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本当は、ばかやろうって叫びたいし、泣きたいし
このやるせない想いを、どこにぶつけたらいいのか、てんで見当もつきやしない。
カレー屋のハーフビール
去年、祖父と芝刈りをした。
祖父はもう93になるが、背筋はシャンと伸びていて、はっきりと喋るし、どんな会話も聞き漏らさない地獄耳を持っている。
N響と海外ドラマと司馬遼太郎と銀ブラを趣味にしている自慢の祖父だ。
そんな祖父と、去年芝刈りをした。
11月ごろの事だ。
庭の雑草をひととおり抜いたあと、祖父お気に入りのカレー屋にわたしの車で向かう。
祖父はハーフサイズのビール、運転手だったわたしはウーロン茶で乾杯をした。
「来月か、再来月にまた来るよ。今度はわたしも飲みたいからさ電車で。」
冬間近とは思えないほど暖かな日に、祖父お気に入りのカレー屋で、そんな約束をしたのだ。
それは、本当に 良い日だった。
ビールの代わりに、飲み込んだこと
その後すぐに新型コロナウィルスが猛威をふるい始める。
気がつけば外出もままならない日々が続き、祖父とはなかなか会えなくなった。
たまに電話する程度で、次の約束どころでは無い。
申し訳なく思いつつも、万が一のことがあってはいけはいと、今日の今日までじっとこらえていたのだけれど。
その間に、祖父はコロナうんぬんではなく、癌にかかってしまったようだった。
「かかってしまったようだ」というのは、祖父が精密検査を拒んでいるから、詳細がわからない、ということなのである。
ただ、MRI画像にはしっかりと、それらしきモヤモヤがかかっている、と、母が教えてくれた。
「仕方がないのよ、こういうのは”順番”だから。1年か、半年か…どうなるかな…、自然に任せるって」
祖父は、もうすぐ94になる。
仕方がない、というのは事実だ。仕方がない。
それに、自然に任せるという選択は、祖父らしい。
自分に言い聞かせるように、祖父の年齢と、仕方がないという言葉を、あの日一緒に飲めなかったビールの代わりに飲み込むしかなかった。
遠ざかる、乾杯の約束
祖父は私が知る限り最強の男だと思っている。背筋はシャンと伸びていて、はっきりと喋るし、どんな会話も聞き漏らさない地獄耳を持っているのだから。
根拠もなく永遠だと思っていた時間だったけれど、唐突にリミットがついてしまった。
その事実を、まだ受け止められずにいる。
時を同じくして、コロナに罹患してしまった知人もいた。このパンデミックがますますリアルになる中、次に祖父に会えるのがいつか?なんて見当もつかない。
本当に、こんなにも #また乾杯しよう が遠いとは思わなかった。
今、わたしは祈っている。だってもう、祈るしかないじゃない。
どうか、どうか、もう1度、美味しいビールをハーフサイズでかまわないから、「乾杯!」って言って、祖父と一緒に飲みたい、と。
もしそれが叶うなら、わたしは何を差し出せばいいのだろう。