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第63回 実録小説『テレビが見たいんだ』 カメロー万歳 白洲太郎 2021年6月号

#カメロー万歳
#月刊ピンドラーマ  2021年6月号 HPはこちら
#白洲太郎 (しらすたろう) 文

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 2019年某月。
 世界が新型コロナウイルスに侵される少し前の話である。
 白洲太郎は家のソファに寝ころびながら愛用のキンドルでマンガを読んでいたが、外から聞こえる些細な物音に聞き耳をたてていたため、あまり集中できずにいた。絶対に来ると言い切り、自信満々の表情でサムズアップをしたジョーズィーの野郎が、未だに現れやがらないからである。太郎の家のテレビは、かれこれもう4か月は映っていない。去年のいつだったか、ジョーズィーから購入した『数百種類のチャンネルがタダで見れちゃうデジタルテレビチューナー』がまったく作動しなくなってしまったからである。
 チューナーを購入してから数か月は絶好調で、太郎とちゃぎのはありとあらゆるチャンネルを視聴して楽しんでいた。ひさしぶりのNHKに感動したり、映画やスポーツ、料理やドキュメンタリー系のチャンネルなどを鑑賞しながら、青空市場で販売するための商品づくりに勤しんでいたのである。しかしそのような時代も長くは続かなかった。しばらくすると、画面にモザイクのようなチカチカが混入したり、映像が途切れたりするようなことが頻繁に起こり始めたのである。サッカーの試合などを見ていても、ゴールシーンの直前に映像が停止したりと、まるでコントのようなタイミングで邪魔をされる。その後、近所の人の歓声によりゴールの成否を推測したりと、通常では考えられぬほどに不便なテレビ生活と成り果ててしまったのである。
 なぜ突然、このような事態に陥ってしまったのであろうか?
 機械オンチの太郎とちゃぎのであったが、YouTubeなどで懸命なる調査を試みたところ、どうやらこのデジタルチューナーを『アップデート』してやる必要があるらしい、ということがわかった。その言葉の響きにアナログ人の太郎はビビったが、なんのことはない、インターネットで該当のパッチをダウンロードし、それをUSB経由でチューナーに適用してやるだけのことである。面倒ではあるが、こんなに簡単なことはない。なめんなよ。とばかり、勢いこんでパッチを当ててみたはいいものの、それが見当外れのヴァージョンだったか、まがい物をつかまされたのかはわからぬが、それまで280ほどのチャンネルが視聴可能であったのに、数種類の番組しか選択することができなくなってしまったのである。焦った太郎はこの劣勢を挽回すべく、渾身の力で新たなパッチをダウンロードし、あらん限りの信念をもって適用のボタンを押してみたが、なんという神の悪戯か、今度はたったひとつのチャンネルですら映らなくなってしまったのであった。
 もともとテレビを観る習慣などあまりない太郎であったが、たまにはニュースをチェックしたいし、サッカーのブラジル戦など、話題性のある試合は観戦したい。重要なのは『見たい』と思ったときにいつでも視聴できる環境にあることで、そういう意味では非常に居心地の良くない状況であった。ジョーズィーにはテレビチューナーとアンテナ2本を合わせて、決して安くはない金を支払っていることだし、彼自身も「困ったことがあったらいつでも言えよ」とアフターサポートを約束してくれてもいた。その言葉に頼るべきときがやってきたのである。
 太郎の家とジョーズィーの家は300メートルほどしか離れていない。ご近所さんである。太郎はサンダルをつっかけ、てくてくと歩いていったが、ジョーズィーの家にはインターホンが備え付けられていないため、ブラジル式に手を叩いて訪問を知らせるか、大声で呼ばうか、門をコンコンと小突いて存在をアピールするか、などの方法しかなく、そのいずれも試してみたが、扉は深く閉ざされたままである。時間帯が悪かったかと、パターンを変えて何度か訪問したものの、その日はなしのつぶてであった。
 ジョーズィーのことは、もう何年も前から知っているが、とにかく働き者で、一日中あちらこちらを動き回っている。日中に彼を捕まえるのは難しく、かといって夜に訪ねていくのも遠慮がある。ならば、と近所の住民からジョーズィーの携帯番号を入手したところ、ようやくwhatsappによるメッセージで連絡を取ることに成功したのである。彼の反応は素早いもので、一両日中に太郎の家に来てくれることになった。かれはほっと胸をなでおろしたが、それから一週間が経ち、二週間が過ぎても、一向に現れる気配がないのである。しびれを切らした太郎が再度連絡を取ると、「何度かおまえんちに行ったんだけど、誰もでてこなくてさ」と事もなげにいうので、太郎はその言葉を信じた。かれも一日中家にいるわけではなく、週の半分以上はフェイラで働いているし、たまたまタイミングが合わなかったのだろうと納得したからである。
「今週の火水木は一日中、家にいるから。いつでも来てくれよ」
と、ジョーズィーに知らせると、彼は快活に
「オーケー!まかせとけ!」
とサムズアップをした。まるで歯磨き粉の広告塔のような爽やかな笑顔である。そのスマイルを見て、彼は今度こそ来てくれる。やっとテレビが映るようになる。太郎は再び安堵のため息をもらしたのであった。
 ところが、気がついてみるとその3日間はあっという間に過ぎ去っていた。42インチの大型テレビは相変わらず無用の長物としてリビングにそびえたっているのであり、黒い画面にはほこりも目立つようになっている。もちろん先方にも都合というものがあり、こちらはお願いする立場にあるのだから文句をいうわけにはいかない。わかってはいるのだが、ジョーズィーも「行く」と宣言したからには、その言葉を履行する必要がある。太郎がwhatsappにて再度問い合わせをすると、ジョーズィーはまたもや、「行ったけどいなかった」という弁明を繰り返すのみで、さすがの太郎も首を傾げた。この3日間、スーパーに行く以外はずっと家に滞在していたし、買物には20分程度の時間しかかかっていない。その間に来たという可能性もなきにしもあらずだが、確率としては限りなく低いのである。ここにきてようやくジョーズィーの言葉に疑問をもつようになった太郎は、「本当は一回も来てねえんじゃねえの?」と猜疑の目を向けざるを得なくなったのである。世の中には平気で嘘をつく輩がたくさんいるが、働き者のジョーズィーに限って、という先入観がこれまでにはあった。しかし、どう考えてもおかしいのである。
 次の週の火水木こそ、来てほしい。道端で偶然出会った彼にそう告げると、ジョーズィーはまるで屈託のない様子で白い歯を見せ、親指を高々と天にかざしたのであり、その凛々しい姿はまるでドラマの主人公のようであった。だがこれまでの経緯もある。そう簡単に彼の言葉を信じるわけにもいかず、どうせ来ねえんだろ。という思いと、彼を信じたいという気持ちがないまぜになり、太郎は寝ても覚めてもそのことばかりを考えるようになった。
 そして冒頭のシーンにたどりつくのである。
 太郎はスーパーにも散歩にも行かず、ひたすら彼が家の門をたたくのを待っていた。寝ころびながらマンガを読んではいても、意識は常に外へと向けられている。車やバイクが通り過ぎるたびに、太郎はがばっと身を起こし、耳を澄ませ、実際に門を開けたりもしてみたが、そこにいるはずの彼はいない。待ち人はいくらたっても現れず、テレビが映らなくなってからすでに5か月が経過していた。その間、ジョーズィーは同じ言い訳を続けていたが、太郎はもう彼の言葉を信じる気にはなれず、不信感だけが募っていったのである。
 そんなある日。ジョーズィーを道端で発見した太郎は、これがラストチャンスとばかり、自分の窮状を涙ながらに訴えた。その内容は、「テレビが見たいんだ」というとてつもなく平和的なものであったが、本人にとってはこれが一番の悩み事なのである。「じゃあ来週の火水木のどれかに……」と言いかける彼の言葉を遮り、太郎はジョーズィーの腕に自らの腕を絡ませ、そのまま自分の家まで連行していった。最初こそ迷惑そうな顔をしていたが、いざ家のなかに入ると、彼は親身になってチューナーの状態を調べ、アンテナの位置を確認し、どうにかテレビが映るように試行錯誤を繰り返してくれたのである。しかし太郎の当てたパッチがチューナーに壊滅的なダメージを与えていたらしく、ついに回復することはなかったのであった。
 ジョーズィーは自宅に持ち帰って修理する必要があることを太郎に告げ、かれもそれを了承した。
 そこからさらに4か月待たされることを、このときの太郎が知るわけもない。
 その長い空白の期間にテレビを見る習慣はすっかり失われ、高い修理代を支払ったチューナーが戻ってきてからも、家のなかはしんと静まりかえったままであった。
 テレビを見ない生活。
 それも悪くはないと、最近の太郎とちゃぎのは本ばかりを読んでいる。

白洲太郎(しらすたろう)
2009年から海外放浪スタート。
約50か国を放浪後、2011年、貯金が尽きたのでブラジルにて路上企業。
以後、カメローとしてブラジル中を行商して周っている。
yutanky@gmail.com
Instagram: taro_shirasu_brasil
YouTube: しらすたろう


月刊ピンドラーマ2021年6月号
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