第69回 実録小説『売れるのか? それとも売れぬのか? 後編』 カメロー万歳 白洲太郎 2021年12月号
#カメロー万歳
#月刊ピンドラーマ 2021年12月号 HPはこちら
#白洲太郎 (しらすたろう) 文
2021年10月8日。
リオ・デ・ジャネイロへの旅行資金を稼ぐためにカンタガーロという田舎町にやってきた白洲太郎と彼の妻になる予定のちゃぎのは、青空市場の片隅に屋台を設営し、ホッとため息をついているところであった。スマホを見ると、ちょうど8時が過ぎた頃である。野菜や果物の屋台には人が群がり、市場は活気に満ち溢れている。
これは期待できそうだ。
ふくみ笑いをしながら客がやってくるのを待っていた太郎であったが、どうも様子がおかしい。10分が過ぎ、20分が経ったにも関わらず、しらす商店に立ち寄ろうとする客がひとりも現れないのである。深夜の3時に起床し、剣呑な山道を3時間もかけてやってきたというのになんたる仕打ちであろうか? ただでさえ燃料が高騰しているご時世である。これでは利益を出すどころか、ガソリン代を稼ぐことすら困難かもしれぬ。やはり今日はあかん日やったか。こんなことなら仮病をつかってでも家でゆっくりしとけば良かった…。
などと、マイナス思考に陥りかけた太郎であったが、彼もプロの露天商である。フェイラの流れというのは日によってまちまちで、屋台を設営した直後から売れ始めることもあれば、昼前にラッシュがくることもある。1日の結果は終わってみるまでわからず、ここはひとつどっしりと構えることだ。
ベテランらしく気持ちを立て直した太郎は、このヒマな時間を利用して、約2年ぶりに訪れたカンタガーロの町を散策してみることにした。ブラジルで路上起業したばかりの頃は1日の売上が数千円ということも珍しくなかったが、そんな時代にあって1万円以上という売上を記録したのがこの町の青空市場であり、太郎にとっては記念碑的な出来事であった。と、同時に忘れたくても忘れられないイヤな思い出も持ち合わせている。同業者の嫉妬による傷害事件の発生である。
売上が1万円を超え、ノリにノッていた太郎であったが、ちょうど同じような時期に、あるヒッピーがカンタガーロにたどり着いていた。知り合った当初こそ友好的な雰囲気だった入墨だらけの男は、後に脱獄囚だったことが判明するが、その本性が現れるのに長い時間はかからなかった。ここでの詳細は省くが、本誌のバックナンバーに事の経緯を記してあるので(2018年5月号から9月号)、興味のある方は目を通していただききたい。
そのような忌まわしい記憶もあるにはあるが、カンタガーロでの思い出は基本的には良いものばかりであった。客としてやってくるブラジルギャルをナンパしまくっていたあの頃。青空の下、廃線路の脇で乳繰りあった経験は、青春のひとコマとして太郎の心に刻まれている。
それにしても変わったなあ。
フラフラと町をウロつきながら、彼はそんな言葉をつぶやいていた。10年前、ナタで左太ももを2ヶ所刺され、血まみれになって転げまわったあの思い出深きプラッサ(広場)も、今ではすっかり改築され、昔の面影は残されていない。負傷した太郎が絶望に打ちひしがれながら一晩を過ごした診療所もすでに閉鎖されてしまっていた。
無常の世をひしひしと感じながら、太郎は町をそぞろ歩いた。約2年前まではほぼ毎週通っていた青空市場である。知った顔には何人もすれちがったし、言葉を交わすこともしばしば。思わぬ人が激太りしていたり、ハナタレだった少女が立派な娘さんに成長していたりと、懐かしさの中に新たな発見があった。
感慨深い思いで往来をキョロキョロしていると、後ろから大きな声で呼ぶ者がいる。
「ジャパじゃねえか!久しぶりだな、おいっ!」
振り向くと見覚えのある顔が朗らかな笑みを浮かべていた。ハチミツ屋のウィリアである。ここらじゃピカイチのハチミツを売っている男で、馬糞や牛糞などの手作り肥料も販売している。背は低いが、がっしりとした体格の持ち主であった。
コロナ騒動ですっかり疎遠になっていたが、パンデミックが始まる前はこのオヤジからよくハチミツを購入していた太郎である。久しぶりの再会は嬉しいもので、このようなやりとりを市場のあちこちで繰り返しながら、太郎は自分の持ち場へと戻っていった。
しらす商店の屋台に到着すると、数人のスクールボーイ&ガールズが群れをなして商品を吟味している。ちゃぎのの話によると、太郎が席を外していたこの数十分の間にけっこう売れたらしい。
「ほらな?これがフェイラなんだよ!諦めなければ、必ず流れはくるんだ!」
太郎は胸を張って言ったが、
「あんた、いなかったやん。どこほっつき歩いとったん?」
と、呆れ顔のちゃぎのである。
何はともあれ、フェイラは生き物だ。売れるときもあれば売れないときもあるが、思いがけない幸運に恵まれたり、想像もしなかったような事態が起きたりもする。それも含めてフェイラの魅力なのである。
学生たちが去ると、今度はやや耄碌した感のある初老の男性が錆びついたネックレスを持ってやってきた。
「これはオフクロの形見の18金ネックレスだ。訳あって現金が必要になってな。どうだ? 格安で譲るよ」
逆に営業をかけてきたのである。ネックレスはもちろん安物で、金などというシロモノであるはずがない。一見、パリッとした格好をしているように見えるが、実はこの男、ここらでは有名なボケ男であり、虚言癖もあれば手癖も悪いという曰くつきの人物なのである。太郎の屋台でも何度か万引未遂事件を引き起こしているので早々に去ってもらうことにしたが、扱いが悪いと激怒するので、追い返すときもVIP待遇でなければならない。まことにもって面倒な人物なのである。
ボケ男の背中を見送りつつホッとしたのもつかの間、
「あんた、指輪作ってる人じゃろ?」
小柄なオヤジに声をかけられた。太郎の『古いコインを再利用して作った結婚指輪(Aliança de moeda antiga )』は、ここから半径100km圏内の町の間ではかなりの評判になっており、10年以上かけて口コミが広がっていた。
「オヤジも指輪が欲しいのかい? オレのAliança de moeda antigaは100%本物だから安心しなっ!じゃ早速サイズでも測ろうか」
太郎がやる気を見せると、
「いや、ちがうんじゃよ。ワシは古いコインを大量にもっているんじゃが、アンタがAliança de moeda antiga を作ってるなら材料が必要じゃろうと思ってな。いかがかな?」
と、ご丁寧に見本品まで持ってきている。確認すると、それらはいずれもMoeda antiga amarela であり、結婚指輪作りに使用できる種類のコインであった。値段を聞くと、インターネットで買うよりはお手頃のようである。コレクション的な意味合いではあまり価値のないものであったが、なにせ100年くらい前のコインなので見つかりにくいのだ。オヤジの熱心なセールスもあって、60枚ほど購入することにした。モノを売りにきたのに逆にセールスをかけられる。これも青空市場の醍醐味である。その後もなつかしい顔ぶれが続々としらす商店に押し寄せ、久しぶりのフェイラは大盛況となった。
長いコロナ禍を経て、日常が戻りつつあるのを実感した白洲太郎である。ここ1、2年はクアレンテーナ(隔離期間)を言い訳にのんびりと過ごしてきたが、やりたいことや、やるべきことは山積みであった。
何はともあれ、今日のフェイラは大成功である。
思い出の町カンタガーロに、また新たな思い出ができた一日であった。
白洲太郎(しらすたろう)
2009年から海外放浪スタート。
約50か国を放浪後、2011年、貯金が尽きたのでブラジルにて路上企業。
以後、カメローとしてブラジル中を行商して周っている。
yutanky@gmail.com
Instagram: taro_shirasu_brasil
YouTube: しらすたろう
Twitter: https://twitter.com/tarou_shirasu
月刊ピンドラーマ2021年12月号
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