チケット詐欺
今年の夏、初めてチケット詐欺に遭った。
私は自担の舞台の大千秋楽が取れず、Twitterの取引用垢で譲渡ツイートに片っ端からリプライを送ったり、求むツイートを流したりしていた。
『9月6日 大千秋楽 定価でお譲りいただけませんでしょうか。お席はどこでも構いません。DM解放しております。マナー違反等いたしません。よろしくお願いいたします。20代 神奈川 ○○担 ナツミ』
取引垢というのは通常使っているアカウント(本垢)とは別に作った、チケット取引用のアカウントのことであり、私は本名のナツミを名乗っている。
ちなみに本垢では"ハナ"。
本名の「"ハ"シモト "ナ"ツミ」から取って「ハナ」だ。
なかなか見つからないから諦めようかと思っていた矢先、1時間前にリプライを送ったあるアカウントからDMが来た。
『ナツミさん、初めまして。イオリと申します。当方、大千秋楽のS席を1枚所持しております。定価でお譲り可能です。ただ、当日は仕事で到着がギリギリになるため、できれば事前に振り込み&郵送でいかがでしょうか。』
少し迷ったけれど、大千秋楽まであと1週間しかない。譲渡ツイートを流している人はあまり見当たらないし、いたとしても50を超えるリプライがついているものばかりで、イオリさんもその一人だった。
このチャンスを逃すと次はない。
ぜひよろしくお願いいたします、と返信をおくり、振込先を教えてもらった。
『○○銀行 ○○支店 アラキ イオリ
こちらに10,000円お願いできますでしょうか。また、お振込が確認でき次第チケットをお送りしますので、ナツミさんのご住所も教えてください。』
『ありがとうございます。今日中に振り込みます。こちらの住所は、○○県○○市○○町1-2-3 橋本 夏美と申します。よろしくお願いいたします。』
私は約束どおり彼女に振り込んだ。
しかし、一日経っても振り込み確認の連絡はない。
三日後、そろそろチケットを発送してもらわなければいよいよ間に合わないと催促のDMを送ろうとしたところ、アカウントは既に削除されていた。
やられた。チケット詐欺だ。
そもそも転売禁止のチケットを譲ってもらおうとしたという負い目もあり、警察沙汰にするわけにも行かず、私は途方に暮れた。
何より、問題は大千秋楽のチケットである。
福沢諭吉の紙はこの世に何枚もあるし給料日になれば再度手に入るが、大千秋楽のチケットだけはその日を過ぎるともう二度と手に入らない。
『チケット詐欺られた!大楽行けない…』
本垢でそうツイートすると、同担のアイちゃんがすぐさま連絡をくれた。
アイちゃんは連番で入ったことはまだないけれど、よく現場で会って食事に行く間柄だ。
Twitterで知り合って、3年になる。
『詐欺られたってまじ?!最悪だね…前楽でよければ、私、ちょうど2枚譲ってもらったから一緒に行こ!』
大千秋楽には行きたかったけれど、最前なら入りたい……
彼女の優しさに頭が下がる思いで、ぜひお願いします、と返信を送った。
当日、アイちゃんに会ってチケットを受け取り、会場に入って赤いふかふかの座席についた。
「激戦の舞台なのに、最前なんてよく譲ってもらえたね。」
そう言うと、アイちゃんはいたずらっぽく笑って言った。
「実は、"積んだ"んだよね。あっ、でもハナちゃんは定価でいいよ!臨時収入があったから、気にしないで。」
"積む"というのはチケットの定価以上の金額を払うということだ。
激戦の人気公演やステージに近い座席の場合、そうしてチケットを確保する人がいる。
「そんな、悪いよ」と言う私の話を逸らすように、アイちゃんは青い封筒を取り出した。
「そうそう。これ、次の公演のチケット!昨日届いたんだ。」
いつか連番しようねと約束していた秋の舞台のチケット。これもまた人気公演で、アイちゃんがなんとか1公演だけ当ててくれた。
しかし、まさか今日こんな形で初めての連番が叶うとは、皮肉な話だ。
チケットを受け取ると印字された名義人の名前が目に入って、私は初めてアイちゃんの本名を知る。
「そういえば、ハナちゃんって本名なんていうの?私は本名の苗字と名前の頭文字を取ってるんだけどさぁ……」
*全てフィクションです。実在の人物や公演とは関係ありません。
何かとびきり楽しいことに使わせていただきます。