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第65回 実録小説『ゲーノージンじゃないから仕方ない』 カメロー万歳 白洲太郎 2021年8月号

#カメロー万歳
#月刊ピンドラーマ  2021年8月号 HPはこちら
#白洲太郎 (しらすたろう) 文

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 2021年6月20日。

 しらすたろうはYouTubeからの通知にホッと胸を撫でおろしていた。『ブラジル露天商しらすたろう』チャンネルを開設してから、早1年と2か月。念願だった収益化がようやく叶い、ついに太郎の動画に広告がつくようになったのである。それまでに作った動画はおよそ110本。芸能人がたった数分でチャンネル登録者数1000人を達成するのを恨めしげに眺めながら、砂を噛むような思いで動画制作を続けてきたが、ついにスタート地点に立つことができたのである。本来ならば感慨もひとしおといったところであるが、思いのほか太郎は落ち着いていた。というよりもむしろ、己の不甲斐なさに腹が立っていたくらいである。知名度ゼロからのスタートとはいえ、自分と同じような境遇のチャンネルがぐんぐんと伸びていく様を山ほど見てきたし、それに引きかえオレはなんだ? という嫉妬とも羨望ともつかぬ感情が、怒涛のごとく湧き上がってくるからであった。

 例えば、同じような時期にチャンネルを開設したベトナム在住のある女性は、すでに登録者数4万人を突破しており、動画を公開するたびに数万回再生されているし、太郎と数日ちがいでチャンネルを始めたアラフォー女性は、しばらくの間、登録者数6人という頼りない数字であったが、気がつけば半年足らずで5000人を突破している。ヒットした動画は50万回以上再生されており、1万回はおろか5000回再生の動画すらもたぬ太郎にとっては、夢に見るような数値であった。この女性、仮にハナさんとしておくが、顔出しはせずに、自らの手取り給料とその使い道を公開するというスタイルで人気を獲得しているようである。 

 ベトナム在住の女性は『無職・貧乏の独身女』という設定を売りにしているが、再生回数から類推する限り、YouTubeから相当の収益を得ていると思われ、画面越しにもかかわらず、すでにオーラすら漂っているように見える。この2人以外にも、チャンネル開設から一年足らずで大成功を収めている輩は多数存在しており、『ゲーノージンじゃないから仕方ない』という言い訳は、もはや通用しないのが現状であった。収益化を達成したといっても太郎程度の再生回数ではいくらもらえるか知れたものではない。聞くところによると、YouTubeからの収益は100ドル単位でなければ受け取れないらしいが、その数字に達するのに何か月かかるのか、今の太郎には想像すらできなかった。

 もともと金だけが目的で始めたチャンネルではなかったが、広告がつくようになった以上、数字は意識する必要があるし、収益が上がれば動画作りへのモチベーションにもなる。太郎はどうにかして、底辺ユーチューバーの座から抜け出したかったが、何をどうすれば良いかがわからない。大したことをしているようには見えないチャンネルが数万回再生の動画を連発しているのを目の当たりにすると、自分もいつかは…という期待が高まってしまうが、その期待は例外なく裏切られてきたのである。

 なんとかしなければ…と太郎は思う。しかしこれまでと同じことをしていてもジリ貧は目に見えているのであり、かといって何をどのように工夫すれば良いのか、皆目見当がつかない状況なのである。チャンネルを成功させるにはコツコツも大事だが、やはりブレイクスルーしなければならない。つまりどうにかしてバズらなければならないのであるが、これまで一度もバズったことのない太郎にとって、それはまるで宝くじに当たるのと同じくらい現実感のないことであった。とはいえ、このまま何の工夫もなしに動画投稿を続けていても、大した成果は上がらないだろう。であれば、やはりトレンド。流行りの話題を取り入れるべきなのか? しかしブラジル生活をテーマにしている以上、それ以外の話題でバズったとしても、所詮は一発屋で終わってしまう。ブレイクするにはチャンネルのコンセプトに合致したうえでバズる必要があるのである。一体どうすれば…太郎は頭を抱えたが、ここはひとつ徹底的に視聴者目線になって考えることが肝要だ。と思い直し、何はともあれ企画を書き出してみることにした。

 ブラジルといえば、まず思いつくのが美女である。したがって、美女が登場する動画を作ればよい。しかし視聴者は美女のどういう動画が見たいのであろうか? ここでエロに走るのは簡単だが、露骨な映像はYouTubeのコンプライアンスに引っかかる可能性がある。あくまでセクシー程度にとどめておく必要があるだろう。であれば、とにかく谷間。それとクンクンに引っ張りあげられたホットパンツを着用してもらえばブラジル娘らしいコスチュームの完成である。さあ衣装は決まった。あとは彼女が動画で何をするかであるが、重要なのは、あくまでしらすたろうチャンネルのコンセプトに則っていることである。ならばやはり舞台はフェイラか? しらす商店に入社したブラジル美女が青空市場で男性客を悩殺、売上げもガンガンに上がって、オレはその金でフェラーリを買う。ヘリコプターも買う。ついでに宇宙へも行く。そうやってブラジリアンドリームを体現していく様をリアルタイムで配信するのである。視聴者は太郎がどのようにして世界のTarô になったのか、その過程を詳細に知ることができるし、賢い人はその成功物語を自分の人生に活かすかもしれない。であればオレも嬉しいし、視聴者も嬉しい。大切なのは見てくれる人たちとウィンウィンの関係を築くことである。それができれば成功したも同然だ。わはははは…。

 などと呟きながら、太郎は企画書をびりびりに引き裂いた。ブラジル美女のプランは荒唐無稽にも程があるが、バズるにはそれくらいのインパクトが必要なのであって、成り上がるための企画立案は依然として難航している。しかし諦めなければいつかキラーコンテンツが見つかるはずだ。

 太郎はそんな夢を見ながら、今日もスマホの無料アプリで動画制作を続けている。着古したティーシャツとボロボロの短パンをはきながら、目だけはどぎつく、ギラギラと輝いていて。


白洲太郎(しらすたろう)
2009年から海外放浪スタート。
約50か国を放浪後、2011年、貯金が尽きたのでブラジルにて路上企業。
以後、カメローとしてブラジル中を行商して周っている。
yutanky@gmail.com
Instagram: taro_shirasu_brasil
YouTube: しらすたろう
Twitter: https://twitter.com/tarou_shirasu


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