至高の現代文/解法探究29〈小説・随想①〉
【至高の現代文/記述解法の探究・肉】
ここでは、本書に収録した全200題(記述小問)の解法を、汎用性のある形に分類して提示する。あわせて、各解法ごとに本書収録の参照問題を挙げる。略称は以下の通り。東→東京大学、京→京都大学、東北→東北大学、九→九州大学、北→北海道大学、阪→大阪大学、名→名古屋大学、橋→一橋大学、神→神戸大学、筑→筑波大学、広→広島大学。例えば「19東一.一」は、2019年東京大学の大問一の小問一をあらわす。
22.小説・随想の着眼(場-心)
ここからは小説・随想(文学的文章)における特有の手法について述べる(~27)。もちろん、以上に述べた手法は小説・随想にも応用できるし、以下の手法の26・27は評論(論理的文章)でも問われるものである。そこで小説・随想だが、基本的には「心情」と「表現」を問う問題に分けられる。直接的には「理由」を聞いていても、その行為に至る「心理(心情)」を問うている場合が多い(→19東北二.三)。「心情」問題においては、「心情」と「場面」は一体であると考え、「場面」を整理し、それと対応する「心情」をまとめる(→19東四.二)。また、比喩や象徴など含蓄のある言葉の理解や言い換えが求められることも多いので、その場合、「表現」も合わせて問われているといえる(→12東四.三)。「表現」問題の説明は、27に譲る。
(例題) 「心の喜び」(傍線部(1))とあるが、「私」は若者がどのような「喜び」を感じていると考えているのか、わかりやすく説明しなさい。〈20阪大(文)二.一〉
心情説明問題。非常にオーソドックスな小説問題。①段落より、心情に至る状況を明確にして、その心情を精緻化する。ここでの「喜び」の主体は「私」が観察するところの若者=移動中の囚人である(A)。若者は窓際の席に座り「朝の光にみちた窓外に向いてまぶしそうに目をまたた」き(B1)「さわやかな風に/胸をふくらませ/大きく息を吐き出」し(B2)「刻一刻かわって行く風物にうっとりみとれて」いる(B3)。そして「ふいに彼は小刻みに膝をひょいひょいと動かしはじめた(C)=ほかには表現し得ない「心の喜び」」を得るのだ。
以上より「A(前提)→B1B2B3(契機)→C(心情)」とまとめる。Aには、Bにおける解放感や明るさとの対比で、牢獄の閉鎖性や暗さという要素を加える。Cについては表現を一般化し「思わず/体が動き出すような/心から湧き上がる(喜び)」として解答の締めに置く。
〈GV解答例〉
移動により暗く閉ざされた牢獄での生活から一時的に解放されたことで、朝のまぶしい光とさわやかな風を感じ、刻一刻かわる窓外の風景に見とれ、思わず体が動き出すような心から湧き上がる喜び。(90)
〈阪大 解答例〉
若者は汽車の窓外の景色を見ることで、囚人となった者には滅多に訪れない、自分がとらわれていることを完全に忘れているような、明るく朗らかな解放感を覚えている。(77)
〈参考 S台解答例〉
囚人として護送されている汽車の中から眼にした、五月の朝の光と風にあふれた瞬外の光景に心を奪われ、囚われの身であることを、ほんのひととき忘れ、明るく朗らかな快さを味わっている、あどけない若者の無心の「喜び」。(103)
〈参考 K塾解答例〉
青年は、罪人として幽閉され不自由を味わってきたので、新鮮な外気に触れ移り変わる車窓の景色を目の当たりにするという日常的な経験にさえ、心身が躍動しようとするのを抑えきれなほどの解放感を味わっている。(98)
〈参考 Yゼミ解答例〉
罪を犯して拘束されていた若者は、護送のために乗った汽車の中で、変化に富んだ窓外の風景と初夏の風のさわやかさを感じ、囚われの身であることを忘れて、鬱屈していた気持ちが晴れるような束の間の解放感を感じていると考えている。(108)
23.行為主体と関係性の把握
「場面」の整理において欠かせないのは、行為(心理)主体とその主体を中心にした場の関係性の把握である。行為主体の想定がどこまでか、また、その行為主体と対象との関係性がどうであるかを整理すると、自ずとそこでの心情も明確になってこよう。
→19東四.一、19東北二.四、19阪(文)二.二、19広二.一、19広二.二、01東一.四、17東四.二(三角関係)
(例題) 「嫉妬の淋しさ」(傍線部イ)とはどういうことか、説明せよ。(60字程度)〈17東大四.二〉
内容説明問題。ごく一般的な用語である「嫉妬」や「淋しさ」の言い換えは求められていない。それを「負目」や「孤独」と置き換えたところで、何の意味もなさないことは自明だろう。ここでは「の」によって直接的につながれた「嫉妬」と「淋しさ」の関係を問うている。連体修飾格の「の」は普通「所有」を意味するから、「~嫉妬は、~淋しさを伴う」くらいに見当はつくが、まだ確定はしない。「嫉妬」「淋しさ」は、上のような設問意図の理解から、答案にはそのまま使うべきだろう。
状況を把握すると、「木の葉のあてっこ」で父が出す問いに、「聡い」姉はさっと答えて父を「喜ばせ」るが、一方「鈍い」私はなかなか答えられず父を「なげかせ」る。この三者の関係(三角関係)において「私」が感じる嫉妬の対象が「姉」だということは、本文からも繰り返し確認できる。では「淋しさ」は?
③段落の記述「(私への問いを)姉がさっと答えて父を喜ばす/私はいい気持ではなかった/にくらしく口惜しかった」から分かるように、姉への感情は同時に「父」への感情を介在させる。つまり「姉」が問いに答えて「父」を喜ばせることへの「嫉妬」は、同時にそれに答えて「父」の関心を引くことができない「私」の「淋しさ」を伴うのだ。だからこそ、④段落の末文にあるように、「姉への嫉妬」、つまり父に認められないことへの「淋しさ」がバネとなり、「私」は「草木へ縁をもつ切掛け」をより強くしたのである。
<GV解答例>
草木についての質問に答え父を喜ばせる利発な姉への嫉妬は、同時にそれに答えられない愚鈍な私が父の気を引けないという淋しさを伴うこと。(65)
<参考 S台解答例>
父の期待に応える聡明な姉に負目を抱きつつ、後を追って草木へと目を向ける出来の悪い自分にもの悲しさを覚えるということ。(58)
<参考 K塾解答例>
聡明な姉と、その才知を喜ぶ父との親密な関係からいつも置去りにされ、そうした姉がねたましいが、それをどうにもできないことに孤独を感じるということ。(72)
24.場面整理からの心情の推定
「場面」を踏まえて「心情」をまとめる問いの中でも、そこでの心情と直接対応する記述がないこともある。その場合もパズルのピースを周りから埋めるように状況を緻密に整理し、暗示的な表現なども手がかりにして、これしかないという心情(ラストピース)を特定しなければならない。心情説明の中では難度が高い問題となる。
→19東四.四、19.筑二.一、17広二.七
(例題) 「今度はこっそりと泣くのである」(傍線部エ)とあるが、それはなぜか。(60字程度)〈19東大四.四〉
理由説明問題(心情)。理由を考える前に、傍線の「今度は」という表現に着目すると、一度「は」、迷い子として「泣き叫」んだ。今度「は」、「こっそりと」泣くのである。では、どうして?
直接には傍線直前「(かつて迷い子だった大人は)そのことに気付いた」から、である。何に気付いたのか?「母は、自分を包み込んでくれる世界そのものではなく、世界の片隅で自分を待っていてくれるだけの小さな存在に変質してしまう」こと(A)に気付いたのである。「今度は」と対応させて、変質に気付く「境」である「その時」も明確にしたい。それは、迷い子としてひとしきり泣いた後、「もう孤独に世界と向き合っていかなくてはいけないのだと悟った時」(B)である。以上より「Bを境に、Aに気付いたから」と解答できるが、まだ「こっそりと」泣くにきれいにつながらない。
「自分を包み込んでくれる世界そのもの」だった母が一人の存在に変質したことに気付き、大人になるとはどういうことだろうか。そこには、「自分を包み込んでくれる世界そのもの」であった母への「惜別の感」があるのではないか。そのことをしみじみと感じ大人になった「僕」(たち)は、かといって人前でおいおい泣くわけにもいかないから、「こっそりと」泣くのである。ここにある本質的な感情は「惜別/愛惜」しかありえないのである。
<GV解答例>
孤独に世界と向き合わねばならないと悟った時を境に、母が自分を包み込む世界そのものでなくなったことに気づき、その変質を愛惜するから。(65)
<参考 S台解答例>
自分を庇護する存在はもはやなく、世界と孤独に向き合うしかないと思い知った大人は、自分で自分を慰めて生きるしかないから。(59)
<参考 K塾解答例>
孤独に世界と向き合う大人は、自分を庇護してくれる世界そのものであった母との関係を失い、母が自分を待つだけの小さな存在となったことに気づき、悲しくなるから。(77)
<参考 T進解答例>
大人は、自分を庇護してくれる世界そのものだった母が、今や自分を待つだけの小さな存在と化したことに気づき、一人で世界に向きあって生きる孤独を痛感するから。(76)
25.心情の変化(事態の媒介)
小説・随想の問題で、本文の始点(S)から本文の終点(G)に至り、どのように心情が変化したかを問われる場合がある。当然、長めの記述を要求されることが多いが、まずは始点(S)と終点(G)の定点での心情を、それぞれ対比的に整理する。その上で、間にどういう事態(A)が媒介したのかを明確にしてまとめることになる。基本構文は「SがAによりGとなった」となる。
→19東北二.五、19筑二.四、19広二.六、17広二.四
(例題) 「彼女の声をもっとよく聞きたくて、更に力一杯ペダルを踏んだ」(傍線部(エ))には、「小父さん」のどのような気持ちが表れているか。「小父さん」の心情の変化に着目して七十五字以内で説明せよ。〈19東北大二.五〉
心情説明問題。傍線部自体からは「彼女」=司書に対する関心と、それに起因する気持ちの高揚が読み取れるが、いったん設問要求に沿って、「小父さん」の心情の変化をたどり、傍線の含意を正確に具体化しよう。
本文を大きく場面分けすると、3つの場面に分かれる。小父さんを主体として、🅰️ 図書館での司書とのやりとり(1️⃣2️⃣3️⃣)、4️⃣ 青空薬局での思念、5️⃣ 家路を急ぐ場面、となる。これらの場面を通しての心情の変化は、🅰️で若い司書に突然、「鳥の本ばかり」読むことを指摘され、それに対して気後れした小父さんは、図書館を出る時まで十分に対応できなかった。それが5️⃣の最後の場面では「彼女の声を…聞きたくて…力一杯ペダルを踏」むのである。🅰️の「司書への戸惑い」から5️⃣の「司書に関連した高揚」に至る心情の変化をもたらしたのは何か。当然、間の4️⃣にポイントがありそうである。
4️⃣では、帰り道ふと青空薬局を覗いたところ、生前の兄が毎週買い、その包装紙で小鳥ブローチを作っていたポーポー(←※脚注)が撤去されていた。それに小父さんは失望を感じる一方、「お兄さんがポーポーのために特別に選ばれた人間であったことが証明されたのだ」と自分に言い聞かせる。「ささやかな薬局で羽を休めていた小鳥たちを、お兄さんは救い出したのだ。お兄さんにしかできないやり方で」と。言葉に「障害」のあった兄を、その兄だからこそ、ポーポー(とそれに印刷された小鳥)が必要としていた。そう認識した時に、先程の図書館で自分が鳥に関わる本だけを選ぶように借り続けてきたこと、そのことを見てくれている人がいる、自分の存在が「それとして」認められている、という思いを小父さんは強く持ったのではないか。その思いが🅰️での戸惑いを通り抜けて、小父さんにラストの高揚感をもたらしたのだ。以上より「戸惑い→兄はポーポーに認められた存在→自分も司書に存在を認められている→高揚感」とまとめる。
<GV解答例>
借りる本の傾向を知られていることに戸惑いながら、兄がポーポーの為に選ばれた人間であるように、自分も司書に存在を認められていると感じ気分が高揚している。(75)
<参考 S台解答例>
死んだ兄を思いつつ孤独に小鳥と関わっていたが、司書や幼稚園児が気にかけてくれていたことを知り、自分の存在が認められたように感じて高揚感を覚えている。(74)
<参考 K塾解答例>
司書の不遠慮な言葉に始めは身構えたが、死んだ兄のように自分も鳥を救う人間として理解され励まされていると感じはじめ、その責任を果たそうと意気込む気持ち。(75)
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