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南極探検時に白瀬矗氏が発揮した決断力

この大きな金属の塊は何かというと、
正体は「プロペラ」である。
またの名を「スクリューブレード」
あるいは「スクリュープロペラ」とも
いうらしい。
チタン合金でできた、船を推進する
ための「羽根」
だ。

「砕氷艦」というのは、名前の通り、
氷を砕きながら進む船。
「南極観測船」の呼び名の方が、
通りがよいだろう。
その南極観測船「初代しらせ」
プロペラが、東京都港区の芝浦ふ頭
ふ頭公園の中に鎮座している。

この「しらせ」というのは、誰の名を
取ったかはご存知だろうか?
日本で初めて南極探検の旅を行った、
白瀬 矗(しらせ のぶ)氏
である。

この、白瀬矗氏の人生が、壮絶の一言。
Wikipediaをざっと眺めるだけでも、
その壮絶さはヒシヒシと伝わってくる
ものと思うが、もしKindle Unlimitedの
契約をしている方は、是非こちらを
読んでみることをお勧めする。

何度かこちらでも紹介している、
メルマガ「ビジネス発想源」シリーズ
作者の弘中勝さんが、有料メルマガで
8回にわたり連載したものを電子書籍化
したものだ。

ビジネスに役立つ発想を歴史から学ぶ、
というコンセプトなので、単なる冒険譚
に終わるのではなく、組織をどのように
マネジメントすべきか
といったことが
学べる、すぐれた読み物となっている。

特に心打たれたところは、
白瀬氏が南極を目指して進む中、
予測をはるかに超える天候などの
悪条件が重なった時に、冷静に
退却の決断をした
ところ。

冒険家として、何としても南極にたどり
着きたいという野心は当然持ちながらも、
優先順位を間違うことなく、勇気ある
撤退
を決めて、隊員たちの命を守り抜く
覚悟を示し、実際に守り抜くことに成功

したのだ。

白瀬氏が南極点を目指していたその少し
前に、ロアール・アムンセンが、世界で
初めて南極点に到達している。
アムンセンの物語は、皆さんも幼い頃に
本で読んだ記憶がある方も多いのでは
なかろうか。

ノルウェーのアムンセン隊と、競うように
南極点を目指していたのは、イギリスの
スコット隊

両国とも膨大なお金をかけて、特に
イギリスに関しては、それこそ国の威信を
かけて、南極点制覇を競っていた。

この両者の、対照的なマネジメントの
スタイルもまた興味深い論点なのだが、
是非それも含めてKindleで読んでみて
欲しいところ。

白瀬隊は、ノルウェーやイギリスと比べ、
そもそも国家的な支援に極めて乏しく、
極寒の地で冒険を行う装備も十分とは
言い難い状況。

この、貧弱な装備で果敢に挑み、
なおかつ勇気ある撤退を行って
死者を一人も出さずに帰ってきた
という優れたマネジメントが、
アムンセンから賞賛されていた
いうエピソードが紹介されている。

プロは、本物のプロの凄さを見抜く。
そして、世評とは関係なく、評価を
してくれるものなのだ。

目的、目標に到達するために、
ついつい無理をしてしまう場面は、
ビジネス現場で頻繁に起こること。

しかし、そこで無理をすることが、
本当に中長期的に見て良いことか。
冷静な判断力を働かせたら、
「勇気ある撤退」をした方が
本来の目的を達するための最適解
ではないのか。
常にそのように自問すべきことを、
白瀬氏のエピソードは教えてくれる。

偉業を成し遂げたにも関わらず、
帰国後に彼を待っていたのは、
あまりにも残念な出来事。
それにもめげずに、全国を講演して
回り、最後はひっそり亡くなった
白瀬氏のことを、日本人はもっと
知っておいていい、
いや知るべきだろう。

己に磨きをかけるための投資に回させていただき、よりよい記事を創作し続けるべく精進致します。