「悔いはありません」は嘘です
「悔やむ」というのはよくないこととされていて
「悔いなし」というと、何と潔いと思うけれど、
「悔いなし」なんてことが本当にあるのかしら、と思う。
必ず悔いは残る。
悔いは残らないといけないと僕は思う。
残るから「次はこうしよう」と思うのであって、
「悔いなし」なんてのは、多分、ない。
スポーツ選手が2位や3位になって
「自分を出し切ったので悔いはありません」
というのを聞くことがあるけれど、それは「ない」と僕は思う。
「悔い」は人生にはつきもので、
それをまず「肯定すること」から
一歩を踏みださなければならない。
「恥の多い人生を送ってきました」(太宰治)
「悔い」が次のステップの台になる。
僕も「悔い」ばかりの人生だった。
人生の選択を人生の分岐点を間違えてしまったことは
悔いが残る。
それにしても語源を調べると
何と「心」が「暗い」(毎は暗いという意味)となる。
心というのは実に〇〇○に似てるんだなあ。