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堕天と覚醒〜愛の深淵編〜

そう、
私は夫を試し続けていた。

まるで、
限界を知らない悪魔が、

無垢な魂を
地獄へと誘うように。

でも、彼は決して揺るがなかった。


あの頃、
私が酒に溺れ始めたとき、

彼は変わった。


私が壊れていくほど、
言葉はどこか遠く、
彼は静かになっていった。


そしてその後、
酒をやめた私を見ても、

彼はまだ冷たいままだった。


彼の冷静すぎる言動、
どこか距離を感じる態度、
静かに佇む目。

それが、
どうしようもなく寂しくて、
悔しくて、
腹立たしかった。

「どうして優しくしてくれないの?」
「どうして抱きしめてくれないの?」
「どうして、他の男みたいに
私を欲しがらないの?」


そう、
他の男たちは、

甘い言葉を囁き、
欲望をちらつかせ、
私の価値を確かめさせてくれた。

「あなたは美しい」
「僕なら幸せにできる」…

彼らの前では、私は
“愛される女”でいられた。

彼らは私を崇め、
求め、
手に入れたがった。


でも、
彼らが欲しがったのは、
本当の私じゃなかった。

彼らが見ていたのは、
都合よく仕立てられた“女”。

彼らは私に夢中になるふりをする。

そして、
その熱が冷める瞬間も、
私は知っていた。

それは、私の闇を知った瞬間。

それでも、私は求め続けた。

もっと欲しがられたい。
もっと狂わせたい。
もっと焦がれさせたい。


夫も、そうなればいいのに…

私の一言で揺さぶられ、
私なしじゃ生きていけないと
すがりついてくれればいいのに…


でも、夫は違った。

私の醜さも、
壊れた部分も、
見たくないほどの闇も、
すべて知っていた。

そして、
私が涙を流しても、
責めても、
彼はもう以前のように
抱きしめなかった。

でも、それでもそばにいた。


そこにあったのは、
単なる同情でも、
打算でもなく、

それは、
「私という人間」への
愛だった。


それに気づくまで、
私は彼を試し続けていた。


怒らせようとした。
嫉妬させようとした。

私がいなきゃダメになるように、
依存させたかった。

でも、彼は揺るがなかった。


「お前なら大丈夫だ」と
励ますこともなければ、

「俺にはお前が必要だ」と
すがることもなかった。

それが、許せなかった。


夫の愛は静かだった。


他の男たちのように、
嵐のように熱くもなければ、
溺れるほど甘くもない。

ただ、そこに在るもの。


だから、私は 
その愛を疑い、
試し、
壊そうとした。

でも、彼は崩れなかった。


私は光を求めて
闇を使った?


彼を
私の世界に引きずり込み、

共に堕ちて欲しかった?


でも、彼は堕ちなかった。


彼はただ、
私を見つめ、

信じていた…

そして、
私が戻るのを待っていた。


それが、
苦しくて、
悔しくて、

そして――怖かった。


だって私は、
彼が離れていくことを
恐れていたのに、

実は私のほうこそ、
彼を信じていなかったのだから。


彼は私を疑ったことはなかった。


私が壊れそうなときも、
暗闇に沈んでいるときも、

決して目を逸らさなかった。


私は彼を試し続け、
疑い、
揺さぶり、

壊したかった。


でも、彼は揺るがなかった。


その愛は、
私の闇すら包み込んで、

なお変わることがなかった。


そう
私は、ずっと愛されていた。


ただ、それを試すことでしか
確かめられなかった私が、

あまりに愚かだっただけ。


だからこれからは、
もう二度と、

その愛を試さないと決めた。


――彼の愛は、
私が戦うべきものではなく、

ただ、
受け入れれば良かったのだったから。

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