H29共通テスト試行調査 現代社会
【H29共通テスト試行調査 現代社会】
第1問と第2問が倫理分野、第3問が経済分野、第4問と第5問が政治分野。結論から言うと、従来のセンター試験と違って、「現代社会」は省エネ勉強のサービス科目ではなくなった。倫理分野の広い知識も必要となり、文意を正しく読み取り適切に素早く処理する情報処理能力(リテラシー)が求められる。
第1問(倫理分野、ベンサム、ロールズ、標準)
二つの資料【考え方A】【考え方B】が示してある。【A】が問1、【B】が問2で問われるが、【A】【B】がそれぞれ誰の考え方であるかをつかみ、その人物の考え方と対応する内容の選択肢を選ぶ必要がある。【A】は「どんな時に幸福を感じるだろうか/楽しいときや快適なことがあったときではないか/「快」の量が多いほど…その社会は幸福な社会ということになる/「快」と「苦」は量として測定でき(→快楽計算)」という記述から、ベンサムの量的功利主義について述べられているとわかる。これから問1の答えは「個々人の幸福は足し合わせることができる」という④が正解。①「個々人によって幸福の感じ方は異なる」はJ.S.ミルの質的功利主義と対応する。
【B】は「正義とは何か/自分がどのような境遇になるか分からず、また、境遇を決めることもできないという条件(→無知のヴェール)/社会の全メンバーの自由を最大限確保しつつも(→自由の原理)、実際に恵まれない境遇にある人に対して、生活を改善していくような社会が望ましい(→格差原理)」という記述からロールズの正義論について述べられているとわかる。これから問2の答えは「人間はどのような境遇に生まれるかを自分で選んだわけではないのだから、…」という④が正解。知識的にピンとこなくても、読み取りで対応できる。なお、③「人間は人生を自分で選んで決定しているのだから、…自分の境遇に対して自分が責任をもつべき」というのは日本で流行りの自己責任論で、④の対極にある。
問3は【A】(=ベンサム)と【B】(=ロールズ)が、それぞれどのような制度や政策と関連しているかを問う。【A】と対応するのは「多数者の意思に基づいて…決める(→最大多数の最大幸福)」という①が正解。【B】は「…所得を再分配するなどして、社会保障を充実させる」という②が正解。人間は偶然性に支えられている以上、自分が最も不利な条件に置かれている場合を想定して制度設計すべきだ、というのがロールズの社会契約の帰結である。
【B】の方が難しい印象だが、意外と【A】の方が低正解率(35.1%)であった。おそらく「経済活動の自由を最大限にする」とある④を選んだ人が多いのだろう。現代社会においても、倫理分野の代表的思想家のエッセンスを正確につかんでおく必要がある。特に、同時代で話題になっている思想家と、それと対比的な思想家がセットで出ることが多くなるだろう。ロールズは、功利主義思想の批判者で、彼の思想が支持するリベラリズムは、新自由主義(ネオリベラリズム)が猛威を振るう昨今、劣勢になる中、その再構築が求められているともいえる。
問4は問題の条件に合う選択肢を選ぶ問題。「X(前提)である。それゆえにY(結論)である。」という推論として妥当なものを選ぶ。①②④は前提が結論をカバーしない(ほかの前提でもよい)ので妥当でない。③は一種の三段論法。「C→B→A。ゆえにC→A。」となっており、推論として妥当。
第二問(倫理分野、青年期、日本文化、世界の宗教、易)
テーマaに沿って問が設けられるが、a自体はどうでもよい。問1はエリクソンの考えを発展させたマーシャによるアイデンティティの4分類(ア〜エ)があり、それと対応する具体例の組み合わせを選ぶ問題。知識ではなく、読み取りの問題である。ア(悩む/決定)、イ(悩む/非決定)、ウ(悩まない/決定)、エ(悩まない/非決定)と整理した上で、具体例を吟味するとよい。答えは①。
問2は防衛規制(フロイト)のうち、「合理化」、「反動形成」、「代償」の具体例の組み合わせを選ぶ基本問題。答えは④。
問3は日本思想のキーワードである、「真心」、「アニミズム」、「絶対他力」の正しい説明の組み合わせを選ぶ基本問題。「真心」は国学の大成者である本居宣長の用語で、「漢意(=外来の儒仏)」の対義語。「絶対他力」は浄土真宗の開祖、親鸞の基本思想。「悪人正機(=煩悩の多い悪人の救済こそが阿弥陀仏の本願)」も併せておさえておく。答えは④。
問4はボッカチオ『デカメロン』の中でユダヤ教、キリスト教、イスラム教を指輪に例えて述べた一節の内容と対応する選択肢を選ぶ、読み取り問題。資料結論部の「だが」の前後の二文と対応する、「それぞれの信者にとっては真実であるが、…互いに律法を否定できるわけではない」という③が正解。
第3問(経済分野、市場経済、外国為替など、難)
問1はA・Bの会話文を読み、需要と供給の関係について[X]に入る発言として適当でないものを選ぶ問題。[X]の前で江戸幕府の改革で貨幣の質を落とした改革がうまくいかなかったことが述べられ、[X]を挟んで、「結局、物価が上昇してしまった」と続く。ならば、[X]に入る内容はインフレ(貨幣量多い/貨幣価値下落/物価上昇)に相当する現象になる。①は価格の上昇、②は供給の不足、③は貨幣への信用の低下で全てインフレ時の現象である。一方、④の「同じ額面でより多くの物が買える」というのは逆のデフレ時の現象であり、これが正解となる。
問2はエンゲル係数(消費支出に占める食料費の割合)の推移について二つのグラフが示され、それについてA・Bが会話をしている。その会話文の中の[X]〜[Z]に入るものの組み合わせを選ぶ問題。まず[X]の前で1940年代以降エンゲル係数が下がってきていることについて、「これは[X]だね」とあり、それを受けて「その結果、教育や娯楽などに出費することが可能になり」と続く。これから[X]は、ア「所得が増えて、消費支出に占める食料費の割合が減少したから」に決まる。
つぎに[Y]。その前でここ数年、エンゲル係数が増加し始めたことが指摘され、それを受けて「それは[Y]が考えられるね」となるところである。これから[Y]は、エ「外食や…「中食」が増えてきたこと」(→分子が増加→エンゲル係数が増加)で良さそうだが、オ「円安傾向で輸入食料の価格が上昇してきたこと」(→分子が増加→エンゲル係数が増加)も論理的に正しそう(本当は輸入価格の上昇は分母にも関わるからダメなのだが)。ならば、選択肢は①②に絞れる。
そこで[Z]だが、エンゲル係数が上昇しているということは生活が苦しくなってきているといえるのか、という疑問を受けて、それを確かめるには[Z]が必要だとしているところである。そこで、候補となる選択肢を見ると、キ「所得階層別にエンゲル係数を調べてみること」が正解となる。つまり、所得が高い層ほど食に贅沢をしてエンゲル係数が高い可能性もあるのだから、それを確認しなければならないのである。一方、ケが不適切なのは明らかだろう。ここで「外国」との比較は関係ない。
しかし、エンゲル係数を取り上げたのは面白い。日本が裕福になる中で、近年エンゲル係数はその幸福度を測る上で有効な指標ではないとされてきた。それが、ここ数年の上昇でにわかに脚光を浴びているのだ。実際、国会審議でも安倍政権(2012年末成立、今や憲政史上最長の政権となった)への批判として話題となっていた。問題作成側の意図を感じずにはおれない。気のせいか。
問3は金融市場におけるDS曲線についての問題。横軸は資金量で、縦軸は利子率となる。景気が悪くなり、投資が抑制された場合の資金の需要と供給についてのA・Bの会話のうち、正しいものをすべて選ぶ。①は「資金の供給→供給曲線はアの方向(マイナスの方向)」とあるが、動きが逆なので不適当。②は「資金を誰かに貸す(供給)→供給曲線はイの方向(プラスの方向)」は適当。③は「資金をできるだけ集めておこう(需要)とはしない→需要曲線はウの方向(プラスの方向)」とあるが、需要曲線は動かないので不適当。④は「借入れの返済(貸してほしいが減る)→需要曲線はエの方向(マイナスの方向)」は適当。⑤は「誰かに貸す(供給)→均衡点は変化しない」とあるが、供給曲線はプラスの方向に動くので、不適当。答えは②④。普通の商品市場でなく金融市場であったこと、また具体性の高い文脈で需要・供給の関係を問うたこと、そうした点から正答率は低く17.0%であった。
問4は外国為替について述べたA・Bの会話文を読み、[X][Y]に入る組み合わせとして適当なものを選ぶ。国内の景気が悪い場合、[X]で乗り切ろうとすれば円高になる、とある。この[X]に入るのは「輸出を増やすこと」「輸入を増やすこと」のうち前者(輸出増→円高)。次に[Y]。円高になる可能性として、外国の資産を処分して、[Y]となっている。「国内に資金が流入」「国外に資金が流出」から選ぶと、外国資産を処分して売ったんだから当然前者。国内に資金が流入すると、その外貨を円に交換するため円買いが進み、円高になる。答えは①。
問5は地球温暖化の防止について述べたA・Bの会話文を読み、[X]に入る経済的な手法で誤っているものを選ぶ。市場が機能しない場合(→市場の失敗)の政府の取り組みの中で、市場の仕組みを積極的に活用する動きの例として[X]が挙げられる。その後に「つまり、市場の働きをうまく使って企業などを誘導し、問題解決につなげようというわけだね」と続く。その点で、①(排出権取引)、②(炭素税→化石燃料の使用を減らす技術開発)、③(市場メカニズムの国際的な活用)は適切。それに対し、④(炭素税→温室効果ガスを発生する財のコストダウン)は実際と逆で、②のようにCO2の排出はコストがかかるので、そうならないためにイノベーションに向かうのである。答えは④。
第4問(政治分野、選挙、政治思想、冷戦など、標準)
問1は衆議院選挙と参議院選挙の投票方法について正しいものをすべて選ぶ。衆議院選挙は小選挙区比例代表並立制である。参議院選挙は選挙区制と比例代表制で行われる。選挙区制(小選挙区含む)で候補者に投票するのは衆参とも共通である。注意すべきは、比例代表制において、衆議院は全国11ブロック、拘束名簿式で政党名で投票、小選挙区との重複立候補可、参議院は全国1ブロック、非拘束名簿式(特定枠だけ名簿に拘束される)で政党名か候補者名で投票、重複立候補不可ということである。これから②③⑤⑥⑦が正解。これは基礎知識だと思うが、なんと正答率が4.8%だった。
問2は政治思想家とその主著、説明として不適当なものを選ぶ。基本問題で答えは①。ルソーについて直接民主主義を「否定した」が誤り。当然、ルソーは「主権は分割できない」という考え方から、人民の共同体への直接参加を前提とした一般意思による統治を説いた。
問3は第二次世界大戦後の国際政治の主な出来事を適切な順に並び変える問題。特に冷戦の経過(45激化→55雪解け→79再燃→85終結へ(〜89))がポイントである。(ア)は1989年のベルリンの壁崩壊、(イ)は1950〜53年の朝鮮戦争、(ウ)は2001年9月11日の同時多発テロ、(エ)は1962年のキューバ危機(→米ソの首脳により回避された)。よって(イ)→(エ)→(ア)→(ウ)で答えは③。
問4は「民法の成年年齢引下げ」をテーマにした資料の読み取り問題。着眼点を外したら時間を食ってしまう。主張「引下げ反対」を導く「前提となる事実」[X]を【資料1】〜【資料3】から、「前提から主張を導ける理由」[Y]を【資料4】〜【資料6】から選ぶ(三段論法)。まず[X]だが、何となく資料を見るのではなく、どこを見るべきか見定めよう。従来、日本の成人年齢は20歳である。近年、選挙権の18歳引下げなどがあったが、それも20歳からだった。本文のリード文にも、諸外国の多くの成年年齢が18歳以下とある。ならば、引下げの念頭に置かれているのは18歳であろう。そこで【資料1】〜【資料3】を見ると、すべてに年齢の記入がある。ただ、その中で18歳という年齢に焦点を置いているのは【3】「今の18歳、19歳にあてはまること」だけだ(【1】は18〜29歳と分けていないし、【2】は10(歳)と20(歳)の大雑把な区切りになっている)。ここで【3】のグラフを見ると「肉体的成熟」に対して、以下の「社会人としての知識」「判断する能力」「自分で責任をとる」「精神的成熟」などの項目が半分程度の割合しかないことがわかる。
その[X=3]との組み合わせで、選択肢で残る【4】【5】をみると、【4】の項目が【3】と同じになっていることに気づくはずだ。内容的にも【4】は「大人になるための条件」だが、その上位が「自分で責任をとる」「判断する能力」「精神的成熟」「社会人としての知識」であり、【3】「今の18歳、19歳にあてはまること」で割合の低かった項目に相当する。つまり、「今の18歳は精神的に成熟していない(X)」→「大人になる条件は精神的な成熟だ(Y)」→「よって成年年齢引下げには反対だ(主張)」となり、論理的にも正しく、⑥が正解となる。
第5問(政治分野、三権分立と司法制度など、標準)
問1は基本的な正答選択。①は日本の違憲立法審査制は、憲法裁判所を設置しているドイツ型の抽象的審査制ではなく、通常裁判所での具体的審査制なので不適当。②は法案の提出権は内閣にもあり、しかも議員提出法案よりも圧倒的に多い。不適当。③は三権分立の説明として適当。④は議院内閣制の日本より大統領制のアメリカがより厳格な三権分立を採用しているので不適当。答えは③。
問2は法人に援用される人権の組み合わせとして適当なものを選ぶ。法人は要は会社のことだから、その権利としてありうるものを選べばよい。①の財産権はいいが、会社に婚姻の自由はおかしい。②は営業の自由も表現の自由も会社にありうる(会社も自己をアピールする)。③の居住・移転の自由はいいが、生存権は人としてふさわしい水準で生きる権利を社会権として国が保障するものであり、会社には当てはまらない。④は信教の自由にしろ教育を受ける権利にしろ会社には当てはまらない。答えは②。
問3は国と地方の統治機構についての基本的な問い。正答選択。①は地方の主張は議会解散権を持つ(議員内閣制的側面)ので不適当。②は地方の首長は住民の直接選挙によって選ばれる(大統領制的側面)ので不適当。③は適当。④は大臣の下には従来の政務次官に代わり、副大臣と大臣政務官がつくので不適当。答えは③。
問4は最高裁判所が憲法違反と判断した例として適当でないものを選ぶ。②衆議院議員議員定数(2度)、③非嫡出子相続分規定、④尊属殺重罰規定、の違憲判決は有名なので知っておく。消去法で①が正解。そもそも「禁止していなかった」のは事実だが、それでは違憲判決にはならない。不十分だとされた法律が修正されるだけである。
問5は「裁判官のみが判断をする制度」「裁判員制度」のどちらが望ましいかのグループ分けをする問題。ただの読み取り。後者に当たるのはACD。前者に当たるのはBE。[ア]は前者、[イ][ウ]は後者。選択肢を見て合致するものを選ぶ。答えは②。
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