「ファンキの日」を政府が承認!体操ヘベッカ・アンドラージが2大会連続ファンキ楽曲で五輪メダル獲得! ブラジル文化研究室 島田愛加 月刊ピンドラーマ2024年9月号
今から約15年前、私はボサノヴァに夢中だった。歌詞の意味はわからないが、安静時の鼓動のような2拍子の上に不規則に揺れるメロディが心地よい。この想いを誰かと共有したく、勇気を出して東京のブラジル音楽愛好家コミュニティに顔を出した。しかし、そこで「本国でボサノヴァはもう懐メロですよ」と言われ愕然とした。こんなに素晴らしい音楽がもう聴かれていないのなら、ブラジルでは何が聴かれているのだろう。それ以来ブラジルと名の付くもの全てに興味をもつようになったのが、私のブラジル研究のはじまりだ。
◎ファンキとの出会い
それから数年経った2010年、多くの在日ブラジル人が暮らす群馬県のナイトクラブで「バイリ・ファンキ」という本国ブラジルで大人気のイベントがあると噂を聞き、ブラジル好きの友人たちと遊びに行った。客は99%が在日ブラジル人。私たちは珍しがられたが、さすがブラジルのPorta abeta(来るもの拒まず)精神。居心地は良かった。日付を跨ぎ、ブラジルから来た有名DJが登場すると、酒を飲みながら流れる音楽にダラダラと体を揺らしていた人たちの目線がステージに集まった。ついにバイリの本番だ。トゥン・チャ・チャ・トゥントゥン・チャという遊び感覚あふれるファンキ・カリオカのリズムに乗って単純なメロディが繰り返される。女子のグループが前方に押しかけ、腰を低くして踊りはじめた。それを見ていた人たちも次々と同じ動きをする。夜中の3時を過ぎた頃、会場の熱気はピークに達し、人々は一週間の労働疲れを忘れ、額に髪がへばりつくほど汗をかいて踊っていた。私は「これがブラジルで流行っているのか…」と見つめるだけだったが、翌日からブラジルのラジオサイトUOLにアクセスしてファンキを聴くようになった。踊りはともかくもエネルギッシュなリズムが凄く良いし、何よりブラジルで流行っているのだ!
2014年、私は念願のブラジル留学を果たし、音楽院の同級生に「日本にいた頃ファンキを聴いていた。気分があがるよね!」と言ったらドン引きされた。友人は「それは君がファンキの歌詞を理解できないからだよ」と言い、「トマ!センタ!」(性的表現)の意味を教えてくれた。そして「ったく信じらんない!こんなのが流行るなんて!」と嫌悪感を露わにした。以降、私はファンキを聴くのをやめたのだが、2020年の東京五輪で体操のへベッカ・アンドラージ選手が種目「ゆか」でファンキの大ヒット曲「Baile de Favela」を使用。見事な演技で銀メダルを獲得した。困難な環境から表彰台へ登った彼女を多くの人が祝福すると同時に、SNS上で「へベッカと共にファンキが世界へ!」と盛り上がっていたので、やはりファンキが愛されるには理由があるのだろうと、ルーツを辿ることにした。
◎ファンキの歴史
ファンキの始まりは1970年代まで遡る。リオデジャネイロのシュハスカリアでDJによるバイリがスタート。元大学教員のラジオ局DJニウトン・アウヴァレンガ(通称ビッグ・ボーイ)が欧米のロックやソウル、ファンクを流し話題になると、バイリの人気はファベーラまで飛び火し、週末各地で開催されるようになる。やがて米国のヒップホップがブラジルにやってくると、「マイアミビート」というリズムに合わせてポルトガル語の歌詞を付けて歌うようになった。この新しい音楽がファベーラのバイリの中心となり、それまで米国のファンクを流していた経緯から、そのまま「ファンキ」(funkのポルトガル語読み)と呼ばれるようになった。
当初、ファンキの歌詞は自分たちのコミュニティを称えるテーマソングのようなものだったが、徐々にコミュニティ同士のライバル意識が生じる。バイリが暴力的になり死者が出ると、参加者まで否定的な意見を持ち始めた。そんな時、チジーニョ・イ・ドカのデュオが歌った「Rap da Felicidade(幸せのラップ)」は、「ただ幸せになりたい。僕が生まれたファベーラを平穏に歩きたいんだ!」という人間なら誰でも望む願いが歌われ大ヒット。こうしてファンキは丘を下り、次第に中流階級の人々も巻き込んでいった。ビートもアフロブラジル文化マクレレを元にしたものが登場し、より一層ブラジルらしさを強めた(今ではこのビートがファンキの核となっている)。
◎ブラジル全土へ広まる
それでもファンキには暴力・ドラッグというイメージが強く、そこから脱するように、ロマンティック系や性的表現が強い楽曲が登場。バイリは社交場に戻り全国的に広まっていった。今ではサクセスストーリー、プロテストソングのような楽曲も人気がある。ファンキはコミュニティと共に成長拡大し、若者の訴えをフィルターなしで表現できるため、露骨であるがその自由さが時に彼らの自尊心を高めるのだろう。特に思春期世代に人気が高い。
ヘベッカはパリ五輪でも米国人気歌手ビヨンセの楽曲の後、最も盛り上がる部分にアニッタのファンキ「Movimento da sanfoninha」と前大会で使用した「Baile de Favela」を使用した。ファンキのリズムは彼女の演技をより一層引き立たせ、会場では大きな手拍子が起こった。ヘベッカは東京五輪でファンキを使用したことについて言及されると「私らしくて良いと思う」と持ち前の笑顔で答えている。ファンキはブラジルを代表する文化の一つだと彼女は堂々と伝えた。かつてエリート層が活躍していた五輪競技でファベーラ生まれの大衆文化であるファンキが流れることは、社会の変化を象徴する出来事でもあった。先日、政府は7月12日を「ファンキの日」とすることを承認した。
◎ファンキを楽しめるおすすめ作品
● ネットフリックスドラマ「Sintonia」
サンパウロを舞台にファンキ、麻薬組織、福音派をテーマにした人気ドラマ。数多くのファンケイロ(ファンキ歌手)たちが役者として出演。
● 映画「Nosso Sonho」
90年代に大人気となったクラウジーニョ・イ・ブシェーシャによるサクセスストーリーを元に作られた映画。
● ドキュメンタリー作品「Eu só quero é ser feliz」
フラカォン2000関係者やDJマルボロなどファンキ誕生の重要人物たちによるインタビュー。Youtubeで公開中。
● 合同展示会「Funkeiros Cults」
9月29日まで市内のムゼウ・ダス・ファベーラスで特別開催中。
月刊ピンドラーマ2024年9月号表紙
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