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銀座 天一

ゆっくり歩きながら、街並みや、通り過ぎて行く人たちを眺めるたびに思う。

へんな街だな、と。

幼少期から祖父に連れられて、よくこの辺りに来ていた。銀座という街の魅力など少しもわからない時から、この街に触れて来たのだ。
法事のたびに訪れる本願寺は、いつも私のことを威圧するようにどおんと構えていたし、たまに呼び出されて食べる中華料理はなんだか緊張してしまって味もよく覚えていない。

築地や銀座に共通する赤みがかった照明がぼうっと等間隔に浮かんでオバケに見える、子供心になんだかそれがとても恐ろしいものに見えていた。そんな記憶しかない。

全部が全部、古くもなく新しくもないこの街は奇妙な空気がいつも漂っている。

決して友好的ではないのに、よく分からない力に引きずり込まれそうになる。

きっとこの街には、亡霊がいるんだろう。

私がここで働き始めてしばらく経ったころ、祖父が天ぷらをご馳走してくれた。

何度か祖父と行ったことのある天ぷら屋だったが、祖父は入り口から席に通されるまで1つも口をきかない。
注文もずいぶん手短に済ませて、あとは私の話を聞きたがった。

店員は慣れた様子でてきぱきと食事やお酒を出してくれる。

そんな様子を見ていると、ああ、祖父もこの街のひとつなんだな、そんな風に思えて仕方なかった。

祖父は私のとりとめのない話を肴に熱燗を飲み、天ぷらをいくつかつまんだ。
それからたまに熱燗をおかわりしたり、コース以外のメニューをいくつか気まぐれにオーダーする。
うんうん、と祖父は頷き、店員は忍者のように飲み物を運びながら。

お会計を済ませて外に出ると、もう一軒行こうか、と言って迷わず昭和通りへ歩き出した。

祖父は銀座がとてもよく似合う。
そして、今にもこの街に飲み込まれてしまいそうだ。

祖父と一緒に歩いていると、唐突に寂しくなり、消えてしまわないでね。と、腕を組む。
昔からそうだった。
その日もそんな気持ちになって、年甲斐もなく祖父と腕を組んだ。
しがみつくように、この街に消えてしまわないように、と。

きっとこの街には、祖父と同じような楽しみ方をしている人がたくさんいる。そしてたくさんいた。
だから私はこの街には亡霊がいる、と感じているのかもしれない。

もちろん祖父は高齢だから、私より先に逝ってしまうだろう。
そうしたら、きっと祖父の亡霊を辿りながらこの街でご飯を食べ続けるのだ。
そして私が祖父と同じ年頃になったら、自分の魂の半分はこの街に沈めたいと思う。

独特なラグジュアリー感の裏側に見え隠れする古風でジメジメした雰囲気も、人を受け入れているようで拒絶しているような見えない壁も、なんだか不器用な街だな、と思わせる。
それはとても祖父に似ているし、私は祖父に似ている。

奇妙に人を惹きつける、古くて新しい、この不思議な銀座という場所で、私はこの街の亡霊になりたいと思う。

天一 本店
050-5868-7415
東京都中央区銀座6-6-5

#コラム #ランチ #銀座 #天一 #祖父 #家族

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