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2023広島大学/国語/第二問/解答解説

【2023広島大学/国語/第二問/解答解説】

〈本文理解〉
出典は堀江敏幸の小説「イラクサの庭」。前書きに「東京から山あいの小さな町雪沼に移り住み、レストラン兼料理教室《イラクサの庭》を長く営んでいた小留知先生が急逝した。死の直前、小留知先生は料理教室の教え子であった実山さんに何かを言い残そうとしたが、実山さんは聴き取れなかった。初七日が過ぎたある夜、身寄りのない小留知先生の遺志で町に寄付されることが決まった《イラクサの庭》で、実山さんは、同じように先生と親しかった庸子さん、木槌さんとともに先生の思い出を語り合う」とある。
1️⃣ …
「わたしにはまったく読めませんから、興味もなかったんですけれど、ほら、去年の夏、卒論を書くんだって、一週間くらい泊まりに来てた京都の学生さんがいらしたでしょう。ここの本棚を見てびっくりしていました。戦前のフランスの文芸書が多いんですって。そのなかに、ちょうど「学生さんが図書館でコピーして持ってきていた本」(傍線部(1))があったんです。先生もその話を聞いて、なんだか嬉しそうに受け答えをされてましたよ」。…
庸子さんはすらりと立ちあがって入り口脇の書棚に行き、「意外にすばやく一冊抜き出して」(傍線部(2))戻ってくると、それを床とおなじ樫材のテーブルのうえにそっと滑らせた。…ワインレッドに近い文字で Miracles というタイトルが読めた。…
作者は、アラン・フルニエ。庸子さんには未知の、その作家の生涯と作品が、学生さんの卒業論文のテーマだった。…『奇跡』と題された作品集は、第一次世界大戦でフルニエが戦死したあと、親友でありフルニエの妹の夫でもあった、リヴィエールという人によって文章を添えて、1924年に刊行されたものだった。未完成の作品ばかり集めたこの本には、やっぱりモーヌという名の主人公が登場する短篇が入っていて、学生さんはそれを自分で訳し、すでに訳書のある長篇と読みくらべるつもりなのだと話していた。
庸子さんは、そのとき学生さんの許しを得て、小さな文字でびっしり書かれている訳文のノートのコピーを取っておいた。あとから先生に見せようと思ったのだ。そのコピーの紙をふたつ折りにして挟んでおいたために本がふくらみ、おかげで庸子さんは、タイトルではなくはみだした紙を見て、すぐに抜け出すことができたのである。背の崩れかけた簡易装幀の本を実山さんから受け取ると、なんでも田舎の農家が出てくる物語だそうです、「農婦の奇跡」っていう題の。雪沼よりも人も少ないフランスの田舎が舞台ですって、と庸子さんは言う。…
「男女とりまぜた何かで、田舎に行くんです。男の人のふるさとです。そこに知り合いの、農家の夫婦が住んでいるので、みんなに紹介しようというんです。さっきのモーヌって男の人は、農家のお隣さんだったかな。うん、学生さんの論文の題は、《隣人としてのモーヌ》だとか言ってたので、それで覚えてるんです」。
農場の、雨に降られた家の裏庭には、若葉の季節をとうにすぎてごわごわしたイラクサが生えていたのだろうか。あれだって大切な食料になっていたに違いない、と実山さんは思った。紅茶をカップに注ごうとして、「底に残ったわずかな液体が落ちる音」(傍線部(3))より、外は雨のほうがつよくなっていることに気づく。…

2️⃣ 実山さんは、手持ちぶさたに老眼鏡を取り出して、その、いまどきの女の子らしいレタリングみたいな文字をたどってみた。農家の主人は飲んだくれだが、息子の将来を心配して、妻の反対を押し切り、家の手伝いをやめさせて寄宿学校にやることを決めてしまう。一週間後、息子から手紙がとどく。どうしても学校に慣れない、みんながぼくをいじめるから、田舎へ戻りたい、お父さんの仕事を手伝いたい、そんな内容だ。父親は手紙を隠して妻に悟られまいとするのだが、彼女はなにかあると勘づいていた。村を訪れた一行はここで町に戻り、その後の出来事を、農家の隣人であるモーヌから伝え聞く。…
一行が帰った日の夜、ひどい夫婦喧嘩があって、妻が家出をする。雌馬に馬車を牽かせて、夜中に姿をくらましてしまったのだ。主人は、隣人モーヌに助けを求めて必死で車輪の跡を探すのだが、轍は冷たい雨に消されてどこにも見あたらない。二日間、どこを探しても手がかりはなく、夫は道を知らない妻が泥炭地で方角を失ったんだ、もう戻ってこられないんだと嘆く。ところが三日目の朝、彼女の馬車が無事に戻ってくるのだ。しかも息子を連れて。手伝いの女性が女主人を見て、坊ちゃんを迎えにいかれたんですね、と声をかけると、そうするよりほかなかったでしょ、と彼女は言い、そのまま横になるかと思ったら、寝室に入って仕事着に着替えた。ちょうど朝の七時になって、ミサの鐘が、息子を連れ戻した農婦を祝福するかのように鳴り響く。読みながら、実山さんはわからなくなった。たったそれだけのことが、なぜ奇跡なんだろう。
実山さんの語りなおしに庸子さんは、そういえば先生がお好きなのは、農婦が何もなかったかのように仕事着に着替えたっていう一節なんですって、ほら、ここに線が引いてあるでしょう、多分ここじゃないかな、と原本を指さした。確かに赤鉛筆で線が引いてあったが、実山さんにはそこに線が引かれていることしかわからない。…ぼんやりした頭で甘い香りのお茶をすすりながら、実山さんはまた想像した。
雨のなか、母親に連れ帰ってもらって、子供はさぞかしほっとしただろう。…闇のなかを寝ずに走り続けて戻って来られた安堵、息子を取り戻した安堵にひたるまもなく、すぐに仕事へ向かおうとする母親の姿は、立派だと思う。でも、わたしなら、仕事はいったん休んで、ひと晩、雨の泥炭地を抜けてきた子どもに、なにか食べ物をつくってやりたい。イラクサのスープでもなんでもいい、身体があたたまるものを、口に入れてやりたい。
「そこで、あ、と実山さんは声を上げそうになった」(傍線部(4))。小留知先生が下線まで引いていたのは、もしかすると、子どもを連れて帰る話だったからではないか。係累になりそうな存在、というのは、未来の夫になるはずの恋人ではなくて、自分の子どもになりえたはずの存在、という意味ではなかったろうか。

3️⃣ どうして思い至らなかったのだろう。三十年近くの付つきあいのなかで、実山さんは先生の目に涙が浮かぶのを一度だけ見たことがあった。まだ二十代のころ、わけあって生まれた子を施設にあずけざるをえなかった知り合いの女性から、縁者と偽ってその子がどんなふうに成長したか見てきてくれと、先生が頼まれたことがあった。…責任者に事情を話し、遠目にでもその子を見せてほしいと願い出た先生のまえに、やがて六つになる、つぎはぎだらけの服を着た男の子が連れられてきた。おばさんはあなたの遠い親戚です、元気でやってるかどうか確かめに来たんですよ、と言うと、その子はなにも応えずにじっと先生を見つめてポケットから手を出し、これ、あげる、と透きとおった石のようなものをくれた。それが、なんだったと思う、実山? 前日に慰問に来たどこかの社長さんから差し入れの、氷砂糖だったのよ、わかる? 今じゃ考えられない位大事な大事な、氷砂糖だったの。
小留知先生は、そう言って涙を浮かべたのだ。あのときの先生の表情は、いまでも鮮明に覚えている。これはなんの確証もない、ただの思いつきに過ぎない。でも、話のなかの少年の母親が、本当は先生ご自身だったとしたらどうだろう。先生はイラクサのスープにも、カレーやポタージュや煮物にも、はちみつやグラニュー糖ではなく、氷砂糖をくだいて使うことが多かった。…ときおり大切そうに口に含んでいたし、ごくまれに列車で地方へ出かけられたときにも、トンネルで耳がツンとするのを防ぐにはこれがいちばんいいのよと、飴のかわりに必ず氷砂糖を携行されていた。実山さんは思った。先生が最後に言おうとしたのは、コリザではなく、コオリザトウではなかったろうか。男の子からわけてもらった、あの氷砂糖ではなかったろうか。先生はその子を、本当は雨でびしょ濡れになっても連れて帰りたかったのではあるまいか。
ねぇ、庸子さん、先生が最後に言おうとした言葉だけど‥‥。そう言いかけて、「ふと目をやると、ロールカーテンの向こうがうっすらと明るんで、雲間から陽が射しはじめているのがわかった」(傍線部(5))。


〈設問解説〉
問一「学生さんが図書館でコピーして持ってきていた本」(傍線部(1))とある。この本の日本語タイトルは何か。

〈答〉『奇跡』


問二「意外にすばやく一冊抜き出して」(傍線部(2))とある。

1 実山さんはなぜ意外に思ったのか。説明せよ。(二行)

理由説明問題。庸子さんが外国語の原書の並ぶ本棚から、話題に上がった本を選ぶ場面。その「ずばやさ」が「意外」なのだから、普通に考えると「すばやくない」根拠を挙げ、それなのに「すばやく選べたから」という形で解答するとよい。その根拠となるのは、傍線部前部の庸子さん自身の発言「わたしにはまったく読めませんから、興味もなかったんです」。以上より解答は、「外国語の原書の並ぶ本棚から/原書を読めず興味ないと言う庸子さんが/話題に上がった小説を手間をかけず選ぶことができたから」となる。

〈GV解答例〉
外国語の原書の並ぶ本棚から、原書を読めず興味ないと言う庸子さんが、話題に上がった小説を手間をかけず選ぶことができたから。(60)

〈参考 広島大学解答例〉
庸子さんは外国語の本が読めないし、興味もないと言っていたから。(31)

〈参考 K塾解答例〉
庸子さんはフランス語を読めないし、フランス語の文芸書に興味もないと言っていたから。(41)


2 庸子さんがすばやく抜き出すことができたのはなぜか。説明せよ。(二行)

理由説明問題。庸子さんが実際は「すばやく抜き出すことができた」理由を問う。根拠となるのは、傍線部から少し離れた「庸子さんは、そのとき学生さんの許しを得て、小さな文字でびっしり書かれている訳文のノートのコピーを取っておいた…そのコピーの紙を(a)/ふたつ折りにして挟んでおいたために(b)/本がふくらみ(c)/おかげで庸子さんは、タイトルではなくはみだした紙を見て(d)/すぐに抜け出すことができたのである(←理由の着地点)」の箇所。これより、解答は「以前店を訪れた学生が本の一部を訳したノートのコピーを(a)/自身でその本に挟んでおり(b)/本の厚みと(c)/はみ出し紙が目印になったから(d)」となる。

〈GV解答例〉
以前店を訪れた学生が本の一部を訳したノートのコピーを、自身でその本に挟んでおり、本の厚みとはみ出し紙が目印になったから。(60)

〈参考 広島大学解答例〉
小留知先生に見せるために、本に挟んでいた学生の訳文のコピーがめじるしになったから。(41)

〈参考 K塾解答例〉
学生から預かりその本に挟んでいたコピーが、本からはみ出していて、それがすぐに目についたから。(46)


問三「底に残ったわずかな液体が落ちる音」(傍線部(3))とある。ここでの「液体」とは「紅茶」のことであるが、このような表現を用いる効果について説明せよ。(二行)

表現意図説明問題。「紅茶」を「あえて」「液体」と言い換えた、表現法とその効果(意図)を説明する。まず、傍線部の表現を文脈に戻した場合、そこにはどういう文脈上の変化=効果が認められるか。傍線部一文で捉え直すと、「紅茶をカップに注ごうとして/底に残ったわずかな液体が落ちる音(傍線部)/より/外の雨のほうがつよくなっていることに気づく」。つまり「紅茶」を「液体」に還元し、その落ちる音と比較して、「外の雨」=「液体」の落ちる強まりを強調しているのである。解答は傍線部の表現法の要諦→表現の効果(意図)という順でまとめ、以下の通りになる。「紅茶の質的要素を捨象し液体に還元することで/後に続く雨と等価にし/その落ちる強さに照準をあて/後者の強まりを強調している」。GVの解答例が広島大の公式解答例の延長線上にあり、しかも本質を抉るものになっていることに着目してほしい。

〈GV解答例〉
紅茶の質的要素を捨象し液体に還元することで、後に続く雨と等価にしその落ちる強さに照準をあて、後者の強まりを強調している。(60)

〈参考 広島大学解答例〉
「液体」という言葉を使うことで、「紅茶」と「液体」と「雨」とのイメージの連鎖を作り上げている。(47)

〈参考 K塾解答例〉
「紅茶」をあえて「液体」と表現することで、そのあとに描かれる強くなった雨音のイメージを読み手に喚起させやすくする効果。(59)


問四「そこで、あ、と実山さんは声をあげそうになった」(傍線部(4))とある。なぜ実山さんは声をあげそうになったのか。「農婦の奇跡」という物語の内容をふまえて、説明せよ。(三行)

理由説明問題。解答の直接の根拠となるのは傍線部直後の2文「小留知先生が下線まで引いていたのは…子どもを連れて帰る話だったからではないか(a)/係累になりそうな存在、というのは…自分の子どもになりえたはずの存在、という意味ではなかったろうか(b)」。これに加えて、その次のパート「どうして思い至らなかったのだろう。三十年近くの付つきあいのなかで、実山さんは先生の目に涙が浮かぶのを一度だけ見たことがあった」以下の回想(c)、も解答に反映させる。
というのも、「あ」という衝撃を伴う気づきには、同時にたった一度「先生の目に涙が浮か」んだ時の心象も含まれていたはずだからである。言葉による叙述は順を追って説明しなければならないが、その元となる想念は同時多発的に発生しているのである。特に「話のなかの少年の母親が、本当は先生ご自身だったとしたらどうだろう(c)」の記述が重要である。以上、「「農婦の奇跡」という物語の内容をふまえて」という条件(a)、に沿うように解答をまとめると「「農婦の奇跡」の母が子を連れ戻した場面について考えを巡らすうちに(a)/先生が涙を浮かべて話した氷砂糖をくれた子どもの話と重なり(c)/先生はその子を我が子にしたかったのではと思い至ったから(b)」となる。

〈GV解答例〉
「農婦の奇跡」の母が子を連れ戻した場面について考えを巡らすうちに、先生が涙を浮かべて話した氷砂糖をくれた子どもの話と重なり、先生はその子を我が子にしたかったのではと思い至ったから。(90)

〈参考 広島大学解答例〉
小留知先生が、子どもを取りもどした農婦がなにもなかったかのように仕事着に着替えたという一節に線を引いていたのは、子どもと別れて人生を過ごしていた自分の境遇と重ねていたのではないかと、気づいたから。(98)

〈参考 K塾解答例〉
「農婦の奇跡」という物語の、母親が息子を自宅に連れ帰ったという内容を知って、先生がほのめかしていた家族になりそうだった存在とは、以前涙交じりに話してくれた男の子のことではないかと気づいたから。(96)


問五「ふと目をやると、ロールカーテンのむこうがうっすらと明るんで、雲間から陽が射しはじめているのがわかった」(傍線部(5))とある。この表現は何を意味しているのか。小留知先生と氷砂糖のエピソードをふまえて、説明せよ。(90字程度)

表現意図説明問題。傍線部は本文末尾にあり、その象徴的な表現が本文の主題と関わることは明白。「雲間から陽が射しはじめている」とは、実際に物語の中で、実山さんから見てそうだったということだが、物語を創造する作者の視点(メタ視点)からすると、別にそうでなくてもよいところを、あえてそういう設定にし、本文末尾に書き込んだ、ということである。ならば「雲間から陽が射しはじめている」とは、実山さんの中で晴れずにいたもやもや、すなわち先生が死に際に残した言葉が何であったか、という問いに対する確信を持てる答え(=「コオリザトウ」)が得られたことを象徴的に表しているのである。
以上を解答の核にして、設問条件である「小留知先生と氷砂糖のエピソードをふまえて」に即して解答をまとめるとよい。つまり、先生の話にあった知り合いの子どもがくれた氷砂糖のエピソードと、実山さんとの付き合いの中で先生が氷砂糖を愛用していたエピソード、その2つのエピソードが繋がり、先の確信を得たのである。以上より、解答は「先生の知り合いの子どもが氷砂糖をくれた話と先生が氷砂糖を常備し愛用していたことが繋がり/先生が死に際に残そうとした言葉がコオリザトウだったと確信され/頭のもやもやが晴れていく様子」となる。

〈GV解答例〉
先生の知り合いの子どもが氷砂糖をくれた話と先生が氷砂糖を常備し愛用していたことが繋がり、先生が死に際に残そうとした言葉がコオリザトウだったと確信され、頭のもやもやが晴れていく様子。(90)

〈参考 広島大学解答例〉
実山さんが、先生の最後に言おうとした言葉が「氷砂糖」ではないかと気づいたことをきっかけにして、謎の多い小留知先生の人生の一端を理解しえたと感じていることを象徴的に表現している。(88)

〈参考 K塾解答例〉
先生には、家族になりそうだった子供がおり、その子のことを思わせる氷砂糖に特別な思い入れをもっていたので、最期にも「コオリザトウ」とつぶやいたと気づいたが、身寄りのない先生にもそれほど大切な存在がいたということ。(105)


問六 本文全体の中で、「農婦の奇跡」という物語は、実山さんにとってどのような役割を果たしているのか。説明せよ。(三行)

表現意図説明問題。「農婦の奇跡」が実山さんに対して果たした役割は、問四から問五への流れを踏まえると明らかになる。すなわち、実山さんは「農婦の奇跡」をある学生の翻訳を通して読むうちに、先生が物語中の母子の関係を自分に氷砂糖をくれた子どもとの関係に重ねているように思われた(問四)。さらに、その「氷砂糖」を手掛かりに、先生が生前氷砂糖を愛用していたことにも思い至り、ずっともやもやしていた先生の死に際の言葉が「コオリザトウ」だったという確信を得ることにも繋がった(問五)、のである。
以上の理解を、本文の内容説明として「中身」を詳細に述べるのではなく、あくまで「農婦の奇跡」が果たした役割=「効果」が明確になるように、「中身」の説明については最小限にとどめる。解答は「「農婦の奇跡」の母子の関係が先生と氷砂糖をくれた子の関係に重なることを示唆し/実山さんの記憶の断片を関連させ/先生の死に際の言葉が分からず晴れない気持ちを確信できる答えに導く役割」となる。

〈GV解答例〉
「農婦の奇跡」の母子の関係が先生と氷砂糖をくれた子の関係に重なることを示唆し、実山さんの記憶の断片を関連させ、先生の死に際の言葉が分からず晴れない気持ちを確信できる答えに導く役割。(90)

〈参考 広島大学解答例〉
実山さんにとって、「農婦の奇跡」という話の理解を深めることが、小留知先生の最後の言葉や先生の人生を理解する手助けになっている。(63)

〈参考 K塾解答例〉
実山さんが聞き取れなかった先生の最期の言葉が、「コオリザトウ」だったのではないかと気づく手がかりとなり、それに込められた先生の思いを想像し、先生への思いを一層深めるという役割。(88)

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