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水稲新品種改良に貢献した安藤晃彦(あんどう・あきひこ)さん

#移民の肖像
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#松本浩治(まつもとこうじ) 写真・文 

安藤晃彦さん

 長年にわたってブラジルの水稲品種改良に貢献してきたサンパウロ州ピラシカーバ市在住の農学博士で、サンパウロ総合大学ルイス・デ・ケイロス農科大学(通称ピラシカーバ大学)元教授の安藤晃彦さん(73)は、2005年8月にリオ・グランデ・ド・スル州のサンタ・マリア市で開かれた第26回ブラジル水稲学会で表彰された経験がある。その当時、1990年代半ばからサンタ・カタリーナ州立農業試験場研究グループとの共同で育成した新品種が、自身の名前の敬称である「ANDOSAN」と命名され、安藤さんは「育種者にとって自分の名前が付けられたことは最高の名誉」と語っていた。

 安藤さんは1958年、東京大学農学部育種研究室を卒業し、翌59年に農業技師としてブラジルに渡るまで、同研究室での研究に没頭した。在学中は水稲育種の権威・松尾孝嶺(たかみね)氏と放射線育種の権威・山口彦之(ひこゆき)氏(ともに元東大教授)に師事した。

 60年からはサンパウロ総合大学ルイス・デ・ケイロス農科大学の遺伝学科に勤務し、2002年に定年退職するまで植物の遺伝・育種研究につとめた。この間、サンパウロ総合大学の農業原子力センター(CENA)の設立にも大きく貢献。その後もこれらの研究センターで、非常勤として研究・教授活動を行った経緯がある。

 安藤さんの説明によると、2005年当時に表彰された新品種は、同氏の大学時代からの研究課題であった原子力放射線による突然変異育種法でできたもので、波長が短く透過性の高いガンマー線をイネ種子に当て、遺伝子を変化させる。つまり、人為突然変異によって生まれたものであったという。

 一般的に植物の品種改良には長い年月がかかり、生産性の高い良品種が市場に出回ることは容易ではないそうだ。新品種の「ANDOSAN」も例外ではなく、約10年間にも及ぶ長い年月が費やされた。

「ANDOSAN」はブラジル米のロンゴ(長米)で、その特性は一般のものに比べて生産性が高く、種を蒔いてから収穫までの期間が140日とやや長いものの、倒れにくく、マーケット調査では「旨みのある米」との定評を受けていたという。06年からはリオ・グランデ・ド・スル州、サンタ・カタリーナ州とボリビアで大規模に普及栽培が始められたようだが、ブラジル国内では予算や政治がらみの問題などで、研究者が一つの研究を継続して成果をあげるのは至難のわざだった。「育種は1回途切れるとダメになる。非常に手間がかかり、根気のいる仕事。多くの研究者は途中でどこかに行ってしまったり、研究も途中で費用がなくなり、行き詰まったりする」という安藤さんの言葉通り、育種研究は地道な活動とともに周りの協力者の存在も必要不可欠だ。「ANDOSAN」の育種に関しては、安藤さんの初期の教え子でもあるサンタ・カタリーナ州立農場試験場の石井タカジ博士の研究グループの絶大な協力支援があったことも大きかった。

 安藤さんがこれまでにブラジルに導入した突然変異育種法は、黒胡椒、イネ、コムギ、マメ、トモロコシなどの種子作物、ミカン、ブドウなどの果樹類や、キク、ランなどの花卉観葉植物類にも広く応用され、植物育種の一方法としてすっかり定着し、ブラジルの農作物の品種改良に大きく貢献してきた。

「私は本当に幸運だった。新品種に自分の名前が付けられたことは育種者冥利に尽きる。自分だけでなく、ブラジルの日系社会の皆さんとも分かちあいたい」と安藤さんは、2005年当時の表彰で大きな喜びを表していた。

(2005年8月取材、年齢は当時のもの)


月刊ピンドラーマ2020年12月号
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