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北欧家具アルテックのデザインチェアと家具職人
日本でもファンが多いフィンランドの家具メーカーに、アルテック(artek)があります。
昨年、ドムス(DOMUS)というアルテックブランドのデザインチェアをダイニングテーブル用に購入したのですが、クッションが貼れるオプションもある中、あえて木だけを使ったものにしました。
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皮や布で作られた柔らかいクッションは木よりも先に劣化しやすいのと、椅子に使われている木全体に傷ができることでバランスの良い風合いになると思ったからです。
また、アルテックの椅子は人間工学的に優れた形状をしているのでクッションがなくとも座っていて疲れにくいのです。
とはいえ、座布団になるものが欲しいな、というのと、家具屋さんで見た他の椅子にオプションでカバーが付けられるのを見て、最初からクッションが張り付いてるより取り外しができるカバーが良いな、と思いました。
自作する才能は皆無なため、ダンナの知り合いでミシンが得意な人をあたったりしましたが、引き受けてもらえる方が見つからず、最終的に家具専門の職人さんのお店を見つけてカバー作りをお願いすることに。
とある休日、ヘルシンキの閑静な住宅地の一角にある小さな工房にやってきました。
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中に入ると、大きな椅子が分解されて置いてあるのがすぐ目に入ります。
職人らしいおじさん1人が出てきて、「それはカルーセリ(Karuselli)だよ」と教えてくれました。
ボロボロになったクッションを取り替えて、革を張り替えるとのことです。
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カルーセリはアルテックを代表する有名でとても高価な椅子です。
うちのダンナが家具売り場で見つけると毎回座っては「欲しいなぁ」と言いながらしがみついて離れない椅子です。
日本で130万円以上はするもので、おいそれと買えるものではないのですが2脚も丸裸にされてそこに置いてあります。
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この椅子の作者、ウルヨ・クッカプロ(Yrjö Kukkapuro)氏は最近逝去され、駐日フィンランド大使館のXでも投稿されデザイン界でも大きなニュースになっていました。
世界的に活躍したフィンランド人デザイナー、ウルヨ・クッカプロ(1933 -2025 )が91歳で逝去。長年デザイナーとして活躍しながら学生たちを指導。<カルセリ ラウンジチェア>は、1974年に世界で最も快適な椅子として紹介。昨年のELLE Decorのインタビュー記事を再掲載しますhttps://t.co/X9385tBQEo
— 駐日フィンランド大使館 (@FinEmbTokyo) February 13, 2025
あとで気になって調べたところ、お店に置かれていた椅子はKaruselliではなく、デザインが似ているSaturnusという椅子かと思われ、今は製造されていないものです。同じデザイナーのYrjö Kukkapuro氏がHaimiというメーカー(いまは存在しない)でKaruselliと同時期にデザインしていたもので、現在はヴィンテージ市場で高値で取引されている様です。おじさんはひとくくりにKaruselliと呼んでいたのかもしれないです。
今回私たちがカバーをつけたい椅子を一脚持参してきたので、おじさんの前におきます。
カバーを作ってもらっている間はデザインや実際に制作中のカバーをテストしてもらうために預けていくのです。
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おじさんは私たちのドムスを見て「これは良い椅子だから、投資としても持っているといいよ。味が深くなるほど高く売れる。」とにっこり。
長く使われた人気のデザイン椅子はユニークな味わいが出来るのでアンティーク界隈で人気があるそうです。
「今度、君たちが取りに来た時には売られてなくなっているかもしれない」とジョークも飛び出す陽気なおじさんです。
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イメージを簡単に擦り合わせたら、設計はおじさんに一任するとして、表に貼る生地を選んでほしいと言われました。
あまり柄が多いものは嫌なのですが、シンプル過ぎて粗末に見えるのは嫌だなぁと膨大なサンプルの中から適当に引っ張り出していくつか生地を椅子に当ててみました。
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すると、おじさんに「さっきからあんたが選ぶの高い生地ばっかり」と笑われます。
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やはりシンプルで安そうに見えないものは現実的に安くはないようです。
シンプルなものは誤魔化しが効かないので高くなる理由があるのだなと納得。
最終的にイメージに近いもので比較的手頃なものから選びました。
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私たちが生地を選んでいるときに、先ほどのカルーセリのオーナーさんも現れて革を選びにきていました。
高価な椅子ですがこうして永く使って大事にしていくのであれば、長い目で見ると高くはないかもしれないですね。
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最後に、おじさんは「これから設計やら生地の発注やらするんだけど、費用は一つ100€くらいになっちゃうよ。大丈夫かな。」と少し心配そうな顔。
正直、プロの職人さんのオーダーメイドならお安い価格です。
白木のドムスは一脚875€でお尻のクッションが張り付いているものは1,075€です。
クッションがない分200€浮いた費用があるのでその中で理想的なカバーができるならありがたいと思いました。
最後に、工房を簡単に案内してもらいました。
遠くで女性が作業しており、おじさんが声をかけると、しかめっつらのままこちらを向き、軽く会釈をしてまた作業に戻りました。
おじさんの方が一見強面なのにフレンドリーで、一見温和な女性の方が職人ぽい無骨感があるのが面白かったです。
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おじさんと話していて、
「おれは2000年ごろロシアに住んでいたんだけど当時はあんまり状況が良くなくて、全てが暗かったんだ。物理的にもね。電気もあんまり灯ってなくて真っ暗だったんだ。
そんな時、一度仕事で日本に行ったよ。
それはもうめちゃくちゃ明るかったんだ。物理的にもね。電気があちこちで灯っていて眩しかった。それが日本の思い出。」
と聞いたのが印象的な会話でした。
帰り際に、「それじゃ、またね!君らの椅子は売ってなくなってるかもしれないけど!」とまた同じジョークを言われたのですが、多分みんなに言っている鉄板ネタなのかもしれません。
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2週間くらいして、カバーができたとおじさんからダンナに連絡があったようで、彼が取りに行きました。
預けていた椅子も売られずに無事に返ってきて安心です(?)。
ダンナが「kokkoはこないの?とおじさんが残念がっていたよ」と言っていて、もしかしたらもう少し日本のことが話したかったのかもしれません。
さて、椅子にカバーを早速つけてみます。
じゃーん!
良い感じです。
椅子に一気に違う表情ができます。
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カバーなしでも座り心地は十分良かったのですが、やはり柔らかさが加わるとさらに心地よさが変わります。
取り外しができると汚れても掃除しやすいし、痛んで取り替えたくなっても、費用は椅子に張り付いているクッションの張り直しより安くなりそうなのが良いです。
複数作って、気分によって付け替えするのも簡単で良さそう。
日本では、単身だったのもあり家具にこだわった生活をして来ず、同居する家族が出来て良い椅子を買うと思い入れができるので、色々なアイデアが浮かんでくるのが楽しいです。
この記事も、おじさんが作ってくれたカバーのついたドムスチェアに座って書いています。
素晴らしい座り心地で楽しく文章を書かせてくれているおじさんに感謝を込めて。
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