を読んでいた。add9は学生の頃からスタバで勉強をするのが向いていた。
 しかし、行きつけの店を決めることはなかった。適当な場所にあるスタバに入る。それがadd9のやり方だ。
「文化祭の女王、七瀬亜希のバンドメンバーである天野仁の処理、か」
 重要な場所は小声ではあるが声に出す。そっちの方が集中できた。
 add9は今までの三人を処理している。全ての依頼は身内から受けていた。。
 今回もだ。高校時代の友人、佐野健吾からの依頼。彼は今二十六歳。七瀬亜希が率いるバンドのメインギターをしている。
 その彼が、自らと同じバンドのメンバーである天野仁を殺してほしいと願っていた。

ラストライブ
 彼女がライブハウスを回る時、事務所に選ばれた人を採用することはなかった。
 彼女自身がライブハウスに出向き、そこでスカウトに近い形でメンバーを採用した。
 メンバーは全員が年上だったが、七瀬は物怖じする様子なく、毅然とした態度でメンバーになる彼らに声をかけた。
 採用前の時点で、メンバーたちには、出してほしい音のイメージや、改善して欲しい点を箇条書きにして配った。嫌がる人は全て落として、やっと今のメンバーが集まった。
「これでいいんだ」
 七瀬は、地方のホテルでタブレットと睨み合いをしながら呟く。
 彼女の作曲スタイルは、楽器を用いらない。アプリに内蔵された音源で、デモ音源と言われる簡単な状態を作り、その後でメンバーに演奏してもらうのだ。
 彼女が作ったデモ音源は七瀬のアカウントからネットに更新される。この音源の方を好むファンも大勢いて、作曲だけでなく、編曲スキルの高さも評価されていた。
 他、動画作り、歌詞、拡散のテクニックも持ち合わせている。織田が契約がなくても伝説になっていたというのは、この辺りを評価しているからだ。

add9
 七瀬って奴は、元々知っているくらいの有名な女だ。
 add9はそう思うと笑みが込み上げた。彼は殺し屋という職業に並々ならぬ誇りを持っている。
 美意識。それがないと三流の殺し屋にもなれやしない。彼の口癖だ。
 必要な知識は際限がなく、行うべき行動に限界がない。そしてその先にあるのは一人の人間の死。
 彼は殺しで身体が震えるほどのカタルシスを感じるのだった。

 今日が文化祭の当日だ。add9は落ち着いていた。むしろ、日が近づくに連れてadd9の気持ちは冷めていく。思考がクリアになっていって、自分が冷たい一本の線になるような感じがしてきて、それがadd9の快楽だった。
 文化祭。果たしてどんな服装で行こうか。どんな凶器を使おうか。どんな風に逃げようか。
 鏡の前に立ってみる。自分では見た目がいくつに見えるのか分からないが、年齢確認をされるくらいなのは知っている。
 それでも、もう一息、大学生らしいポイントがいるだろうと、考えを巡らせた。
 それと、殺害方法も悩む所だ。足が付かないように毒を使うか、嫌、偶然を装って高所から落とすか。
 しかし、考えれば考えるほど今回の依頼はマガママで、それゆえにリスキーだ。
 聞いたところによると、今回のライブがツアーのファイナルらしい。そこで、バンドも解散になる。発表こそしないが、後日解散になるらしい。だからこそ、佐野健吾はその日に天野仁を殺害したいのだ。
 佐野は会った時にこう言っていた。
「なあ、七瀬は絶対に俺のものにしてやる。俺、告白したんだ。七瀬に。けどよ、アイツはダメだってな。俺のこと、嫌いじゃないけど、ダメなんだって。それで言うんだ。天野がいるからってさ」
 七瀬は、天野にも言い寄られている様なのだ。そして、その強引なやり方に嫌気がさしている。けど、それを断れない由々しき理由があるらしい。
 天野を殺してしまえば、その不安から逃れられるし、と佐野は言うが、本当の目的が手に取るように分かる。弱っているところに手を差し伸べて、付き合いたいとか、そんなところだろう。
 そのくだらない痴話で人が死ぬ。最高だ。

ラストライブ
 ギタリストの佐野は緊張していた。いつもとは違う。この緊張感は、あの依頼をしたことが理由だ。
 まさか、同じ高校の人間が殺し屋になっているだなんてな。誰だか分からなかったが、そういう影の薄いやつの方が殺し屋という職業に向いているんだろう。
 いつ、どこで天野が死ぬのか。それは教えてくれなかった。しかし、七瀬のことを考えると、早く死んで欲しいとだけ思った。
 大体、天野がどんな人間のかよく分かっていない。七瀬が集めたメンバーとして一緒にバンドをしているだけだからだ。まあ、ギターのセンスはあるっちゃあるかもしれないが。

add9
 殺しのチャンスは、やはり楽屋入りの時間だ。混乱を避ける為に、ライブを行う体育館から離れた棟が楽屋になる。
 もう一つのチャンスは、音響チェックのタイミング。どうやら、元々仲のよくないらメンバー達は別々に音の確認をするようだ。
 場所は楽屋の棟の近くにある小屋を使う。現場を直接使いたいのにと佐野は愚痴っていたが、他の見せ物があるせいで自由に使えないという。だから、代わりの場所で確認をするのだ。
 今回は毒殺を考えていた。飲ませるだけ。誰も見ていないタイミングで。
 髪の毛を赤色に染めた。もし見られた時にはその方が記憶につきやすい。もちろん、逃げる時には黒髪に戻っている。根本は染めない様に手を加えていた。逃げる時には黒い髪に変わっていると言うわけだ。
 マッシュルームカットの髪型も、丸坊主がら程遠い印象を与えることができるだろう。
 盗んだ自転車で大学近くの駅に行き、乗り捨てた。そこから周りの学生たちに紛れて進んでいく。行列が出来ていた。
 校内に入る。とても騒がしい。浮かれた調子の学生達がそこで自分らしさを表現していた。しかし、人を殺してきたadd9にとっては、くだらない。
 持ち物は小さな肩掛けの鞄だ。これもどこかに捨てる。
 一流の殺し屋は所有しない。己の肉体と知能だけを信じている。
 人混みは避けずに歩く。そして七瀬たちが控える楽屋の棟にやって来た。
 人はまあまあいる。これは好都合だ。誰もいないよりは。
 もう、メンバーは入っている筈だが、そんな雰囲気はない。人集りが出来るのを避けている。
 ざっと辺りを確認してから、侵入することにする。非常口からだ。
 百円均一で買ったネームプレートを首から下げる。そして、スマホで通話をしているフリをしながら非常口を開け中に入った。
 入って廊下に出た。意外にも、すぐ近くに人が居た。一瞬、何か言われるかと緊張が走ったが、相手はネームプレートを見ていた。
「こんにちは」
 挨拶をする。黙ったりすると逆効果だ。相手はネームプレートをしていないし、そんなに重要ではない関係者なのだろう。
「え、ああ」
 相手はそれだけ言って小走りで去っていった。妙な奴だ。
 棟の中を歩く。スマホで通話しているフリをしながら。
 二階は運営のメンバーが慌しく準備をしていた。取り敢えずそこはググり抜け三階へ。
 静かだ。歩いてみると、ドアの前に名札が入っていた。
『天野仁』
 居た。メンバー達は別々の部屋だが、すべて隣り合わせになっている。何くわぬ顔で往復してから、一旦トイレに入った。
 今回のやり方を改めて確認する。
 部屋に入ってから打ち合わせと称して話をして、その隙に差し入れの水を飲ませる。もしくは、飲みかけの飲料に毒を混ぜてもいいだろう。
 期待に胸が弾む。

ラストライブ
 七瀬はライブの前に緊張をしたことがない。思えば、人生で緊張したことがなかったかもしれない。
 むしろ、メジャーデビューをしてツアーを回る様になると余計に緊張なんてしなくなっていった。
 みんなの前で歌を歌っていると、工場でベルトコンベアから流れてくる製品をチェックしている様な錯覚に陥る。
 繰り返しだ。
 退屈だった。歌を歌い、曲を作る。それはが向いているのは知っている。けど、刺激が欲しいとも思っていた。
 今回は、バンドのメンバーに何か変化が起きてくれればと、そう祈っていた。

add9
 トイレから出て天野の部屋の前に行こうとすると誰かがやってくる。部屋に入る瞬間は目撃されたくないと思い、またトイレに戻る。
 同じことがその後二回起きた。不審に思い、今度は陰から覗く様にして様子を見てみると、やはり、定期的に人が現れては退く。
 それも、同じ人。多分、三人。もしかすると、すぐにメンバーの様子を確認するための人を確保しているのかもしれない。
 まずいな。そんな不安が浮かんだ。すると、add9は冷めていく。
 鞄から砂を詰めた袋を取り出す。ブラックジャックと呼ばれている凶器だ。外傷が少ないが殺傷性が高い。。それと、クロロホルム。これはハンカチに染み込ませて眠らせる。
 様子を伺っていると、佐野が部屋から出て行くのが見えた。どうやら、音の確認が始めるらしい。
 後をつける。待っていればその内天野がやってくるだろう。ここにいても、チャンスはない。

ラストライブ
 佐野は焦っていた。なかなか天野が死なない。事前に聞いた話だと、ライブの前には済ますということだった。だが、焦るわけにはいかない。
 不安を抱えながら、音の確認。ギブソンの枯れた歪みが鳴る。良い音だ。
 そして、段々と気持ちが冴えてくる。あれ? なんていうか、別に天野が死ななくても良いかもしれない。
 七瀬に振られたショックで処理落ちしていた脳は、慣れ親しんだ爆音のギターによって再起動した。
 けどまあ、死んでもいいか。
 そして、無責任にギターを鳴らす。ギタリストとは、総じてそういう人間にしかなれない職種だ。

add9
 彼は少しだけ焦り始めていた。佐野を追いかけてみると、さっきの楽屋の前でフラフラしてた人達もついてきているからだ。
 一度姿を見られていることもあり、かなりまずい。しかし、それでも天野を殺す。彼は興奮していた。もはや快楽殺人者と呼べる。
 天野が音のチェックにやってくるのを待とうと思ったが、別のアイデアを思いつきまた楽屋に向かった。

 佐野の部屋でadd9は待った。やって来た佐野は一瞬驚いたが、すぐに表情を戻す。
「何のようだ?」
「天野の件だ。どうやら思ったよりも警備が厳しい」
「そうか。あの、実はさ」
 add9は何となく嫌な予感がした。そして、躊躇なくクロロホルムを染み込ませたタオルで佐野の口を覆う。
 驚いてはいたが、声を出さずにその場に眠った。
 こいつ、俺の殺人を邪魔しようとしていたな。直感がそう告げていた。
 一応目が覚めた後にも動けないよう近くにあった布で縛った。
 後は、自分の能力を最大に発揮するだけだ。

ラストライブ
 七瀬はライブ前の異様な雰囲気にワクワクしていた。よし。これが求めていた感じだ。
 メンバー全員が舞台袖にが集まっていない。一応、準備はできてると文化祭の委員には聞いている。
 私から声をかけるのが良いんだろうが、それは出来ない。
 何故なら、全員振っているからだ。それも、他のメンバーに嫌がらせされていると嘘をついて。
 今回のツアー、メンバーが全員魅力的で、少しちょっかいをかけていた。全員が私に好意を持っているのが分かって来て、それすらくだらなく感じていた。
 だから、告白されそうな状況を作り、全員に因縁を持たせてみた。
 意味があるのかないのか、それは今日の音で決まる。
 そして、ラストライブが始まった。

add9
 佐野の服を奪い帽子で髪を隠した。
 ライブ開始ギリギリで着くように調整してステージに乗り込んだ。なぜか、俺以外のメンバーも同じように。
 音が鳴る前にすぐにブラックジャックで天野の頭を叩こうとする。しかし、天野はドラムに向かって刃物を光らせていた。
 ドラムはベースに向かってナイフを向けている。
 意味が分からなかった。

ラストライブ
 天野は、後輩の芦屋学にある男を殺すように命じていた。勿論、七瀬に振られた腹いせにである。標的はドラムの稲沢海斗。
 元々イケすかないと思っていたのだ。だから、ほとんど俺を崇めている芦屋に殺させる。
 芦屋学は二つ返事で承諾した。

 稲沢は、弟の稲沢愛斗にある男を殺すように命じていた。勿論、七瀬に振られた腹いせにである。標的はベースの多田寮だ。
 元々嫌いだったあの男は、七瀬に嫌がらせまでしていた。許せない。
 稲沢愛斗に断る術はなかった。昔から、海斗の暴力は命の危険に迫るものだったからだ。

 多田は、セックスフレンドの笹崎遥にある男を殺す様に命じていた。勿論、七瀬に振られた腹いせにである。標的はメインのギタリストの佐野健吾。
 元々音楽性が合わないとは感じていたあの男は、七瀬に嫌がらせまでしていた。不愉快だ。
 笹崎遥は詳しいことは何も聞かずにやることに決めていた。恋人の願いだから。

 こうして雇われた四人は各々が楽屋での殺人を画策するが、各々が監視が厳しいと感じ断念。
 次に音出しを狙うが、先ほどの監視がついて来ていると思い、各々が断念。
 そして各々が話し合いのすべ、替玉でステージに出て、そこで殺すという作戦に出た。
 add9以外は、警察に捕まったって良いと思っている。

add9
 一人が俺を拳銃で狙っていた。
 久々にadd9の頭は熱くなっていた。
 ばん。
 銃声が鳴った。客が全員逃げ出す。幸い弾は当たっていなかった。その混乱に合わせてadd9は駆け出していた。
 イカれたバンドメンバーだ。
 そう思いながら。

ラストライブ
 後日、七瀬は語る。
「解散するつもりだったんだけどやめました。あんなメンバー二度と集めらないですよ」
 七瀬は、とても満足していた。

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鳥居図書館
鳥居ぴぴき 1994年5月17日生まれ 思いつきで、文章書いてます。