ミッドナイトゴスペル〜狂気と薬物と宗教哲学に満ちた第一話考察〜
アドベンチャータイムの監督でありオーバー・ザ・ガーデンウォールの脚本を書いたペンデルトン・ウォードがCNから解き放たれ、カートゥーンアニメ無法地帯であるNetflixで新作アニメを作った。と聞けば多くのカートゥーンアニメオタクは戦慄し震え上がり、そしてまた同時に期待するだろう。
ミッドナイトゴスペル
The Midnight Gospel
ハッキリ言って想像以上だった。
どうせガンギマリシャブ中カーニバルなんだろうとは思っていたが完全に臓腑を抉られた気分になった。
アドベンチャータイムの夢ループ回や哲学回、それこそ『夢の儀式』や『心の金庫』を、骨が崩れるまで煮詰めた様な凄まじいアニメだった。
断言できるのはこのアニメは自分が今まで見てきた海外アニメの中でブッチギリで一番やべえ作品だと言うことだ。
◆簡単なあらすじ
主人公はクランシー。
少年にも青年にも見えるが飄々とした、恐らくは男性のキャラクターだ。
なんだかんだワンダーのワンダーから陽気さを奪った様なキャラだと自分は思った。
アドベンチャータイム終盤の数多の悲劇に感情が削がれ、達観したフィンにも近い。
彼は個人ラジオのキャスターであり、様々な多次元宇宙の惑星を訪れ、そこに暮らす人物、つまりはその回のゲストと対話をし、生や死や己という意識についての気づきを重ねていく、かなり哲学的な作品である。
ここでのゲストはクランシーにとってのゲストであり、そして同時にこの作品のゲストでもある。
つまりは実在の中毒医学の専門家、果てはチベット仏教指導者が毎回ゲストとして、作品内のキャラクターとして招かれるのだ。
この時点で怪作になる予感しかない。
◆戦慄恐々の第一話
恐る恐る第一話を視聴する。
ゾンビ回だった。ゾンビ回である。
ゾンビ回といえばカートゥーンアニメのお約束でありお決まりでありカートゥーンオタクにとっては実家の様な安心感を得られる実に馴染み深い恒例行事である。
カートゥーンアニメにおいてゾンビが湧くなどクリスマスツリーを飾る事と同じくらいの恒例行事に過ぎない。
アドベンチャータイム第一話もゾンビ回だった。
そんな親しみ深いゾンビ回に女性器の様な機械に首を突っ込み肩幅1.5mほどの筋肉ムキムキのガタイになったクランシーにツッコミを入れるのを忘れるほど安堵した私がその後見せられたのはゾンビとのドタバタパニック攻防ではなく大麻の合法化と薬物による身体への弊害についての議論だった。
今回のゲストは大統領、演じるは中毒医学の専門家であるドリュー・ピンスキーである。
睡眠薬で危うく嚥下性肺炎を患って死ぬところだったとか大麻を合法化すればオピオイド(鎮痛剤)の使用率が下がるだとかまぁもうとにかくサウスパークでも見たことが無いような薬物名が飛び交う白熱の議論が展開される。
「良い悪いはなく単なる化学物質。
ただそこに『存在』するだけ。」
と薬物を否定も肯定もしない大統領。
そしていつしか薬物トークは瞑想、仏教などの精神的な話題にいつのまにか、ほとんど気付かないうちにシフトしていく…
薬物による高揚感についての話をしていたのがいつの間にか自分の感情と向き合うマインドフルネスという瞑想の話にすり替わっているのだ…
「瞑想によって怒りのようなネガティブな感情も、現実も、ありのままに受け入れるだけ。」
このクランシーの言葉でようやく気付いた。
先程の薬物をありのままに受け入れる大統領と同じくこの話のテーマは、
東洋哲学における『無為自然』であると。
この辺りでこのアニメ本気でヤバいんじゃないか?と冷や汗をかいてきた。
この哲学的な会話は全てゾンビが住人の内臓を食い荒らし、またゾンビを片手間に撃ち殺している間に表情を全く変えずに展開されているのだ。 ゾンビパニックという体裁と皮を被りつつ薬物と宗教哲学を結びあわせた現代説法を撒き散らすとんでもないアニメである。
「体も含めた物理的な世界は
自分の意識に包まれた世界」
とクランシーは瞑想の末に辿り着いた悟りを、 般若心経における『空』を説く。
しかしその素晴らしいはずの悟りに至るまでの道程すら苦しいと。
と、その瞬間無意味に思えた単なる体裁の為と思われたゾンビ回が伏線を回収するのである
クランシーも大統領もゾンビに噛まれて死ぬ
ゾンビとなった彼等が見た世界は薬物も哲学も必要ない生から解き放たれた真の自由だった。
人生という檻から解き放たれる方法は 死であり、死こそが救済。
完全にしてやられた。
ゾンビ回というカートゥーンアニメとしては実に馴染み深い定番のテーマを 基盤にしつつ展開されるのは薬物と宗教哲学、これゾンビ回である必要なくね??と、視聴者が思い始めたところでゾンビによってもたらされた死が、薬物よりも宗教よりも何よりもの救済であると今までの議論全てを捻り潰して叩き付けられるのである。
とんでもないアニメだ。
本当にシャレにならない。
伏線回収どころか伏線が本編内容総てを尽く粉砕している。
第一話の考察、感想はここまでにして今後の展開について少し気になることを書いておきたい。
まずクランシー。
正体不明。アドベンチャータイムのプリズモと宇宙フクロウ、特に自室から様々な世界に出没する様は宇宙フクロウに近いと思った。
多次元宇宙を行き来する彼はアドベンチャータイムの世界における神に属するものに近いと感じた。
結局AT最終回までにプリズモの上司については語られなかったが…
まあとにかくああいう神が何人もいるのだろう。彼は"それ"なのかもしれない。
そしてハーノグ。
クランシーのラジオの唯一の登録リスナーらしい。クランシーはハーノグの為だけに多次元宇宙へと出歩き様々なインタビューを拾って来ていることとなる。だいぶエモいな…
とにかく始まってしまった驚異の怪作ミッドナイトゴスペル。第一話からこのフルスロットルぷりで目眩がしてしまうがこの後もゲストにチベット仏教指導者が控えていて見逃せない。
この作品はアドベンチャータイムを見てある程度哲学的な狂気に慣れてから見ないと精神の体調を崩す可能性がある。
更に言えばミッドナイトゴスペルを見てからアドベンチャータイムを見ると狂気が足りないと感じてしまう可能性すらあるのでアドベンチャータイム未履修の人間は今すぐアマプラでもネトフリでもなんでも使って履修した方が良い。
それほどのアニメなのだ。
今後が楽しみでも不安でもある。