至高の現代文/解法探究29〈内容説明群①〉
【至高の現代文/記述解法の探究・肉】
ここでは、本書に収録した全200題(記述小問)の解法を、汎用性のある形に分類して提示する。あわせて、各解法ごとに本書収録の参照問題を挙げる。略称は以下の通り。東→東京大学、京→京都大学、東北→東北大学、九→九州大学、北→北海道大学、阪→大阪大学、名→名古屋大学、橋→一橋大学、神→神戸大学、筑→筑波大学、広→広島大学。例えば「19東一.一」は、2019年東京大学の大問一の小問一をあらわす。
1.内容説明の基本形式
「どういうことか」を問う内容説明タイプの問題に対して、以下(~16)に示していくようにいくつかの思考のバリエーションがあるが、おおよそ全てに通用する基本的な方針は「要素に分けて言い換える」である。傍線が不完全は文であるときは一文で把握し、要素の中でも特にポイントになりそうなものに検討をつけ、接続語や指示語、本文構成を手がかりに本文から言い換え要素を探す。その上で、解答が意味の通らない継ぎはぎのものにならないように、適宜自分の言葉で言い直す表現力も求められる。例えば「何か複雑で動的な現象」(→19東一.二)なら、一文で把握した上で、「何か複雑で/動的な/現象」と分け、換言するのである。
(例題) 「何か複雑で動的な現象」(傍線部イ)とはどういうことか、説明せよ。(60字程度)〈19東大一.二〉
内容説明問題。一文で考えると、「様々な意味で/生命は/…静的な世界と…無秩序な世界の間に存在する/何か複雑で動的な現象/である」(A)となる。「様々な意味で」とあるから、複数の「複雑で動的な(生命の)現象」(B)を指摘する必要がある。解答範囲を考える。まず、⑥段落の末文「それは…“安定” と “無秩序” の間に存在する…複雑性に富んだ現象」がAとほぼ対応することに着目できる。次に、その⑥段落の内容と⑦段落が、段落頭の「また」で並列(生命の誕生⑥/進化⑦)になっていることに着目できる。この二つの段落を承け、⑧段落の一文目に傍線(B)を含むAがくるのである。ならば、⑥と⑦の内容がそれぞれ、Bにあたる現象を説明することになるだろう。
⑥からは「(生命が取り入れる分子は)…偶発的な要素に反応し、次々に違う複雑なパターンとして、この世に生み出されてくる」(C)が拾える。⑦からは、生命の進化は「自己複製」と「変異」という正反対のベクトルにより成り立つという内容(D)が拾える。このCとDで傍線の「複雑」さを説明するが、加えて「動的な現象」という要素を「生命は~生まれ進化していく過程(である)」と置き換え説明した。
<GV解答例>
生命は、偶発的な要素に反応して複雑化しながら、自己を複製しては時に変異を起こすことにより、生まれ進化していく過程であるということ。(65)
<参考 S台解答例>
生命は、その時々の世界に反応し、形をなしては崩れゆく多様な揺らぎとしてしか存在しえない現象であるということ。(54)
<参考 K塾解答例>
生命は、偶発的な要素に反応する分子の秩序として誕生し、自己複製しつつ、秩序を変異させて自分とは異なる生命を生み出していくということ。(66)
<参考 T進解答例>
秩序だった静的世界と無秩序な動的世界の、両者への指向性が絶妙なバランスで作用する狭間で生じてそこでのみ存在可能な、偶発的要素に反応し更新を繰り返すもの。(76)
2.術語の語義への配慮
ただし、傍線部の要素で本文中に言い換え要素が見当たらない場合もある。筆者は、コミュニケーション一般がそうであるように、文章の多くを読者との共通了解をあてにして展開するわけだから、むしろ当然といえる。出題者が、そうした事情を踏まえた上で、そこに傍線を引き解答者に問うならば、解答者はそれを自力で言語化することが求められているのだ。その共通了解(筆者が自明とするもの)でもっとも顕著なのが「術語の語義」である。これを問われたら、文脈に沿うように、その術語の語義を特定し表現することになる。以下に、参照題とともにそこで問われている術語を示しておく。こうした術語には習熟しておかねばならない。
→19東一.二「現象」、19東一.三「福音」、19京二.三「社会化」、19北二.三「アナロジー」、14東一.二「他者性」、13.東一.四「テクスト」、10東一.二「イデオロギー」、05東一.三「表現的」、17東四.四「飽和」、11東四.三「封鎖」、11東四.四「象徴」、17橋一.四「正義」「卓越性」、16京二.一「相対化」、18九一.三「抽象化」
(例題) 「前者は「正」ないし正義の理論であり、後者は「徳」ないし卓越の理論である」(傍線二)とあるが、ここにある「正義」および「卓越」とは何か、自分の言葉を用いつつ答えなさい(80字以内)。〈17一橋大一.四〉
内容説明問題。「自分の言葉を用いつつ」という、一橋大定番の要求がある。1️⃣比喩的表現などただの抜き出しでは意味が通じにくいか、2️⃣論理的な推論により言葉を補う必要があるか、である。また、「正義」「卓越」をそれぞれ漠然と説明するだけでは不十分で、🅰️対比的に捉える、🅱️語義を踏まえる、ことが要求されている。特に🅰️の必然性については、⑫段一文目「二人の哲学者のアプローチは…異なる方向に議論を展開した」からも確認できる。
そこで、まず対比要素として「(他者との)置換可能性→正義」、「(死という)置換不可能性→卓越」を指摘する。両者とも「かけがえのない人格/置換不可能性」を目的とするが、正義は「置換可能性」、卓越は「死への存在」という自己省察(⑪)を経由することが不可欠なのである。次に、語義を踏まえて「正義」「卓越」の内容を対比する。「正義」については、⑪段二文目「各人に…人生を保障する」とあるように、主体と主体の間に成り立つ理論である。また「置換可能性」を経由し「他者の立場に立つ」(⑫段二文目)という前提により導かれる理論である。ここからは自力で、「公共的価値についての客観的理念」といった内容を導きたい。
一方「卓越」だが、⑪段三文目「個人が…全うするための本来性の観念」とあるように、個体がそれぞれに持つ理念である。また、傍線で「徳」を「卓越」としていることも重要だ。哲学的な背景をもった文章では、「徳」はギリシア語の「アレテー」を踏まえているが、その意味するところは「そのもの本来の良さ」のことである。ここでも、「日常性の中にあって/安閑と暮ら」す生(⑩段)に対して、「死への存在」を自覚するところから導かれる「本来的(⑪)/実存的(⑫)な生き方」に「卓越」を見るのである。以上より、「本来的自己についての主観的理念」と導く。
<GV解答例>
正義は他者との置換可能性の想定により得られる公共的価値についての客観的理念、卓越は死という置換不可能性の自覚により得られる本来的自己についての主観的理念である。(80)
<参考 S台解答例>
正義は立場の交換可能性を前提にした互いの尊厳にとって容認できる格差原理の設定であり、卓越は自己の死の単独性の自覚による現在の生を越えた自己実現への志向である。(79)
<参考 K塾解答例>
正義は他者の立場を想像し、容認可能な社会的格差の範囲を探りつつ人間らしい生を保障するものであり、卓越は死を自覚しつつ自己本来の生を不断に追求する生き方である。(79)
3.自明性の言語化(比喩など)
他に、筆者が自明としているもので、解答者が自力で言語化する必要のあるものに比喩などの慣用表現がある。そもそもが比喩表現自体、対象の説明なので、筆者の方でそれを改めて説明などしない。出題者がその比喩の説明を求めるならば、比喩自体の喚起する感覚的イメージに文脈を加味して、ズバリその意味するところを言い当てなければならないのである。言葉への深い理解と感度が試される。
→19東北一.三「音の灯台」、15東四.一「野生の掟」、12東四.二「鮮烈な傷のような痛み」、16京二.二「手すりは切れた」
(例題) 「手すりは切れた」(傍線部(2))はどういうことか、説明せよ。(四行:一行25字程度)〈16京大二.二〉
内容説明問題(比喩)。「手すりは切れた」という比喩の意味する内容を一般的な表現に直して表現することと、「どの地点」で「切れた」のかを明確にすることが求められる。問一と分けて、2️⃣「今は?」の後が基本的に解答範囲となる。
まず「地点」については傍線に続く2文が決め手となる。すなわち、「手すりは切れた」(傍線)「最早、自らの身体を、自らの力で支えて進む他はない」と続き、その2文を「意識のどこかで、私は常にそれを感じ続けて来た」(2️⃣末文)の「それ」が承ける。ならば、「感じ続けて来た」というのは「就職して/その先の目的が存在しなくなって」以来、「感じ続けて来た」ということであり(←2️⃣「今は?」以後)、「熱中への/潜在する/〈飢え〉」がありながら、その〈飢え〉を就職してからも「傍観的態度を取ることによって/誤魔化し」続けてきたのだ。ところが、前書きと1️⃣にあるように「息子の行動→息子への怒り」が「私自身に対する怒り」に転化し(→問五)、「誤魔化し」が隠せなくなり「仕事への熱中」を促しているのである。
ここで間違ってならないのは、「手すり」とは「瞬間を相対化し、時間を手段にする」(→問一)ことであり、それは「就職して以来」とっくに「切れ」ていたのである。ここまでの理解で解答のアウトラインを組むと、「就職して「手すり」が切れた後も/熱中への渇望を傍観し誤魔化してきたが/実際は(「手すりは切れ」ており)Aするしかない状況にあること」となる。「手すり」の意味するところは問一で説明したところだから簡潔に留め、残るところは「(切れて)Aするしかない」のAの内容である。これは、無論「今は?」の後、「今こそ…そう在りたいものの真っ只中に在らねばならぬ/それは…今のこの仕事にしかない」、つまり「今の仕事に熱中し自己を賭ける」ということである。
<GV解答例>
仕事に就き、未来の目的のために今を犠牲にする口実を失った後も、何事かに熱中することを渇望する内的な要求を直視せず誤魔化してきたが、実際は内的渇望に従い今の仕事に自己を賭けるしか道は残されていないこと。(100)
<参考 S台解答例>
最もそう在りたい事柄への熱中について潜在する渇望を、息子への怒りを機に自覚してしまった以上、もはや将来の目的等にすがって誤魔化しえず、現在の生活において充実を求めざるをえなくなったということ。(96)
<参考 K塾解答例>
何事かに熱中しようとする自己の内なる渇望を押し殺し、傍観者として安寧な生を得てきたことの欺瞞や疚しさに突き当たり、自己が没入すべき本源的な生に向けて、自らを賭するしかない瞬間が訪れたということ。(97)
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