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第68回 実録小説『売れるのか? それとも売れぬのか?  前編』 カメロー万歳 白洲太郎 2021年11月号

#カメロー万歳
#月刊ピンドラーマ  2021年11月号 HPはこちら
#白洲太郎 (しらすたろう) 文

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 2021年10月8日。

 早朝というにはあまりにも薄暗い午前3時、白洲太郎は起床した。世界を恐怖と混乱に陥れた新型コロナウイルスの大流行も、ワクチンのおかげか集団免疫のおかげかは知らぬが、徐々に落ち着きを見せはじめている。と同時に、世の中の動きも通常モードに戻りつつあり、それは太郎の住む田舎町エリアも例外ではなかった。これまではパンデミックの影響もあり、自分の住む自治体の市場でしか仕事ができなかった白洲商店であったが、近隣の町がよそ者の受け入れを続々と解禁しているという噂を聞くにつれ、太郎も重い腰を上げざるを得なかったのである。

 気楽な田舎暮らしなので、生活に困っているというわけではない。これまでのように週2回程度の仕事量で十分にやっていける状況ではあったものの、やはり金があるにこしたことはなく、数週間後にはちゃぎのの慰安も兼ねて、リオ・デ・ジャネイロに行く予定もあったため、一念発起、真面目に働こうと思い立ったのであった。

 これから向かおうとしている町は険峻な山道を数時間かけて運転せねばならぬ過酷なロケーションに位置しており、車のダメージや高騰するガソリン代のことを考えると行く気が揺らいでくる。現に、昨夜は緊張からかあまり眠れず、いつもなら寝起きの良いはずの太郎がなかなかベッドから起き上がることができなかったのである。隣のちゃぎのも同じような表情をしており、やはり昨夜は眠れなかったらしい。おまけに女性特有の生理現象の真っ只中ということで、体調は最悪の様子であった。ちゃぎのの調子次第で、今日の行商は中止にもなり得る。太郎は彼女の顔色を窺いながら、遠慮がちに問うた。

『もしキツイようだったら来週に行くってことでもいいぜ?』

 何はともあれ、ちゃぎのの体調が第一である。今日仕事をしなかったからといって、明日の生活に困るようなことはない。今までオレが積み上げてきた基盤はそんなことじゃ揺るぎやしない。安心して休んでよい。いや、休もう。という期待をこめてちゃぎのを見つめると、予想に反して『行く!』という力強い言葉が返ってきた。

『あたいのせいにしてサボろうったって、そうはいきまへん』
と疑り深い視線を向けてきたので、太郎は慌てて頭を振った。

『何いってやがんでえ!よっしゃ、覚悟はできてるようだな!』
というわけで、白洲太郎ご一行は山道を3時間かけて行商に行くことになったのである。

 とにかく険しい山道である。未舗装なのは当然として、そこら中にある穴ぼこ、土中に埋まった石くれ、いつ飛び出してくるかわからぬ野生動物、シャワーのように降り注いでくるホコリ、その他もろもろをかいくぐって進まねばならない。その見返りとして、朝日に照らされた雄大な自然の姿を仰ぎ見ることができるが、一番の心配事はやはり、車が壊れぬかどうかということで、太郎は細心の注意を払いながらハンドルを握る手に力をこめた。

 3時間後。7時近いとあって、すでに町の市場には活気が満ち溢れている。約2年ぶりに訪れたカンタガーロという町はすっかり様変わりしていた。パンデミックの間に市長が代わり、広場を新設したのを皮切りに様々な改革に着手、その余波は市場にまで広がり、白洲商店が屋台を開いていた場所は野菜売りの商人たちで埋め尽くされていたのである。

 せっかく来たのに売る場所がない。普通だったら途方に暮れるところであるが、露天商売にかけては百戦錬磨の白洲太郎である。混雑を極める市場のなかで、一瞬のうちに空きスペースを見定め、電光石火の速さで屋台を設営した。メイン通りから少し外れてはいるものの、悪くはないロケーションである。だが、このような場所が7時近くになっても空いているのは単に幸運だったからではない。なぜならそこは人んちのどまん前、正確にいえば車庫の目の前であり、他の露天商たちはあえてその場所を避けていたのである。当然、住人とのトラブルが予想されるが、ここは低姿勢で『お願い』するしかない。屋台設営前に交渉したのでは、断られる可能性が大である。ならば、と先に既成事実を作っておき、そこから誠意をこめて『お願い』をするのが太郎の小狡い作戦であった。それでもダメなら潔く他の場所を探すつもりである。小心者のちゃぎのはハラハラしていたが、オレに任せておけ、と太郎は一顧だにしない様子であった。

 設営が終わると同時に、家の住人が顔を出した。明らかに怪訝な表情をしているが、ダメで元々である。誠意をこめて事情を説明し、もし車が出入りするのであれば、その時だけ屋台をずらして、通行に支障のないようにするから。と、子犬のような目で住人を見つめると、険しかった表情がみるみる笑顔になり、太郎はその場所で商いをすることを許されたのであった。幸い、青空市場が終わるまでは車を出し入れする予定はないとのことである。

 ホッとした太郎とちゃぎのはパンとモルタデーラとグァラナジュースで腹を満たし、あとは客を待つだけであった。

 売れるのか?それとも売れぬのか?

 リオ旅行の資金を稼ぐための、白洲商店の戦いがついに始まったのである。

​(つづく)


白洲太郎(しらすたろう)
2009年から海外放浪スタート。
約50か国を放浪後、2011年、貯金が尽きたのでブラジルにて路上企業。
以後、カメローとしてブラジル中を行商して周っている。
yutanky@gmail.com
Instagram: taro_shirasu_brasil
YouTube: しらすたろう
Twitter: https://twitter.com/tarou_shirasu


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